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第三章
第28話(4) 脱走
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とある建物の部屋の中で、白髪の女性が指で髪の毛先を触っている。よくある光景ではある――ただ、この女性の頭にちょこんとケモノ耳と、お尻の部分から縦に生えた白く大きな尻尾が生えている点を除いて――退屈そうにしている女性に部屋の外から声がかかる。
「加茂上晃穂(かもがみあきほ)、出ろ……」
「あら? いつもの尋問の時間には早いと思いますが……」
「いいから早くしろ……」
「はいはい……」
加茂上と呼ばれた女性はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の外に出る。部屋の外には妖絶講の制服を着た男が一人立っている。
「……」
「一人とはまた不用心な……」
加茂上は小声で呟く。
「こちらにも都合がある。いいから歩け」
「……分かりました」
加茂上は長い廊下を歩き出す。制服の男がその後に続く。
「部屋の場所は分かっているだろう?」
「おかしなことを聞きますね? そもそも囚われている者が先導など……!」
加茂上は首を少し傾げながら歩き続けるがすぐにあることに気が付く。
「どうした?」
「……白々しいお芝居は結構です」
振り返った加茂上が切れ長の目をさらに細めて睨む。睨まれた者が首を傾げる。
「芝居?」
「このフロアは妖力を封じる強力な結界が張られています。だから私も手足を縛られているわけでもないのに、身動きがとれなかった……どうやったのです?」
「……結界は機械を用いたものと人の霊力によるものを併用していた為、それらを無力化しただけのこと……」
制服を着ていた男の顔が女の顔に変わる。短くまとめた茶色い後ろ髪と左から右に斜めに切り揃えた前髪に楕円形の眉、いわゆる『まろ眉』が印象的な女性である。加茂上が頷く。
「なるほど、貴女ならこういうことも可能ですね」
「なかなか骨が折れた……」
「貴女に貸しを作るのはなんだか癪ですね……」
「自分も気が進まなかったが、アンタが囚われたままだと、色々と都合が悪いのでな……」
「……なにをすればいいのです?」
「……に向かってもらいたい」
「⁉ ほう……」
所変わって、上杉山隊の隊舎。隊長室で御剣が通信をしている。相手は星ノ条雅(ほしのじょうみやび)、妖絶講関東管区、通称『第四管区』の管区長である。ミディアムロングの髪型をした黒髪の美人がクスクスと笑う。
「……なるほど、鬼ヶ島一美ちゃんはほんのりと金色になるのね」
「そうですね」
「それにしてもほんのりって……」
「そのように形容するしかありませんので」
雅が苦笑するが、御剣はあくまで真顔で答える。雅は真面目な顔つきに戻る。
「覚醒の条件はどう見ている?」
「感情が昂ったときだと想定されます」
「勇次君と同様ね」
「ええ」
「では、感情のコントロールが課題になってくるわね……」
「その点についてですが、あまり心配はしておりません」
「あら? それはどうして?」
雅が首を傾げる。
「基本的に落ち着いた性格をしているので。勇次……弟が絡むと、たまに冷静さを欠いてしまうときがありますが」
「いや、冷静さを欠いたらダメでしょう」
「ダメですか」
「ダメよ」
「……一つ良い話があります」
「なに?」
「すごく母親思いです」
「あら、良い話……じゃなくて!」
「……冗談はさておき」
「冗談だったの? 御剣ちゃんって基本真顔だから分からないわ……」
「我が隊の隊員たちと比べても精神的に大人です。実際の年齢が上だということもあるとは思いますが」
「いや、比較対象がおかしいんじゃない?」
雅が上杉山隊の隊員たちを思い浮かべながら、首を捻る。
「おかしいですか」
「うん、あの子たちには悪いけれども」
「……まあ、それはともかくとして、正式に隊へ加入してまだ間もないですが、非常に頼りになる存在だと言えます」
「それはなによりだわ」
「後は烏丸黛の件ですが……」
「烏天狗の半妖だということが判明したのは良かったわね。ただ……」
「ただ?」
「その男の情報がないわ。どうやら関東の出身ではないようね」
「そうですか……」
御剣が腕を組む。
「出身などが分かれば、色々と対策なども浮かんでくるんだけどね……私の方から他の管区長に知らせておくわ」
「お願いします」
「そういえば、東北管区の新たな管区長さんから挨拶はあった?」
「いえ、まだですね」
御剣が首を振る。雅が顎に手を当てる。
「おかしいわね、私のところには来たのに……通信だけど」
「色々と忙しいのでしょう」
「それにしたって挨拶くらい五分か十分で済む話でしょう?」
「私に言われても……年功序列ではないですか? やはり最古参の雅さんには、いの一番で挨拶をしておかないと……」
「や~ね~、私は永久の十八歳よ? 御剣ちゃんとは一つしか違わないわ」
雅が御剣の言葉を遮って、往年のアイドル歌手のようなポーズを取る。
「……まあ、それはともかく」
「さらっと流さないでよ! そこは『またまた~』でしょう⁉」
「そのような茶番は知りません」
「茶番って! お約束って言ってよ! ……ん?」
「どうしました?」
雅が端末に目をやると、苦い顔つきになる。やや間を空けてから口を開く。
「……悪い知らせよ。加茂上晃穂が脱走したわ」
「⁉」
「しかも……どうやら北海道に向かったらしいわ」
「北海道……私が追いかけます」
「た、躊躇いが無いわね⁉」
御剣の発言に雅が驚く。
「恐らく鬼ヶ島姉弟を狙ってくるでしょうから、こちらから出向いてやります。それに……」
「それに?」
「ちょうど貰い物があるので……」
御剣は三枚の旅行券を取り出して、モニターの前でヒラヒラとさせる。
「加茂上晃穂(かもがみあきほ)、出ろ……」
「あら? いつもの尋問の時間には早いと思いますが……」
「いいから早くしろ……」
「はいはい……」
加茂上と呼ばれた女性はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の外に出る。部屋の外には妖絶講の制服を着た男が一人立っている。
「……」
「一人とはまた不用心な……」
加茂上は小声で呟く。
「こちらにも都合がある。いいから歩け」
「……分かりました」
加茂上は長い廊下を歩き出す。制服の男がその後に続く。
「部屋の場所は分かっているだろう?」
「おかしなことを聞きますね? そもそも囚われている者が先導など……!」
加茂上は首を少し傾げながら歩き続けるがすぐにあることに気が付く。
「どうした?」
「……白々しいお芝居は結構です」
振り返った加茂上が切れ長の目をさらに細めて睨む。睨まれた者が首を傾げる。
「芝居?」
「このフロアは妖力を封じる強力な結界が張られています。だから私も手足を縛られているわけでもないのに、身動きがとれなかった……どうやったのです?」
「……結界は機械を用いたものと人の霊力によるものを併用していた為、それらを無力化しただけのこと……」
制服を着ていた男の顔が女の顔に変わる。短くまとめた茶色い後ろ髪と左から右に斜めに切り揃えた前髪に楕円形の眉、いわゆる『まろ眉』が印象的な女性である。加茂上が頷く。
「なるほど、貴女ならこういうことも可能ですね」
「なかなか骨が折れた……」
「貴女に貸しを作るのはなんだか癪ですね……」
「自分も気が進まなかったが、アンタが囚われたままだと、色々と都合が悪いのでな……」
「……なにをすればいいのです?」
「……に向かってもらいたい」
「⁉ ほう……」
所変わって、上杉山隊の隊舎。隊長室で御剣が通信をしている。相手は星ノ条雅(ほしのじょうみやび)、妖絶講関東管区、通称『第四管区』の管区長である。ミディアムロングの髪型をした黒髪の美人がクスクスと笑う。
「……なるほど、鬼ヶ島一美ちゃんはほんのりと金色になるのね」
「そうですね」
「それにしてもほんのりって……」
「そのように形容するしかありませんので」
雅が苦笑するが、御剣はあくまで真顔で答える。雅は真面目な顔つきに戻る。
「覚醒の条件はどう見ている?」
「感情が昂ったときだと想定されます」
「勇次君と同様ね」
「ええ」
「では、感情のコントロールが課題になってくるわね……」
「その点についてですが、あまり心配はしておりません」
「あら? それはどうして?」
雅が首を傾げる。
「基本的に落ち着いた性格をしているので。勇次……弟が絡むと、たまに冷静さを欠いてしまうときがありますが」
「いや、冷静さを欠いたらダメでしょう」
「ダメですか」
「ダメよ」
「……一つ良い話があります」
「なに?」
「すごく母親思いです」
「あら、良い話……じゃなくて!」
「……冗談はさておき」
「冗談だったの? 御剣ちゃんって基本真顔だから分からないわ……」
「我が隊の隊員たちと比べても精神的に大人です。実際の年齢が上だということもあるとは思いますが」
「いや、比較対象がおかしいんじゃない?」
雅が上杉山隊の隊員たちを思い浮かべながら、首を捻る。
「おかしいですか」
「うん、あの子たちには悪いけれども」
「……まあ、それはともかくとして、正式に隊へ加入してまだ間もないですが、非常に頼りになる存在だと言えます」
「それはなによりだわ」
「後は烏丸黛の件ですが……」
「烏天狗の半妖だということが判明したのは良かったわね。ただ……」
「ただ?」
「その男の情報がないわ。どうやら関東の出身ではないようね」
「そうですか……」
御剣が腕を組む。
「出身などが分かれば、色々と対策なども浮かんでくるんだけどね……私の方から他の管区長に知らせておくわ」
「お願いします」
「そういえば、東北管区の新たな管区長さんから挨拶はあった?」
「いえ、まだですね」
御剣が首を振る。雅が顎に手を当てる。
「おかしいわね、私のところには来たのに……通信だけど」
「色々と忙しいのでしょう」
「それにしたって挨拶くらい五分か十分で済む話でしょう?」
「私に言われても……年功序列ではないですか? やはり最古参の雅さんには、いの一番で挨拶をしておかないと……」
「や~ね~、私は永久の十八歳よ? 御剣ちゃんとは一つしか違わないわ」
雅が御剣の言葉を遮って、往年のアイドル歌手のようなポーズを取る。
「……まあ、それはともかく」
「さらっと流さないでよ! そこは『またまた~』でしょう⁉」
「そのような茶番は知りません」
「茶番って! お約束って言ってよ! ……ん?」
「どうしました?」
雅が端末に目をやると、苦い顔つきになる。やや間を空けてから口を開く。
「……悪い知らせよ。加茂上晃穂が脱走したわ」
「⁉」
「しかも……どうやら北海道に向かったらしいわ」
「北海道……私が追いかけます」
「た、躊躇いが無いわね⁉」
御剣の発言に雅が驚く。
「恐らく鬼ヶ島姉弟を狙ってくるでしょうから、こちらから出向いてやります。それに……」
「それに?」
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御剣は三枚の旅行券を取り出して、モニターの前でヒラヒラとさせる。
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