11 / 123
第一章
第3話(2) メンタルトレーニングを履き違えた結果
しおりを挟む
「あの……」
普段は使用しない予備の作戦室で頭を抱える万夜に勇次が恐る恐る声を掛ける。
「あ~みなまで言わないで下さる? どうせ『精神力を高めることが肝要だ!』とかなんとか、姉様に言われてきたのでしょう?」
万夜は俯きながら、片手を挙げて、勇次の考えを推察する。
「そ、その通りです」
「……」
万夜は顔を上げたものの、両手両足を組んで、視線は明後日の方に向けている。相変わらず飴を舐めている。勇次が再び声を掛ける。
「すみません……トレーニングをして頂きたいのですが……?」
「フォモ、そもそも論として!」
万夜が飴を取り出し、いきなり大声を上げる。
「精神力を鍛える適任者がわたくしだとは到底思えませんの!」
「そう言われても……」
「姉様の付き人でもしていた方がよっぽど有意義ですわよ?」
「管区長として色々お忙しいようなので……」
「ああ、それはそうでしょうね……」
万夜は溜息を突いて、しばらくの間考え込み、膝をポンと打って立ち上がる。
「……仕方がありませんわね。メンタルトレーニングでもやるとしましょうか」
「メンタルトレーニングですか?」
「様々な考え方があるかとは思いますが、わたくしの考えとして……メンタルとは三つの構成要素で成り立っています」
「三つですか?」
勇次の問いに万夜が頷く。
「そう、『思考』・『感情』・『行動』の三つです。この三つの要素の調和、バランスを上手く取ること、それがメンタルをより良い状態に保つ為に必要なことですわ」
「な、成程……」
「では、まず思考のトレーニングと参りましょう。資料室に移動しましょうか」
二人は資料室に移動する。所狭しと並べられた本や、積み重ねられる資料の束を見て、勇次は感嘆の声を上げる。
「凄い量の本や資料ですね……」
「妖絶講が組織としてきちんと整備されてからも数百年は経過しているわけですから、これくらいは当然です。むしろ他の隊舎に比べたら少ない方ですわ」
万夜は近くの本棚から、適当に一冊を取って、勇次に渡す。
「そこの席に座って、これを朗読なさい」
「えっ! こ、これをですか……?」
「そうですわ。思考力を高めるにはやはり読書が一番ですわ」
「ろ、朗読って、声に出すんですか?」
「ええ、実際に言葉にすることによって、理解力も深まるというものですわ」
「ほ、本当に良いんですか?」
「? 良いから早くなさい」
「わ、分かりました……」
勇次は咳払いを一つして、本を読み始める。
「『あは~ん、うふ~ん、そうよ、山田君、アタシの言った通りにするのよ……良い子ね、もっとご褒美あげちゃうわ……』」
「な、何を読んでいるんですの⁉」
「『女教授明美の回路はショート寸前』ですね」
「タイトルは聞いておりませんわ!」
「渡されたもので……」
「どなたですの⁉ こんな本を持ち込んだのは⁉」
万夜が勇次から本を取り上げ、思い切り机に叩き付ける。
「万夜さん、少し落ち着きましょう。そんなに動揺しないで下さい」
「これが動揺せずにいられますか⁉ むしろ女の前で官能小説を躊躇いなく朗読出来る貴方の神経を疑いますわ!」
「トレーニングだと言われたので……躊躇なく読ませて頂きました」
「そこは躊躇なさいよ!」
何故か胸を張る勇次に対し、万夜は一旦声を荒げるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「ま、まあ、とりあえず思考は宜しいですわ! 次は感情のトレーニングですわ!」
二人は再び予備の作戦室に戻る。勇次が尋ねる。
「感情のトレーニングって、何をすれば良いんですか?」
「感情力を高めること、それ即ち、いついかなる時においても冷静さを保つことですわ!」
「……ちょっと分からないですね」
「手本を示して差し上げますわ! わたくしになんらかのアクションをしてご覧なさい。あ、言っておきますけど、お触りとかは無しですわよ!」
「し、しませんよ、そんなこと!」
「ではお手並み拝見といきましょうか」
万夜が腕を組んで壁際に立つ。
「はあ……それじゃあ」
勇次がスタスタと万夜の方に向かって歩き出す。万夜が若干驚く。
「な⁉」
勇次が壁にドンと手を付き、万夜に顔を近づけ、囁く。
「そのいつも舐めている飴、何味なんですか?」
「ひ、日替わりですわ……」
「今は?」
「い、今?」
「今の貴方の口の中を知りたいんです……」
「オ、オレンジ味ですわ……」
「そうですか……」
勇次は万夜から離れると感心する。
「流石ですね、冷静さを保っている」
「こ、これくらいお茶の子さいさいですわ!」
万夜は髪をかき上げながら声を上げる。
「で、でもなかなかの高等技術でしたわね!」
「高等技術ですか?」
「一体どこでそんな技を身に付けたのですか?」
「身に付けたって……ネットで見かける漫画広告とかですかね」
勇次が鼻の頭をかきながら答える。
「……つまり、実戦は初めてと?」
「実戦って……まあ、そうなりますね」
「ふむふむ、そうですか、成程、初めて……」
万夜は顎に手をやりながら頷く。
「あ、あの……?」
「では、次はわたくしのターンですわ! そこに跪きなさい!」
「ええっ⁉」
勇次は戸惑いながらも両膝を床に突く。万夜は椅子を勇次の前に置き、その椅子に片脚を乗せ、跪く勇次の顎を片手でクイっと持ち上げる。
「……さあ、わたくしの脚をお舐めなさい」
「い、いや、何を言ってるんですか⁉ 冷静になって下さい!」
「わたくしは100%冷静ですわ!」
「だったら、尚更マズいです!」
「ああ、万夜さん? こちらにいらっしゃったんですか。ちょっと確認したいことが……」
その時、愛が部屋に入ってきた。勇次たちの様子を見て、しばし固まる。
「あ、愛……?」
「破廉恥さがもはや留まることを知らない!」
愛はそう叫んで部屋を飛び出して行く。
「ま、待て、愛! ⁉」
そこに警報が鳴り響く。万夜が冷静に叫ぶ。
「出動ですわ!」
普段は使用しない予備の作戦室で頭を抱える万夜に勇次が恐る恐る声を掛ける。
「あ~みなまで言わないで下さる? どうせ『精神力を高めることが肝要だ!』とかなんとか、姉様に言われてきたのでしょう?」
万夜は俯きながら、片手を挙げて、勇次の考えを推察する。
「そ、その通りです」
「……」
万夜は顔を上げたものの、両手両足を組んで、視線は明後日の方に向けている。相変わらず飴を舐めている。勇次が再び声を掛ける。
「すみません……トレーニングをして頂きたいのですが……?」
「フォモ、そもそも論として!」
万夜が飴を取り出し、いきなり大声を上げる。
「精神力を鍛える適任者がわたくしだとは到底思えませんの!」
「そう言われても……」
「姉様の付き人でもしていた方がよっぽど有意義ですわよ?」
「管区長として色々お忙しいようなので……」
「ああ、それはそうでしょうね……」
万夜は溜息を突いて、しばらくの間考え込み、膝をポンと打って立ち上がる。
「……仕方がありませんわね。メンタルトレーニングでもやるとしましょうか」
「メンタルトレーニングですか?」
「様々な考え方があるかとは思いますが、わたくしの考えとして……メンタルとは三つの構成要素で成り立っています」
「三つですか?」
勇次の問いに万夜が頷く。
「そう、『思考』・『感情』・『行動』の三つです。この三つの要素の調和、バランスを上手く取ること、それがメンタルをより良い状態に保つ為に必要なことですわ」
「な、成程……」
「では、まず思考のトレーニングと参りましょう。資料室に移動しましょうか」
二人は資料室に移動する。所狭しと並べられた本や、積み重ねられる資料の束を見て、勇次は感嘆の声を上げる。
「凄い量の本や資料ですね……」
「妖絶講が組織としてきちんと整備されてからも数百年は経過しているわけですから、これくらいは当然です。むしろ他の隊舎に比べたら少ない方ですわ」
万夜は近くの本棚から、適当に一冊を取って、勇次に渡す。
「そこの席に座って、これを朗読なさい」
「えっ! こ、これをですか……?」
「そうですわ。思考力を高めるにはやはり読書が一番ですわ」
「ろ、朗読って、声に出すんですか?」
「ええ、実際に言葉にすることによって、理解力も深まるというものですわ」
「ほ、本当に良いんですか?」
「? 良いから早くなさい」
「わ、分かりました……」
勇次は咳払いを一つして、本を読み始める。
「『あは~ん、うふ~ん、そうよ、山田君、アタシの言った通りにするのよ……良い子ね、もっとご褒美あげちゃうわ……』」
「な、何を読んでいるんですの⁉」
「『女教授明美の回路はショート寸前』ですね」
「タイトルは聞いておりませんわ!」
「渡されたもので……」
「どなたですの⁉ こんな本を持ち込んだのは⁉」
万夜が勇次から本を取り上げ、思い切り机に叩き付ける。
「万夜さん、少し落ち着きましょう。そんなに動揺しないで下さい」
「これが動揺せずにいられますか⁉ むしろ女の前で官能小説を躊躇いなく朗読出来る貴方の神経を疑いますわ!」
「トレーニングだと言われたので……躊躇なく読ませて頂きました」
「そこは躊躇なさいよ!」
何故か胸を張る勇次に対し、万夜は一旦声を荒げるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「ま、まあ、とりあえず思考は宜しいですわ! 次は感情のトレーニングですわ!」
二人は再び予備の作戦室に戻る。勇次が尋ねる。
「感情のトレーニングって、何をすれば良いんですか?」
「感情力を高めること、それ即ち、いついかなる時においても冷静さを保つことですわ!」
「……ちょっと分からないですね」
「手本を示して差し上げますわ! わたくしになんらかのアクションをしてご覧なさい。あ、言っておきますけど、お触りとかは無しですわよ!」
「し、しませんよ、そんなこと!」
「ではお手並み拝見といきましょうか」
万夜が腕を組んで壁際に立つ。
「はあ……それじゃあ」
勇次がスタスタと万夜の方に向かって歩き出す。万夜が若干驚く。
「な⁉」
勇次が壁にドンと手を付き、万夜に顔を近づけ、囁く。
「そのいつも舐めている飴、何味なんですか?」
「ひ、日替わりですわ……」
「今は?」
「い、今?」
「今の貴方の口の中を知りたいんです……」
「オ、オレンジ味ですわ……」
「そうですか……」
勇次は万夜から離れると感心する。
「流石ですね、冷静さを保っている」
「こ、これくらいお茶の子さいさいですわ!」
万夜は髪をかき上げながら声を上げる。
「で、でもなかなかの高等技術でしたわね!」
「高等技術ですか?」
「一体どこでそんな技を身に付けたのですか?」
「身に付けたって……ネットで見かける漫画広告とかですかね」
勇次が鼻の頭をかきながら答える。
「……つまり、実戦は初めてと?」
「実戦って……まあ、そうなりますね」
「ふむふむ、そうですか、成程、初めて……」
万夜は顎に手をやりながら頷く。
「あ、あの……?」
「では、次はわたくしのターンですわ! そこに跪きなさい!」
「ええっ⁉」
勇次は戸惑いながらも両膝を床に突く。万夜は椅子を勇次の前に置き、その椅子に片脚を乗せ、跪く勇次の顎を片手でクイっと持ち上げる。
「……さあ、わたくしの脚をお舐めなさい」
「い、いや、何を言ってるんですか⁉ 冷静になって下さい!」
「わたくしは100%冷静ですわ!」
「だったら、尚更マズいです!」
「ああ、万夜さん? こちらにいらっしゃったんですか。ちょっと確認したいことが……」
その時、愛が部屋に入ってきた。勇次たちの様子を見て、しばし固まる。
「あ、愛……?」
「破廉恥さがもはや留まることを知らない!」
愛はそう叫んで部屋を飛び出して行く。
「ま、待て、愛! ⁉」
そこに警報が鳴り響く。万夜が冷静に叫ぶ。
「出動ですわ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる