68 / 123
第二章
第17話(2) 信じるか信じないかは
しおりを挟む
「まあ……大丈夫だと思いますよ」
勇次が呟く。
「何を呑気な!」
風坂が慌ててドアを開けると、この部屋の主、億葉がのんびりとした声を上げる。
「あ、旦那さま、どうかされたんですか?」
「い、いや、それよりも大丈夫なんですか⁉」
風坂が億葉の文字通り爆発した髪型を指差す。
「大丈夫ですよ、こんなの日常茶飯事ですから」
「日常茶飯事⁉ これが⁉」
「ご心配には及びません」
「そ、そうなのですか……」
億葉がポンと両手を叩く。
「そういえば思い出しました、隊長が言っていましたね。武枝隊の方と旦那様が拙者の下を訪ねるからそこんとこよろしく、と」
「て、適当な伝達ですね……」
風坂が戸惑う。億葉が促す。
「どうぞおかけになって下さい」
「おかけにって……部屋中が結構な散乱具合ですが……」
「これは失礼……まあ、適当に見繕ってもらって……」
億葉が席を立つと、転がっていた空になったジュース瓶のケースを立てて二つ並べる。
「椅子代わりか」
勇次は苦笑しつつも、慣れた様子で空ケースに腰を下ろす。億葉が風坂に改めて促す。
「どうぞ」
「え、ええ……」
風坂は尚も戸惑いつつも、勇次の横に座る。億葉が頭を下げる。
「すみません。隊長室に伺うつもりでしたが、実験が良いところだったので、なかなか手が離せなくて……」
「どういった実験でしょうか?」
「大雑把に言えば、この隊舎ごと吹っ飛ばす実験です」
「あ、危ないことをおっしゃいますね⁉」
「残念ながら失敗です……」
「残念って! むしろ何よりですよ!」
「まだまだ未熟です……」
「まあ、失敗は成功の基って言うじゃないか、諦めるなよ」
「旦那さま……ありがとうございます」
「反省も励ましも間違っている!」
風坂が億葉と勇次のやり取りに困惑する。勇次が首を傾げる。
「なにかおかしいことがありました?」
「なにもかもですよ!」
「そうですか? 普通だよな?」
勇次が億葉に尋ねる。
「ええ、至っていつも通りです」
億葉はずれた眼鏡を直しながら答える。
「な、なんと……上杉山隊、侮れませんね」
「えっと、貴女は確か……」
「武枝隊の風坂明秋です」
風坂は席を立って、丁寧に敬礼する。
「あ、どうも上杉山隊の赤目億葉です……」
億葉はゆっくり立ち上がると、ダボダボの白衣を直すこともせず、手足もピシッとさせないまま、だらしのない敬礼を返す。風坂は一瞬渋い顔つきになるが、話を進める。
「赤目さんは上杉山隊の技術開発主任と伺っておりますが?」
「一応そうですね。まあ、この隊で肩書きなんてほとんど意味ないですけど」
億葉は自嘲気味に笑い、椅子に座り直す。風坂も腰を下ろし重ねて尋ねる。
「今回の両隊共同任務、赤目さんが責任者ということになっておりますが……正直貴女にとって専門外のことではありませんか?」
「随分とはっきりおっしゃいますね」
「こういうことは初めにはっきりさせておきたい性分なもので」
「なるほど」
風坂の言葉に億葉は苦笑する。勇次が口を開く。
「そもそも……どういう任務なんだ?」
「あら? 旦那さま、ご存じないんですか?」
「隊長から説明は無かった。億葉の指示待ちだ」
「丸投げですか。まあ、隊長も色々とお忙しいようですしね……」
「先ほどから気になっていたのですが、旦那さまというのは……?」
風坂が首を傾げる。億葉も首を傾げる。
「旦那さまは旦那さまですが?」
「はあ……」
「それがどうかしましたか?」
「いえ、なにも……失礼しました。話を進めて下さい」
風坂は軽く頭を下げ、話の続きを促す。億葉が勇次に向き直り告げる。
「今回、我々が調査するのは『きさらぎ駅』です」
「きさらぎ駅?」
「ご存じありませんか?」
「大体だけど知っているよ、ちょっと前にネット上で流行した都市伝説だろう? それって妖絶構が動くほどのことか?」
「異界に繋がるとも噂されております。あながち馬鹿には出来ません」
勇次に対し、風坂が真面目な口調で話す。勇次が肩をすくめながら億葉に尋ねる。
「その駅に向かうって言うのか?」
「そうなりますね」
「行く当てはあるのかよ?」
「いっぱいありますよ」
「い、いっぱいあるのかよ?」
「ええ、もう……片手で数えられるくらいです」
「いっぱいじゃねえだろ」
「それでも流石ですね、もう見当をつけているとは」
呆れ気味の勇次とは対照的に風坂は感心したように頷く。
「その中で最もポピュラーな方法で向かいます。早速本日の深夜から動きますよ」
億葉の眼鏡がキラッと光る。
「……まさか長野県から向かうことが出来るとはな」
長野県のある駅のホームで勇次が呟く。風坂が首を捻る。
「それも意外ですが……」
「風坂さん、どうかしましたか?」
「い、いえ、赤目さんのその大荷物……」
風坂が億葉の背負う大きなリュックを指差す。
「女の荷物はどうしても多くなるものです、あまりお気になさらず!」
「い、いや、気になりますよ! キャンプにでも行くおつもりですか⁉」
「それも悪くないですね! 冗談ですが!」
「億葉、昼間より元気だな……」
「拙者はバリバリの夜型ですから!」
「それでどうするんだ?」
「……来ました。この終電に乗りましょう」
億葉に促され、勇次たちはホームに入ってきた電車に乗り込む。勇次が尋ねる。
「乗ったぞ?」
「適当に席に座って下さい……後は寝過ごすだけです!」
「ええっ⁉ ……な、なんだか急に眠くなってきたな」
「わ、私も……」
勇次たちが眠りにつく。しばらくするとある駅に電車が止まる。勇次が眼をこする。
「うん……まさか本当に着いたのか? ん? 『もそちも駅』⁉ どこだここ⁉」
勇次が呟く。
「何を呑気な!」
風坂が慌ててドアを開けると、この部屋の主、億葉がのんびりとした声を上げる。
「あ、旦那さま、どうかされたんですか?」
「い、いや、それよりも大丈夫なんですか⁉」
風坂が億葉の文字通り爆発した髪型を指差す。
「大丈夫ですよ、こんなの日常茶飯事ですから」
「日常茶飯事⁉ これが⁉」
「ご心配には及びません」
「そ、そうなのですか……」
億葉がポンと両手を叩く。
「そういえば思い出しました、隊長が言っていましたね。武枝隊の方と旦那様が拙者の下を訪ねるからそこんとこよろしく、と」
「て、適当な伝達ですね……」
風坂が戸惑う。億葉が促す。
「どうぞおかけになって下さい」
「おかけにって……部屋中が結構な散乱具合ですが……」
「これは失礼……まあ、適当に見繕ってもらって……」
億葉が席を立つと、転がっていた空になったジュース瓶のケースを立てて二つ並べる。
「椅子代わりか」
勇次は苦笑しつつも、慣れた様子で空ケースに腰を下ろす。億葉が風坂に改めて促す。
「どうぞ」
「え、ええ……」
風坂は尚も戸惑いつつも、勇次の横に座る。億葉が頭を下げる。
「すみません。隊長室に伺うつもりでしたが、実験が良いところだったので、なかなか手が離せなくて……」
「どういった実験でしょうか?」
「大雑把に言えば、この隊舎ごと吹っ飛ばす実験です」
「あ、危ないことをおっしゃいますね⁉」
「残念ながら失敗です……」
「残念って! むしろ何よりですよ!」
「まだまだ未熟です……」
「まあ、失敗は成功の基って言うじゃないか、諦めるなよ」
「旦那さま……ありがとうございます」
「反省も励ましも間違っている!」
風坂が億葉と勇次のやり取りに困惑する。勇次が首を傾げる。
「なにかおかしいことがありました?」
「なにもかもですよ!」
「そうですか? 普通だよな?」
勇次が億葉に尋ねる。
「ええ、至っていつも通りです」
億葉はずれた眼鏡を直しながら答える。
「な、なんと……上杉山隊、侮れませんね」
「えっと、貴女は確か……」
「武枝隊の風坂明秋です」
風坂は席を立って、丁寧に敬礼する。
「あ、どうも上杉山隊の赤目億葉です……」
億葉はゆっくり立ち上がると、ダボダボの白衣を直すこともせず、手足もピシッとさせないまま、だらしのない敬礼を返す。風坂は一瞬渋い顔つきになるが、話を進める。
「赤目さんは上杉山隊の技術開発主任と伺っておりますが?」
「一応そうですね。まあ、この隊で肩書きなんてほとんど意味ないですけど」
億葉は自嘲気味に笑い、椅子に座り直す。風坂も腰を下ろし重ねて尋ねる。
「今回の両隊共同任務、赤目さんが責任者ということになっておりますが……正直貴女にとって専門外のことではありませんか?」
「随分とはっきりおっしゃいますね」
「こういうことは初めにはっきりさせておきたい性分なもので」
「なるほど」
風坂の言葉に億葉は苦笑する。勇次が口を開く。
「そもそも……どういう任務なんだ?」
「あら? 旦那さま、ご存じないんですか?」
「隊長から説明は無かった。億葉の指示待ちだ」
「丸投げですか。まあ、隊長も色々とお忙しいようですしね……」
「先ほどから気になっていたのですが、旦那さまというのは……?」
風坂が首を傾げる。億葉も首を傾げる。
「旦那さまは旦那さまですが?」
「はあ……」
「それがどうかしましたか?」
「いえ、なにも……失礼しました。話を進めて下さい」
風坂は軽く頭を下げ、話の続きを促す。億葉が勇次に向き直り告げる。
「今回、我々が調査するのは『きさらぎ駅』です」
「きさらぎ駅?」
「ご存じありませんか?」
「大体だけど知っているよ、ちょっと前にネット上で流行した都市伝説だろう? それって妖絶構が動くほどのことか?」
「異界に繋がるとも噂されております。あながち馬鹿には出来ません」
勇次に対し、風坂が真面目な口調で話す。勇次が肩をすくめながら億葉に尋ねる。
「その駅に向かうって言うのか?」
「そうなりますね」
「行く当てはあるのかよ?」
「いっぱいありますよ」
「い、いっぱいあるのかよ?」
「ええ、もう……片手で数えられるくらいです」
「いっぱいじゃねえだろ」
「それでも流石ですね、もう見当をつけているとは」
呆れ気味の勇次とは対照的に風坂は感心したように頷く。
「その中で最もポピュラーな方法で向かいます。早速本日の深夜から動きますよ」
億葉の眼鏡がキラッと光る。
「……まさか長野県から向かうことが出来るとはな」
長野県のある駅のホームで勇次が呟く。風坂が首を捻る。
「それも意外ですが……」
「風坂さん、どうかしましたか?」
「い、いえ、赤目さんのその大荷物……」
風坂が億葉の背負う大きなリュックを指差す。
「女の荷物はどうしても多くなるものです、あまりお気になさらず!」
「い、いや、気になりますよ! キャンプにでも行くおつもりですか⁉」
「それも悪くないですね! 冗談ですが!」
「億葉、昼間より元気だな……」
「拙者はバリバリの夜型ですから!」
「それでどうするんだ?」
「……来ました。この終電に乗りましょう」
億葉に促され、勇次たちはホームに入ってきた電車に乗り込む。勇次が尋ねる。
「乗ったぞ?」
「適当に席に座って下さい……後は寝過ごすだけです!」
「ええっ⁉ ……な、なんだか急に眠くなってきたな」
「わ、私も……」
勇次たちが眠りにつく。しばらくするとある駅に電車が止まる。勇次が眼をこする。
「うん……まさか本当に着いたのか? ん? 『もそちも駅』⁉ どこだここ⁉」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる