上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第3話(1) 言葉足らず

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               参

「はあ……」

 隊舎の食堂で独り座り、勇次は大きなため息を突く。千景が対面に座る。

「おいおい、どうした? ん? 何だ、水しか飲んでねえじゃあねえか?」

 千景が勇次の目の前に置かれたコップを指差す。

「あまり食欲が湧かなくて……」

「なんでまた?」

「色々と悩み事が……」

「悩むのは結構だが、妖絶士ってのは身体が資本だ。無理やりにでも食え」

 そう言って、千景はピンク色の可愛らしい柄の大判ハンカチに覆われた箱をテーブルにドンと置く。勇次が首を傾げる。

「なんですか、これ?」

「ふふっ、開けてみな」

「! こ、これは……!」

 それは彩り鮮やかなおかずが可愛らしく並べられたお弁当であった。おかずが花の形や動物の形に象られているのが印象的である。

「こ、これ、ひょっとして、千景さんが?」

「……アタシの手作りだ、悪いかよ」

 勇次の問いに千景は若干顔を赤らめ、目を逸らしながら答える。

「せ、せっかくなので、頂きます」

「! お、おう……」

 勇次がお弁当のおかずを箸で掴み、口に運ぶ。

「! う、美味い! 美味いですよ! 千景さん!」

「へへっ、だろう?」

「こ、これは意外な……」

「意外ってなんだよ⁉」

「い、いえ、とっても美味しいです……でもどうして?」

「こないだは助けられちまったからな、そのお礼みたいなもんだ」

「あ、ああ……」

 勇次は地面に叩き付けられそうになった千景を受け止めた時を思い返す。ついでにその時触った豊かな体の感触を思い出してニヤケそうになった顔の筋肉を必死に押し留める。

「そ、その、なんだ、勇次さえ良けりゃ、また作ってやるぞ。アタシも任務があるから流石に毎日って訳にゃいかねえが……」

「ち、千景さん? 今俺のことを勇次って……」

「千景、で良いって。さん付けなんてこそばゆいからよ……」

「じゃ、じゃあ、千景……」

「お、おう、なんだ、勇次?」

「放課後破廉恥クラブのお二人!」

 二人の机の脇に愛が腕を組んで立っている。勇次が返事する。

「な、なんだよ、愛。放課後って……いくらなんでも言い過ぎだろ!」

「いや、そこはどうでもいいだろ⁉ ってか、アタシまで破廉恥扱いかよ!」

「当然です。妖絶士にとって大事な任務中に呑気にベッドインされていたんですから……」

「だから、あれは不可抗力だって!」

「そうだ、不幸な事故だ!」

「見苦しい言い訳は結構です。先日の任務についての報告書を早急に提出して下さいと事務方からの連絡です。確かに伝えましたよ!」

 そう言って愛は食堂から出ていく。その足音からは怒気が感じられた。

「姉様、あの二人、先日何がありましたの?」

 離れたテーブルに座り、食後のお茶を啜っていた万夜は不思議そうに首を傾げ、向かいの席で食事をとる御剣に話しかける。

「……簡単に言えば、互いに氷漬けになりながらも熱い抱擁を交わしていたな」

「肝心な所を省き過ぎの様な気がしますが、それは確かに破廉恥ですわね……」

「隊員同士の交流が深まるのは喜ばしいことだ」

「その結果、風紀が乱れてしまっては元も子も無いのではと思いますが……」

「そうか? 又左はどう思う?」

 御剣は隣に座る又左に問い掛ける。

「そ、そこでワシに振るかにゃ……」

「というか、又左さんは何をお食べになっていらっしゃるの?」

「よくぞ聞いてくれたにゃ、『特製ねこまんま』にゃ!」

「そんなメニューがあったのですね。初耳ですわ」

「それはそうにゃ。知る猫ぞ知る、特別裏メニューだからにゃ!」

「隊舎に出入りする猫なんて貴方くらいでしょ……」

「とにかく、これは結構なお値段がするにゃ。それを気前よく奢ってくれるとは……流石、我らが御剣隊長! 器が大きいにゃ!」

「好きな物を頼め、とは言ったが、奢るとは言っていないぞ」

「ふにゃ⁉」

 又左は驚きの余り、口にしていた特製ねこまんまのご飯粒を斜め前に座る万夜の顔に向かって噴き出した。万夜が慌てる。

「ぎゃっ⁉ ちょ、ちょっと又左さん! はしたないですわよ!」

「だ、騙すとはあんまりにゃ!」

「そんなつもりは無かった。勝手に勘違いしたのは貴様だろう」

「ぐぬぬ……」

「……ごちそうさまでした」

 御剣は食事を終えると、トレーを下げ、お茶を注いで、元の席に戻る。又左が抗議する。

「じゃあ、なんで食堂に誘ったにゃ!」

「相談したい事があった。別に食後でも良かったのだが」

「相談?」

「ああ、勇次の今後の育成方針についてな」

 御剣は、弁当を食べ終え、千景とともに、トレーニングに向かう勇次の背中に視線を送る。

「育成?」

「奴には一刻も早く、一人前の妖絶士になってもらわなければならないからな」

「フォノ……そのお話、わたくしが聞いても宜しいんですの?」

 飴を舐めながら、万夜が尋ねる。

「構わん。隠すような話でもないからな」

「ふむ……勇次の課題は大雑把に言えば『妖力を暴走させない』ということにゃ」

「そうだな。同感だ」

「その為にまず、『基礎体力をつける』……これは千景の指導の下、ある程度順調に進んでいると見て良いと思うにゃ」

「あの体力馬鹿のアホ丸出しの練習メニューについていくなんて……随分と食欲を無くしていたようですが?」

「まあ、その辺りはおいおい慣れていくだろう。要は根性だ」

「そう、結局最後に物を言うのは根性にゃ!」

「人猫揃って前時代的な考え方ですこと……」

 万夜が呆れ気味に呟く。

「それで次はどうすれば良い? やはり『知力を深める』ことか?」

「そうにゃ、例えば霊力や妖力の仕組みについて理解を深めることはとても大切にゃ」

「それは億葉辺りが適任だな。だが、今は出張中だったか……」

「では、もう一点……『精神力を高める』ことだにゃ」

「うむ、何事にも簡単には動じない精神力を養う必要性があるな……」

「そう、『妖力を暴走させない』ことにも繋がるにゃ」

「姉様が直々にトレーニングをなさるの?」

 万夜がお茶を啜る。

「そうしてやりたいが、私も色々と忙しい……万夜、勇次を男にしてやってくれないか?」

「ブホッ!」

「ふにゃ⁉」

 万夜が口に含んでいたお茶を思いっ切り又左の顔に向けて噴き出す。

「げほっ、げほっ……だから、言い方!」

 万夜が激しく咽ながら、御剣をたしなめる。
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