上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第二章

第25話(1) 火事場の馬鹿力と耳栓必須の歌唱力

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                  拾弐

「ふん、この程度か……」

 鮭延川の前で千景と火場が膝をつく。千景が舌打ちをする。

「ちぃ、なんてえ馬鹿力だよ。大柄でもねえのに、アタシがケンカで後れを取るとは……」

「高名な『加茂上四天王』の一角、『力』の鮭延川、ここまでやるとはな……」

「あの……」

「大体、なんでまたガチでやり合うことになってんだよ? 姐御からもおたくの隊長さんからも、『陽動に徹せよ。捕捉されたらまずは話し合いを優先』って言われていただろうが」

「誰かさんが安易な挑発に引っかかったからじゃないか?」

 火場の言葉に千景が反応する。

「あん? それは誰のことだよ」

「さあな……」

「あの!」

「うおっ、びっくりした……黒竹じゃねえか」

「黒駆です……」

 二人の体格の良い女性の間に細身の三尋が膝をついている。火場が尋ねる。

「君は上杉山隊の忍び、黒駆三尋だな」

「うっ」

 三尋が顔を抑える。火場が心配する。

「どうした? どこか怪我でもしたのか?」

「いえ……ほぼ初対面なのにちゃんと名前を呼んで頂いたことが嬉しくて……」

「うれし泣きか……普段どういう扱いを受けているんだ?」

 火場が鋭い視線を千景に向ける。千景が慌てて否定する。

「いや、うちでもなかなか頼りにしているぜ! ただあまりにも見事に忍ぶものだからどうしても存在を忘れがちになっちまうんだよ!」

「ど、どういうことだ?」

「ま、まあ、それはともかく! なにか報告があるのか⁉」

 黒駆は涙をさっとぬぐい、話を始める。

「既に交戦は始まっている場合はやむなし! 援軍を送るので、協力の下、相手の撃退に当たれ。なお、詳細は省くが、加茂上晃穂の裏切りと、彼女が用いた術により、加茂上四天王はかなりその能力を増大させている模様。心して戦えとのこと!」

「加茂上管区長の邪魔をする不届きものどもはこの鮭延川が片付ける……」

 鮭延川がぶつぶつと呟く。火場が指を差す。

「術……あの後方で浮かんでいる尻尾が力を与えているのか? 洗脳もされているようだ」

「火場殿のおっしゃられたように、その可能性も極めて高いかと………」

「じゃあ、どうするんだ⁉」

「か、樫崎殿、落ち着いて下さい……出来る限りで構わないので大人しくさせろと……」

「無茶言ってくれるぜ、これは『鼓武』を受けるべきだったか? やるしかねえけどよ!」

「各地に散開した隊員全員に術をかけたら隊長の体が持たない。我らが自力でやるだけだ」

 千景たち三人が構えを取る。千景が首を捻りながら三尋に尋ねる。

「……ひょっとして、アタシらの援軍ってお前か?」

「え、ええ……」

「おいおい! 力自慢の相手に寄越した援軍が軽量級のお前か⁉ 大丈夫かよ?」

「落ち着け、樫崎。パワー系二人にスピード系一人だ。バランスはいい」

「ひ、火場桜春さん……自分は武枝隊に移っても良いでしょうか?」

 火場のフォローに三尋は感激する。

「わ、私に決定権はない。お、おいまた泣いているじゃないか。涙を拭け。大丈夫か……?」

「だ、大丈夫です。た、確かに、お二人よりだいぶ体重は軽いですが……!」

「「余計なことは言わなくても良い!」」

「す、すみません!」

 三人のやりとりを見ながら鮭延川が笑う。

「ふっ、我が隊長に比べればなんとまあ知性のなさそうだな……」

「「……言われてるぞ」」

 千景と火場は互いを指差す。お互いが不服そうな顔を浮かべる。

「ああん? どうみたって、脳筋キャラのアンタのことだろうが!」

「脳筋などという言葉を使うこと自体が知性の乏しさを証明してないか?」

「ああ?」

「なんだ?」

 千景と火場がお互いを睨み合う。そこに鮭延川の両腕が迫る。三尋が叫ぶ。

「お二人とも! 避けて!」

「ふん‼ 何⁉」

 鮭延川が驚く。渾身の鋭いワンツーパンチを顔面に受けても、千景も火場もビクともしなかったからである。千景と火場が呟く。

「ママに習わなかったか?」

「え?」

「女のタイマンの邪魔だけはするなと……」

「い、いや、そんな野蛮な教えは受けていないぞ!」

「「おらあっ‼」」

「‼ ぐはっ……」

 千景と火場の強烈なパンチを同時に喰らい、鮭延川が倒れ込み、尻尾が消える。

「す、凄い……援軍は要らなかったか? しかし、『鼓武』未使用か……他が心配だな」

 三尋が淡々と呟く。『まるで火事場の馬鹿力ですね!』などと余計なことは言わなかった。

                  ☆

「ふん、こんなものか……」

 岡清水が鼻で笑う。物陰に隠れた万夜が林根に声をかける。

「だ、大丈夫? 林根さん……」

「……損耗率、32%。まだ、危険水域ではありません。貴女はいかがですか?」

 林根が万夜に問う。

「え? いや、ちょっと、弓矢が右肩と左足を掠めただけよ、問題はないわ」

「しかし、加茂上四天王の『心』の岡清水殿……あれほどの実力者とは、こちらに記録されているデータベースとは随分とスペックが異なります」

「わたくしも存じ上げているほどのお方ですもの……短期間で成長なされたのでは?」

「……岡清水殿は現在二十代、妖絶士が爆発的に成長を遂げるのは十代の時期が主流を占めているというデータも出ています。苦竹殿の今の質問は考えにくいと思われます」

「……いいことを教えてあげますわ」

「?」

 万夜が林根の手を取り、目を見つめながら話す。

「データが必ずしも絶対というわけではなくてよ。特に妖絶講に関する戦いにおいては。……さて、あの弓をどうするかということですが……」

「ふむ……」

 林根は万夜に握られた手をじっと見つめる。

「近づこうとしても、弓矢の餌食になる。あんな高速で連射が可能だなんて……そこまでの名手だとは流石に聞いていませんわ……」

「苦竹万夜殿、林根笑冬殿、お二人ともご無事で」

 二人のもとに中性的な顔立ちの男性の忍びが現れる。

「あ、貴方は武枝隊の⁉」

「朔月望と申します。上杉山管区長からのご伝言に参ったのですが……」

「姉さまからの伝言?」

 万夜が首を傾げる。

「はい……『既に交戦は始まっている場合はやむなし! 援軍を送るので、協力の下、相手の撃退に当たれ。なお、詳細は省くが、加茂上晃穂の裏切りと、彼女が用いた術により、加茂上四天王はかなりその能力を増大させている模様。心して戦えとのこと!』」

「加茂上管区長の邪魔をする不届きものどもはこの岡清水が対処する……」

 岡清水がぶつぶつと呟く。林根が左腕をカパッと開き、モニターに岡清水を表示する。

「術……あの後方で浮かんでいる尻尾が力を与えているようですね」

「しかもどうやら洗脳・催眠の効果もあるようですわ」

 朔月が頷く。

「お二人のおっしゃられたように、その可能性が極めて高いかと思われます。出来る限りで構わないので大人しくさせろとのことです………」

「難しいことをおっしゃいますわね……」

 万夜が苦笑する。林根が朔月に尋ねる。

「朔月殿、この場合、貴方を援軍と考えてよろしいのですね?」

「ええ、もちろんです」

 朔月が頷く。林根がやや間を空けて、口を開く。

「……現有戦力での局面打開の方法が導き出せました」

「ほ、本当ですの⁉」

「本当です。お二人とも耳を貸して下さい……」

 林根の説明に二人は聞き入る。万夜が頷く。朔月が問う。

「今更ですが、お二人とも武枝隊長の『鼓武』は受けていらっしゃらないのですね?」

「ええ、武枝隊長の負担になるのは避けたかったのですわ。本来は陽動のつもりでしたし」

「なるほど、やはりここは無傷の私が行くしかないようですね。それでは……」

「ああ、朔月殿、これを」

 林根がなにかを朔月に手渡す。

「これは……では参ります!」

 朔月が物陰から勢いよく飛び出す。岡清水は素早く反応し、弓矢を放つ。

「そこに隠れているのは分かっていた!」

「!」

「何っ⁉」

 朔月が拍手をすると、朔月の体型が男性から女性に変化した為、狙いが狂った矢が外れた。

「貰いましたわ!」

 気が付くと、岡清水のすぐ近くに万夜が立っている。岡清水が笑う。

「この期に及んで、まだ陽動作戦か! 技量不足の貴様ららしい!」

「技量不足⁉ これを聴いても同じことが言えるかしら⁉ 『アリーナライブ』‼」

「ぬおおっ⁉」

 万夜がメガホンで叫ぶ。そこから放たれたものすごい音圧が岡清水を襲い、岡清水は両耳を塞ぐため、弓矢を落としてしまう。そこに林根が接近する。

「チャンスです……」

「なっ、貴様はなんともないのか⁉」

「『外部音シャットアウトモード』が稼働中の為、影響ありません。お覚悟!」

「ぐはっ!」

 林根の放ったロケットパンチをまともに喰らい、岡清水は崩れ落ち、尻尾が消える。

「やりましたわ!」

 万夜が喜ぶ横で朔月はほっとする。林根から耳栓を受け取っていなければ危なかった。歌唱力という意味では技量不足との指摘も当たっていると思ったが、黙っておくことにした。
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