上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
89 / 123
第二章

第22話(3) 承服しかねます×2

しおりを挟む
「勇次、静かにしろ……」

「し、しかし……」

 御剣は後ろに振り返って勇次を注意しつつ、御盾に小声で囁く。

「嫌な噂が的中したな」

「此方のせいではないぞ。そなたの日頃の行いのせいじゃろう」

「ふっ……」

 御剣が正面に向き直る。山吹が説明する。

「……厳密には第五管区の再編といった案です」

「再編ね……具体的には?」

「北陸三県を我が第六管区に編入し、東海管区の名称を中部管区に変更したく思います」

 光康の問いに摩央が答える。隣に座る御剣が睨む。

「なるほど、貴様の企みか……」

「企みだなんて人聞きの悪い……これはそちらにとっても悪くない提案ですわ。第五管区はその担当地域の広さに比べると、資金力が乏しい……資金に余裕のある我が管区、そして、第四管区が分割吸収することによって、その問題は解決しますわ」

「第四管区?」

 御剣が自分の逆隣に座る雅を見る。雅は言いづらそうに口を開く。

「い、いや、甲信越の三県をうちの管区に編入するって話が盛り上がってね……私自身は全然乗り気じゃないんだけど……隊員たちの多数を占める意見は無視できないというか……」

「そうですか……しかし、東京を除く関東六県に甲信越三県を加えてはそれこそ担当地域が広すぎると思いますが?」

 御剣の問いに摩央が答える。

「なにも馬鹿正直に県単位で分けなくても良いでしょう」

「なに?」

「例えば長野県南部と西部、そして新潟県上越地方は我が管区に……中越地方は第四管区に、そして……」

 摩央の目配せに晃穂が口を開く。

「下越地方、佐渡ヶ島を我が第二管区に編入させるなど如何でしょう?」

「貴女も絡んでくるとは……」

「新潟県を東北地方に含む考え方もあります。それほど不自然な話ではないかと」

「ふむ……御剣ちゃんはどうか……」

「承服しかねます」

 光康の問いを遮るように御剣は答える。光康が苦笑する。

「即答だね……」

「お話を伺う限りでは、我が上杉山隊を解隊しようとしているように聞こえます。とても頷ける話ではありません」

「ですから、貴女はわたくしの隊にいらっしゃいな。隊長待遇でお迎えしますわ」

「それだけは絶対にお断りだ」

 摩央の申し出を御剣は一蹴する。摩央は光康に促す。

「管区長筆頭からもお願い出来ませんか?」

「……上杉山隊や武枝隊はよくやってくれていると思うよ。ただ、他の隊がどうもね……華田隊は表裏比興、木曽我隊は荒くれ者という評判だし……古前田隊に至っては隊長がよく行方知れずになるというじゃないか」

「……そういう部分もあるのは否めませんが、各隊ともやる時はやってくれています」

「活動の実態が今一つ伝わってこないんだよね……」

「……では、活動実績を示せば良いのですね?」

「まあ、そうなるかな……自信はあるの?」

「無論です。ただ、基本的に妖相手のことなので、すぐにというわけにはいきませんが……」

「……分かった、この話は一旦保留にしよう。摩央ちゃんもそれで良いね?」

「……仕方がありませんわね」

 摩央は両手を大げさに広げながら頷く。御剣が小声で囁く。

「色々と根回しをしていたみたいだが、無駄だったな……」

「わたくし、諦めは悪くてよ……」

 摩央は不敵な笑みを浮かべる。光康が山吹に問う。

「それで……後はなんだっけ?」

「加茂上管区長からお話が……」

「晃穂ちゃん、どうぞ」

「はい、現在この東京管区の病院に入院している鬼ヶ島一美さんのことですが……」

「!」

「⁉」

 晃穂の発言に御剣と勇次の顔色が変わる。光康が頷く。

「ああ、確かそっちの勇次君のお姉さんで、夜叉の半妖の子だっけ?」

「はい」

「姉弟で半妖とはなかなか珍しいね……それで?」

「我が第二管区は半妖についての研究が国内で一番進んでいると自負しています。よって、我が管区内の研究施設への移送をお願いしたいのです」

「ふむ……」

 晃穂の提案に光康は考え込む。御剣が声を上げる。

「馬鹿なことを言わないで頂きたい。何の意味があるのです?」

「善川管区長もおっしゃったように、姉弟で半妖というのはなかなか珍しいケースです。今後の為にも重要な研究対象になるのではないかと思いまして……」

「研究対象って、人の姉ちゃんを何だと思っているんだ!」

 勇次が立ち上がって叫ぶ。晃穂は落ち着いて答える。

「表現が適切でなかったのはごめんなさい。しかし、お姉さんの体を検査させてもらうことによって、色々なことが分かってくる可能性が高いのです。それは今後の妖絶講、さらには人間社会全体の為にもなるのです」

「だ、だからと言って……!」

「安全面に関しても心配はいりません。山形にあるその研究施設は国内トップクラスのセキュリティを誇ります。善川管区長、如何でしょう?」

「う~ん、人間社会全体の為と言われるとね~」

 光康が腕を組んで、首を捻る。晃穂が笑顔を崩さずに続ける。

「早い内に進めた方が良いかと思われます。ご決断を……」

「そこまで言うのなら……」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 勇次が慌てる。光康が勇次を見つめて話す。

「勇次君……少々酷な言い方になるが、揃って半妖の力に目覚めてしまった時点で、もう君たち姉弟は『普通』ではないんだ。約千年もの長きに渡って、妖というものに携わってきた妖絶講の考えに従ってもらいたい」

「そ、そうは言っても……」

 勇次は困惑する。御剣が口を開く。

「……本日この者を連れてきた理由は皆さんに紹介するためでありません」

「え? そうなの?」

 光康が首を捻る。

「ええ、それはあくまでもついでです。本来は別の目的がありました」

「別の目的?」

「姉である鬼ヶ島一美と面会させることです」

「面会か~」

「い、いや、それも駄目なんですか⁉ おかしいでしょう⁉ 家族なのに!」

 再び腕を組んで考え込む光康に対し、勇次が声を荒げる。

「繰り返しのようになってしまうけどね……姉弟で半妖というのはなかなか珍しいことなんだ。君は半妖の力をある程度コントロール出来るようだけど……お姉さんはまだそういう段階ではないようだよね? その時点で君と会わせるのはリスクが高い。血の繋がった半妖は予想だにしない共鳴反応を示すという話は僕も聞いたことがある……」

「そ、そう言われても! ⁉」

 部屋に警報が鳴り響く。光康が山吹に問う。

「山吹ちゃん? 何事かな?」

 山吹が確認して淡々と告げる。

「東京管区の各地で妖が多数出現した模様です」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...