上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第7話(1) 女に殺されかける(数日振り三度目)

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                    漆

 長岡駅前でわいわい盛り上がる女子高生数名にくっついて歩く男子高生二名に猫一匹。

「いや~テンション上がったわ~」

「新鮮な面子だけど楽しかったね」

「みっちゃん、最後に歌った曲って何?」

「ゆ、雪の進軍だが……」

「出た! 予想外のガチ軍歌!」

「もう大穴すぎるって~」

「もののふにも程があるよ~あ~お腹痛い」

 三人組がカラオケの選曲であーだこーだと盛り上がっているのを眺めながら、とうとう『みっちゃん』呼ばわりされてしまった御剣は鼻の頭を擦りながら呟く。

「そんなに笑われるとは……ひょっとして結果的に良かったのか?」

「良くないです」

 愛が冷ややかに告げる。

「普通の女子高生は『雪の進軍』なんて高らかに歌いません」

「そうか……『露営の歌』の方が哀愁あって良かったか?」

「もっと良くないです」

「成程、難しいものだな、カラオケというものは」

「難しく考え過ぎなんですよ……」

「しかし、どうしてなかなか楽しかったぞ」

「そうですか、それは良かったですね」

 御剣の素直な感想に愛がふっと微笑む。

「今度は億葉や千景に万夜も呼ぼう」

「い、いや、万夜さんはどうでしょうかね、ははは……」

 御剣の提案に愛がこれでもかとばかりに苦笑を浮かべる。

「いや~皆アオハルを送っているにゃ~! ふにゃ⁉」

 勇次が慌てて両手で又左の口を塞ぐ。周囲をキョロキョロと確認しながら、ゆっくりとその両手を外してやる。又左はその扱いに抗議する。

「いきなり何をするにゃ! 窒息するかと思ったにゃ!」

「街のど真ん中でいきなり猫が人語を話すな! 余計な騒ぎは起こしたくない!」

 勇次は小声で又左をたしなめる。又左が呆れる。

「……にゃんだ、そんにゃことを心配しているにょか?」

「霊力・妖力が水準以上に高くなければ、ワシの言葉は只の鳴き声にしか聞こえないにゃ」

「そ、そうなのか……?」

「そうにゃ、妖絶士にとっては常識中の常識にゃ」

「知っていたのか、三尋?」

「そこで俺に振るのか……ああ、知っていた」

「何だよ、知らぬは俺ばかりかよ」

「にゃははは! みゃだみゃだ学びが足らんな! 青少年!」

「ふん……」

 勇次は又左の煽りを無視して歩き出す。三尋が呼び止める。

「待て、どこへ行く?」

「便所だよ。どうせしばらくこの辺りにいるだろ?」

 勇次は今一つどころか、二つ三つかみ合わないのだが、かえってそこが妙な面白さに繋がっているガールズトークに花を咲かす五人組を指し示しながら、トイレに向かった。

「ふう……って、あれ? あいつらが居ない……移動したのか?」

 用をたして元の場所に戻ってきた勇次だが、そこには皆の姿が無かった。

「ったく、なんだよ、冷たい連中だな……ん?」

 ぼやく勇次の視界に白い犬が入る。綺麗な毛並みの可愛らしさを感じさせる犬である。勇次は思わずしゃがみ込んで話しかける。

「お、どうした? お前もぼっちか? 腹減ってそうだな」

 勇次はポケットを探る手を途中で止める。

「って、餌付けしたらマズいか。ってか、首輪が付いてないな、野良か? 誰か良い人に引き取られると良いんだけどな……」

「相変わらず優しいんだね、勇次君」

 不意に声を掛けられ、犬の頭を撫でようとした勇次はその手を止めて振り返る。そこには赤色が主体のパンキッシュな服装に身を包み、顔の至る所に大小様々な赤色のピアスをつけた小柄な赤髪の少女が立っていた。

「えっと……」

「久しぶりだね、元気にしてた?」

 そう言って、赤髪の少女が舌を出して悪戯っぽく笑う。舌にも赤色のピアスが付いている。勇次は戸惑いつつも答える。

「ま、まあ、元気ではあるけど……」

「そう、それは良かった……残念ではあるけどね!」

「!」

 赤髪の少女が懐から小刀を取り出し、勇次に向かって突き立てる。突然のことに勇次は反応できなかったが、横から現れた三尋の苦無がそれを防いだ。

「誰?」

「……それはこっちの台詞だ」

「ふ~ん、邪魔するのならまとめて始末するよ?」

 赤髪の少女が一旦距離を取って首を傾げながら呟く。ショートボブの赤髪が揺れる。

「やれるものならやってみろ」

 三尋も改めて身構える。

「行くよ! ……⁉」

「お止めなさい、山牙さん……」

 三尋たちに飛び掛かろうとした赤髪の少女をクラシックな服装をした茶髪の女性が片手で遮って止める。

「何よ、風坂。邪魔しないでくれる?」

 風坂と呼ばれた女性がストレートヘアをかき上げながら、子供を諭すように話す。

「ご挨拶をしたいというから協力して差し上げたのです。いたずらに揉め事を起こすのは感心しません。ご主人様にも余計な迷惑が掛かりますよ。貴女にがっかりされてしまうかも……そんなことはお嫌でしょう?」

「む……それは確かに嫌だな」

 山牙と呼ばれた少女は小刀を懐に納める。

「聞き分けが良くて助かります……それではお二方、今日の所はこれで失礼します」

 風坂が勇次らに会釈して、彼らに背中を向けて歩き出す。山牙と白い犬もそれに続く。

「ま、待て! むっ⁉」

 その後を追いかけようとした三尋だったが、突風が巻き起こり、思わず顔を覆う。手をどけると、二人組と犬の姿は既にそこには無かった。

「! き、消えた……」

「うおっ! 急に人が増えたぞ!」

 突如現れた周りの人々に驚く勇次に対して三尋が冷静に説明する。

「狭世を発生させていたんだ……俺でも気付くのが遅れるほど、巧妙にな……」

「狭世ってことは……奴ら妖か⁉」

「久しぶりとか言われていなかったか? お前、妖の知り合いがいるのか?」

「いねえよ! た、多分……イマイチ自信がないけど……」

 勇次の答えに三尋は溜息を突く。

「……とにかく、隊舎に戻って隊長に報告だ」

「あれ? 他の皆はどうした?」

「解散した、正確に言えば曲江さんが解散させた。さっさと行くぞ」

 周囲の様子を窺いつつ、三尋が窓ガラスに吸い込まれる。勇次も慌てて追いかける。

「……妙な女たちに絡まれただと?」

 隊長室で御剣が勇次たちの報告を受ける。

「貴様の周りは妙な女だらけだろう」

「いや、なんつー言い草! 山牙って赤い髪の女と、風坂って茶髪の二人組です!」

「ほう……」

「知っているんですか⁉」

 御剣の反応に勇次が前のめりになる。
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