会社を辞めたい人へ贈る話

大野晴

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4.シナリオ

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「例えば自治体が車を欲しがっているとする」
 課長が僕に解説を始めました。

「でも、単に車が欲しいって言っても困るだろう?ミニカーなのか、軽なのか、ダンプカーなのか、はたまた消防車なのか・・・〝これが欲しい〟を明示した物が仕様書ってこと」
 いやさすがにミニカーはないっすよ、と軽くツッコミを入れる僕。

「で、例えば。仕様書に〝左ハンドルの車が欲しい〟って書いてあったらどうする?」
「そりゃあ・・・左ハンドルの車を用意しますよ」
「でもそれは、例えば国産車しか生産してない会社だったらどうなる?」

「それは・・・売れません」
 僕は考える。アルポリ商会は様々なモノを販売しているが、例えば急にカレーライスを作って売ってくれと言われても、売れないものは売れない。

「そう。自治体が提示した条件に合わない車は売れない。仕様書の要件に合わないからだ」

「その仕様書をウチが書いているってことすか・・・」

「ほら、例えばここの項目を見てご覧」

 僕はテンプレートを貰って仕様書を作成したが、イジらなくていい部分は何もしないように指示を受けていた。モニタに映し出されたその一文を課長が読み上げる。


・既存システムのデータを取り込み、反映する事が出来るものであること

「これが全てなんだ。既存システムはうちの製品。そのデータを取り込み反映できるのは、同じくうちの製品じゃなきゃ出来ない。そういう訳で他メーカーを排除出来る」

 僕はその先も色んな顧客と仕様書のにらめっこをする事となる。その時はこんな言葉遊びで戦いが決まるなんて思ってもいなかった。

「仕様書の作成に漕ぎ着ける事、これが第一段階」

「そして顧客がその仕様書を公示すれば、ウチが作ったものだろうと〝自治体が望む要件〟になる。ここに何ら問題はない」

 ・・・問題はない、と言い切る課長。僕には判断ができなかった。

「あれ・・・って事は、入札はウチだけが参加して、価格競争にならないってコトですか?」
 そうだ。アルポリの必須システムを販売できるのはアルポリ商会だけ。勝ち確定って事?僕は思った。


「そうもいかないさ」
「えっ?」


「それじゃあフェアな入札に見えないだろう?」


 その時僕はその課長の言葉の意味を理解出来なかった。でも、信頼していたこの人が凄く悪人に見えた。


 こうして2014年12月。入札は執り行われた。


 入札室という、入札専用の部屋があって、そこには透明な箱が配置されていた。僕は冬だというのに、尋常じゃない汗をかいていた。

「それではこれより、H26システム改修の入札を執り行います」

 僕たちの知らない部署の入札執行官とやらが司会を始め、淡々とそれが進む。

「では、各社、入札箱に金額を明示した入札書を投函してください」

 僕は立ち上がり、入札書を透明な箱に入れる。それに続いて、他の企業の人間も入札書を投函した。

「それでは読み上げます」

 会社名と応札額。それらが読み上げられる。

「◯千万円丁度で、株式会社アルポリ商会が落札となります」

「ありがとうございます」
 課長が堂々と挨拶をした。

 アルポリ商会は、に本件を受注したのだ。僕はそれがいけないことだと分かっていた。


 入札に参加した他の会社は、課長が用意した会社の人間で、課長が指示した金額で入札した。


 アルポリ商会が落札出来るように。


 入札結果は自治体のHPに時間差で公表される事が多い。その結果を見れば、複数社が入札に参加して、アルポリ商会が最安値で受注した、という記録しか残らない。
 公平な入札で、価格競争が行われた。それが全てだった。


 僕はそれが〝談合〟というものであることを調べるうちに分かっていた。それらが発覚すれば法律に伴って法人、そして個人が罪に裁かれる。
 自慢じゃないが僕は犯罪なんてやった事はない。だから、動悸が止まらなかった。

 悪い事をしている。

 それでも、数千万の受注という、新人の僕には夢のある数字がそれを混乱させた。いつしかそれは、上手く立ち回って受注した、という話にすり替わっていた。







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