上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
110 / 123
第三章

第27話(3) お義姉さんと呼ばせて下さい

しおりを挟む
「連日の出動、大変だな」

 勇次の声に一美が首を振る。

「昨日はほとんど樫崎さんと三尋くんが片を付けてくれたから……」

「え? 三尋いたっけ?」

「いや、帰りに会話交わしていたでしょう、あなたたち……」

「全然記憶にないな……」

「三尋くんのステルスっぷりが凄いのか、あなたの記憶力がヤバいのか……」

「う~ん、両方かな」

「ヤバいのを否定しないのね……」

 一美が困惑気味に笑う。

「まあ、いいや、それより急ごうぜ」

 勇次が部屋の中央にある大きな六角錐状の鏡を指し示す。

「転移鏡……この鏡を通れば、例えばこの隊舎からならば佐渡ヶ島を含めた新潟県全域や長野県北部の各地に飛ぶことが出来るのよね?」

「ああ、鏡や何かを反射するものがある場所ならばどこでもな」

「一体どういう仕組みなの?」

「さあ、それがさっぱり分からん」

 勇次が首を傾げながら答える。

「把握していないものを使っているのね、私も人のこと言えないけど……」

「便利だからな。行こうぜ」

 勇次が鏡の中に吸い込まれていく。一美もそれに続く。

「ファッ! ファッ!」

 キッチリと揃えた前髪とキチンと着た制服と長いスカートが印象的な黒髪ロングの女性が、口に咥えていた棒付きの飴を舐めながら、もう片方の手で鞭を自由自在に振るい、妖たちを軽々と撃退していく。

「お~これは、援護は必要なしって感じか?」

「あ、勇次さま♡ ショ、そんなことはありません、とっても心強いですわ」

 女性が鞭を振るいながら、赤らんだ頬に手を当てる。

「さすがですね、上杉山隊の副隊長、苦竹万夜(にがたけまや)さん……」

「こ、これは、お義姉さま! お疲れ様です!」

 万夜と呼ばれた女性はスレンダーな体をピシッとさせて、一美に頭を下げる。

「お、お義姉さま? あ、あの、苦竹さん、私のことは一美で構いませんから……」

「そ、そんな! 勇次さまのお身内を呼び捨てだなんて恐れ多いことです……」

「義姉のニュアンスもなんだかちょっと引っかかるものがありましたし……」

「それはわたくしが飴を舐めているからですわ」

「それはあまり関係ないような……」

「これは失礼しました。人一倍、喉のケアが必要なものでして……ご容赦ください」

「は、はあ……」

 再び頭を下げる万夜を一美は戸惑い気味に見つめる。勇次が周囲を見回す。

「本当に片付いちまったな、これでも急いだつもりだったんだが」

「まあ、なんてことのない相手でしたわ」

 万夜が鞭をしまう。一美も周囲を見回して呟く。

「しかし、この『狭世(はざまよ)』というのは不思議な空間ですね……」

「普通の人間が暮らすのが『現世(うつしよ)』……妖たちがいるのが『幽世(かくりよ)』……その間に存在するのがこの狭世といった空間だ」

「妖絶士は妖とは主にこの狭世で戦うことが多いのです。普通の人間にはこの空間を認識することや立ち入ることは出来ません。ただ、透明なものとして通り過ぎるだけです。つまり、ここではっきりと存在を認識出来るものが妖絶士もしくは妖なのです」

 勇次と万夜が簡単に説明する。一美が重ねて尋ねる。

「広さは一定ではないのですね?」

「ええ、極々狭いものもあれば、我らの隊舎のような立派な建物を設置出来るほどの広さをもった空間も存在します」

「広さはまちまちということですね」

 一美が頷く。万夜も周囲を見回し、ポンと両手を叩く。

「そうですわ! なかなかの広さを持った空間ですし、勝どき代わりにわたくしの歌をお二人に聞いてもらいましょう!」

「ええっ⁉ い、いや、いいよ、戻ろうぜ……」

「遠慮なさらずに!」

 万夜は腰のベルトにぶら下げていたメガホンを手に取る。一美が慌てて声を上げる。

「わ、私、念の為にあっちの方を見てきます!」

「あ! 姉ちゃん、ズルいぞ、俺も行く!」

「後は若い人同士で……」

「お見合いかよ!」

「せっかくお許しを頂いたのですから、勇次さま、わたくしの歌を聴いて下さい!」

 万夜が勇次の体をガシッと掴む。

「! な、なんて力⁉ ま、万夜、それはまた別の機会にだな……」

「ごゆっくり~」

「ま、待ってくれ、姉ちゃん!」

 一美は足早にその場を離れる。

「ふう……味方の能力でダメージを負ったら世話ないわ……ん?」

「武枝御盾……お貸し給へ……『風林火山・火の構え・火炎』!」

 黒髪のポニーテールの女子が、主に神事などで用いられる、人の形をした紙、形代を自身の胸に当てて叫ぶと火炎が噴き出し、妖を燃やし尽くす。一美は拍手する。

「さすがね、上杉山隊親衛隊長、曲江愛(まがりえあい)さん……」

「あ、一美さん……なんですか、親衛隊長って」

「いや、愛ちゃんだけ肩書がないのもあれかなって思って、考えてみたの」

「要らないですよ、そんな肩書……」

「しかし、凄いわね、今の炎は別の隊の隊長さんの能力でしょう?」

「一度話をした人の力はお借り出来ます……ここまで強力だと結構消耗しますけど……」

 一美の問いに愛と呼ばれた女子は若干苦しそうに答える。

「大丈夫?」

「これくらいなら、自分でも回復出来ますから」

 愛は自分の胸に手を当てる。やや乱れていた呼吸が整う。一美が感心する。

「そういえば治癒能力もあるのね」

「隊の回復役も担っています。一美さんもどんどん頼って下さい」

「あまりお手を煩わせないようにはしたいわね」

 胸を張る愛を見て、一美が微笑む。愛が苦笑する。

「まあ、治癒能力もそれなりに消耗するので、多用は出来ませんが……」

「しかし、まさかかわいい幼馴染の愛ちゃんが妖絶士とはね」

「……ごめんなさい」

「いやいや、別に謝らなくてもいいわよ」

 頭を下げる愛に対し、一美が手を振る。

「いえ、私の次兄、曲江実継(まがりえさねつぐ)のことです……」

「ああ……」

「兄、いえ、あの男は己の掲げる理想を体現しようとしています」

「理想……?」

 一美が首を傾げる。

「ええ、あの男は生き物と妖……その両方の血を持つ半妖こそ、この世で最も崇高なる存在、世を統べるに相応しい存在だと考えています。半妖が世を統べる世界をこの目で見てみたいと言っています。その為には世を正し、人を排することも厭わないという……そのような危険な思想の持ち主です」

「過去形ではないのね……」

 一美が呟く。愛は首を左右に静かに振る。

「先日の東京や山形の騒動では顔を出しませんでしたが、あの男の配下、もしくは同盟のような関係性である半妖たちが健在であるということは確認出来ました」

「ああ、確か天狗の半妖さんだったかしら?」

「ええ」

 一美の言葉に愛が頷く。一美が苦笑する。

「先の上越での戦いでは、私も実継さんの下であなたたちと交戦したけど、その辺りの記憶がもうおぼろげなのよね……」

「そうですか」

「申し訳ないわ」

「いえ、仕方がありません。恐らく操られていたのでしょう」

「ふむ……」

 一美が腕を組む。

「推測の域を出ませんが……あの男もまだ生きていると考えて間違いないでしょう」

「……ということは?」

「そう、世にも珍しい半妖の姉弟である一美さんと勇次君を自らの掌中に収めたい……そのように考えているはずです」

「また私たちを狙ってくるということね?」

「……恐らくは」

「それは困ったものね……愛の告白なら歓迎だったのに」

「え?」

「結構タイプだったのよ、実継さん」

「……冗談ですよね?」

「……そういうことにしておこうかしら」

 一美が肩をすくめる。俯きがちだった愛が顔をパッと上げる。

「……ともかく、私はあの男の野望をなんとしても打ち砕く。そしてお二人のことを必ず守ってみせます!」

 愛の言葉に一美が口笛を鳴らす。

「頼もしいわね。でも……」

「でも?」

「私も勇次もただ守られているばかりではないわよ」

 一美が背中に背負った鎌を指差す。愛が笑う。

「ふっ、そうでしたね……」

「もちろんまだまだだけど、勇次なんか大分たくましくなったと思うわよ……⁉」

「あ、愛、回復を頼む……」

 二人の下にほうほうのていでたどり着いた勇次が倒れ込む。愛が苦笑する。

「ああ、万夜さんの歌に酔っちゃったのね……」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...