上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第2話(4) 中庭の目覚め……からの〇〇

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 その後、廊下を歩くと、何匹かの蝙蝠と遭遇したが、千景が手際良く片付けていく。

「さ、流石ですね……」

「ふん、この程度の妖なんざ、造作もねえよ……お前は呑気に見学に来ただけか?」

「い、いいえ!」

「だったらもっと気合いを入れろ!」

「はい!」

 勇次は周辺の索敵に集中し始める。しかし、このマンション一階の妖の反応は途絶えたと判断し、階段で上の階に上がろうとする。そんな勇次の肩を千景がガシッと掴む。

「どうしました?」

「重大な見落としがあるぞ」

「えっ?」

「このマンションの内側、中庭は屋上まで吹き抜け構造になっている……」

「! ということは……」

「中庭から各部屋に侵入するという可能性もある……!」

 その時、悲鳴が聞こえた。勇次たちはその悲鳴のあった方に急ぎ、その部屋のドアの前に立つ。部屋には鍵がかかっている。千景が叫ぶ。

「ええい、まだるっこしい!」

「ええっ⁉」

 千景がドアをその脚で豪快に蹴り飛ばす。

「む、無茶しますね……」

「狭世のことは現世には影響しないって聞いているだろ?」

「それはそうですけど……」

「安全優先の為だ。ほら見ろ!」

「! あ、あれは⁉」

 千景が指を差した先には、先程2人が相手をした蝙蝠より一回りほど大きい蝙蝠が二匹いて、黒いゴスロリ服を着た小柄な女の子を連れ去ろうとしていた。

「ああいう風に人間を狭世に連れ込んで、幽世かどっかに連れていこうって腹積もりだろうが、そうは問屋が卸さねえんだよ!」

 千景が素早く飛び掛かり、女の子を掴んでいた蝙蝠一匹を右ストレートで叩き潰す。

「おっと!」

 蝙蝠が手を離した為、床に倒れ込みそうになった女の子の体を千景は両手で受け止めつつ、自身の体を反転させ、左足を高く上げて、逃げようとしたもう一匹の蝙蝠を蹴り飛ばす。蝙蝠は部屋の壁に叩きつけられて砕け散る。

「ほらな、廊下だけでなく、部屋の中も注意する必要があるんだよ」

「は、はあ……」

「……己の抱きかかえているものに対してもね」

「⁉ しまっ! ぐっ……」

 千景が驚くと同時に、その女の子の背中から大きな翼が開き、手に生える鋭い爪を千景の肩に突き立てる。苦悶の表情を浮かべる千景とは対照的に、女の子に化けていた蝙蝠の妖は愉快そうな声を上げる。

「まさか、こんな単純な手に引っかかってくれるとはね。可愛い子供たち相手に大分好き放題暴れてくれたじゃないのよ……まずはアンタから殺してあげるわ。どんな殺し方が良い? 爪で喉笛を切り裂いてあげる? それとも爪で心臓を抉り出してあげる?」

「……二択と見せかけて、結局どっちも爪じゃねえか、芸が無えな、それとも能無しって言った方が良いか?」

 痛みに呻きながらも千景が憎まれ口を叩く。

「……それじゃあ、とっておきの方法で殺してあげるわ!」

「うおっ!」

 蝙蝠の妖が千景を抱えたまま、部屋から飛び出て、中庭を一気に上昇していく。勇次がそれを慌てて追いかける。

「マンション10階分、約30mの高さ……ここから思い切り叩き落としてあげる! このアイディア、どうかしら?」

「……はっ、最高に趣味の悪いご提案だな」

「千景さん! くっ!」

 勇次が腕のレーダーを使って、御剣らに通信を試みる。しかし、通信状況が思わしくなく、ノイズ音が流れるのみである。

「! なんだ⁉ 通信障害かよ⁉」

「無駄よ! アタシの翼からは特殊な音波が発生しているの、そんなチャチな通信機器なんて役に立たないわ!」

「ならば、隊長――‼ 愛――‼」

 勇次はマンションの上階に向かって、大声で呼びかける。千景が首を振って叫ぶ。

「無理だ! コイツ、この中庭部分だけ違う狭世を発生させていやがるんだ!」

「ええっ⁉」

「隣接しているとはいえ別の空間みたいなもんだ。こちらの声が届くどころかその存在にすら気付きにくい。器用なマネしやがって……」

「そういうことよ、見かけによらず頭が回るのね」

 蝙蝠の妖はクスクスと笑い、思い出した様に勇次に尋ねる。

「そういえば、隊長って、白髪の女剣士?」

「知っているのか⁉」

「それなりにね。私たちにとっては厄介極まりない、近づきたくない存在よ。そうか、この辺りはあの女の縄張りだったわね。まあ、それくらいでないと楽しくないか」

「楽しくない……?」

「弱い人間どもをただ狩るのも退屈でしょ? ゲームには少し位スリルが無いとね」

「! ゲーム……?」

「お喋りが過ぎたわね、まずはアンタから肉塊に変えてあげる!」

 蝙蝠の妖が地面に向かって千景を投げつける。さらに両翼で大きな風を起こす。風圧に圧された千景の体は凄まじい速さで落下する。

「ぐおっ⁉」

「そうはさせるかよ!」

 勇次が叫ぶ。蝙蝠の妖は嘲笑交じりに声を上げる。

「はん、まさか受け止めるつもり⁉ アンタも巻き添えになるだけよ!」

「うおおおおっ‼」

「⁉」

 次の瞬間、千景の体を両手で受け止める勇次の姿があった。千景が呟く。

「あのスピードで落ちたアタシを両の手だけで……?」

「千景さん、大丈夫ですか⁉」

「ああ、なんとかな……って、うおい! ど、どこを触ってやがんだ!」

「え? ああっ⁉」

 千景は怒声を発する。勇次の左手が千景のその豊満な胸を、右手が健康的な太ももをガッシリと掴んでいたからである。

「す、すいません!」

 勇次は慌てて千景の体を浮かせ、仰向けにさせると、自身の腹の辺りで抱きかかえる。

「こ、これで良いですか?」

 所謂『お姫様抱っこ』の状態になり、千景と勇次の互いの顔が近づく。沸騰したかのように千景の顔がボッと赤くなる。

「~~~よ、良かねえよ! さっさと下ろせ!」

「は、はい!」

「ったく……ってお前、その頭……?」

「え? って、うおっ! また角が生えてやがる!」

 勇次が自分の頭を触って驚く。

「姐御の報告よりも角が長くなっているような……妖力がさらに高まったのか?」

「ひょっとして、トレーニングの成果ですかね?」

「それともアタシのグラマラスな体を揉みしだきやがったからか?」

「そ、そんな! そこは関係ないでしょ! 多分……」

 勇次はマジマジと両手を見つめ、ワシワシと動かす。

「冗談で言ったんだよ! その手つきを止めろ!」

「何かの術を使ったかと思ったら、まさか鬼の半妖とはね!」

 勇次は背中の金棒を引き抜き、蝙蝠の妖に向ける。

「てめえは俺がぶっ飛ばす……!」

「はっ、状況を考えなさいよ! この高さまでどうやって飛ぶ気?」

「こうやんだよ!」

「⁉」

 勇次は地面に金棒を思い切り叩き付ける。地面が割れ、土塊がいくつか舞い上がる。勇次はその土塊を足場代わりにして上手く飛び移りながら、蝙蝠の妖に迫る。

「どうだ、届いたぜ! 喰らえ!」

「ちぃっ!」

 勇次は金棒で殴りかかるが、蝙蝠の妖の片翼をもいだのみに留まった。

「躱しやがったか!」

「まだ片翼がある! もっと上昇するわ! 同じ手は食わないわよ!」

「くそっ!」

 勇次は落下しながらももう一度、金棒を振るうが、虚しく空を切る。

「はははっ! そんな下からじゃ届かな――」

「……ならばその上からだ」

 御剣の刀が蝙蝠の妖の頭を後ろから貫いた。

「隊長!」

「すまん、遅くなった。まさか狭世を二重に発生させていたとはな。ちょうど屋上を調査している時、お前らの気配に気付いた。こうした場合の対処法も考えんとな……」

「冷静な分析中失礼します!」

「? 何だ?」

「我々、目下落下中であります!」

「ああ、そうだな」

「そ、そうだなじゃなくて、ぶ、ぶつかる――! ⁉」

 御剣が刀を振るう。自らの脚と地面を一緒に凍らせることによって、直撃を避ける。

「簡単にだが凍らせた。叩き割れるぞ。すぐに溶けるから待っていても良いが……」

「ほ、ほうですか……じゃ、じゃあこのまましばらく待機します……」

「ふ、ふざけんな、早く退けろ!」

「皆さん! 大丈夫です……か……?」

 中庭に駆け付けた愛が絶句する。勇次が仰向けに倒れた千景の胸にその顔を埋めていたからである。御剣がゆっくりと口を開く。

「……妖は絶やした。その他は特に目立った問題はない」

「い、いや問題しかないでしょう⁉ 氷の蒲団で男女が同衾をしているんですよ」

「あ、愛! こ、これは誤解、というかその、そう、不可抗力だ!」

「せめて顔を上げなさいよ! 破廉恥だわ!」

 勇次の苦しい弁明を愛は切って捨てる。
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