会社を辞めたい人へ贈る話

大野晴

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3.お財布事情

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 この物語はフィクションを交えています。

 2014年10月。僕はとある自治体の施設の施設課に課長と顔を出しました。施設の担当者の名前をAさんとします。
 Aさんは課長が来るや否や、僕たちを別室に呼び出しました。僕は〝公務員と仕事が出来る〟とか〝仕事で公共の施設に来るなんて凄い!〟とか、そんな事で胸を膨らませていました。
 そんな公務員の方と肩を並べて会話をしている課長も格好良く見え、そして資料室のような場所での商談。胸がときめきました。

「昨年頂いてたシステムのリプレースの件、遅くなりましたが進めたいので仕様書作ってもらえますか?」とAさん。
 その時の僕が分かるのはシステムのリプレースという部分だけ。リプレースというのは念の為説明すると、既存のシステムの老朽化等によって買い替えを行うという意味。この場所の必須システムはアルポリ商会が納めておりました。

 それに対して課長が色々な事を聞いています。

 予算は?工期は?うちの見積で予算取ってます・・・?など。
 その後僕は課長に頼まれ、仕様書の作成の手伝いを行いました。

 さて、これまで民間企業に必須システムを販売していた僕ですが、新たなステージに移行した自治体相手の仕事はやり方が異なりました。

「課長、仕様書できました」
「うん。チェックするね」

 システムの仕様書を見ながら僕に問いかける課長。

「12月には受注したいね」
「えっ、ずいぶん先ですね」
「入札にかけないといけないから」
「入札・・・?」
「仕様書見てる間、調べてご覧」
「はい」

 本当に恥ずかしい話ですが、僕は自治体の事や公務員の事なんてまるで知らなくて、そこに向けてどうやって商売するかも分からないままでした。改めて調べていきます。

(入札は・・・つまり逆オークション!)

 入札とは〝この商品が欲しい!〟と自治体が発表し、各企業が〝◯円で売りますよ!〟と競争する事。様々な条件がありますが、とりあえず安い金額を提示した企業が〝落札業者〟となります。そうすると自治体と商談成立となります。

「課長!入札とは!各社が安さを競って金額を提示し、一般的には最安値の企業と契約を結ぶという方式のひとつです!自分なりにまとめると逆オークション的なものです」
 課長は僕の調査結果に、更に深掘りして訪ねて来ました。

「どうして自治体は入札を行うと思う?」

「えっ?」

 その問いに僕は自治体の目線に立って考えました。というかとても合理的です。複数社に競わせれば、自ずと安く商品が手に入るわけですから。

「安く商品を購入出来るからです!」

「じゃあ、どうして安く商品を購入したいわけ?」

 その質問に僕はフリーズしてしまいました。どんな時でも、返事は素早く大きくを心がけてしまいましたが、その単純な質問にどう答えればいいのか。僕は悩みました。

「・・・そりゃ、安く商品が買えた方がいいから・・・?」

「うん。なんで?」
 課長の質問攻めが止まりません。なんで?っと言われても、そりゃあ安いもん買えた方がいいだろ、と思う僕。見かねた課長が言い放ちます。


「自治体の財布は我々の税金だから、だよ」


「なるほど、よく分からんです」
「税金のムダ遣いなんてワード、よく聞くだろう?それを避ける為。100万の税金が入りました、はい、100万使いますじゃあダメ。競わせて少しでも安く買う。浮いた税金は他に回せる。こうしていく事で住民へ還元していくわけだ」
「なるほど・・・」

 僕には正直よく分かりませんでしたが、一般企業は仕事の儲けで設備を買うのに対し、自治体は我々の税金から設備を買う。そういう訳で無駄がないよね?ってある意味儀式的な意味で入札が行われる。そんな認識でいました。


「そうなると当然、営業トークなんかより他社より安ければいい。そういう勝負になる」
「なるほどですね。というか、そしたら粗利の率は下がりますよね?」
 一対一。供給者と消費者が商売するのであれば、なんとでも誤魔化せる。ただ、それが一対多、ライバル企業が沢山いるのであれば話は変わってくる。価格勝負・・・必然的に誤魔化しは効かなくなる。そうなれば利益ギリギリの金額を出して戦わなければならない。


「でもね、利益を出す方法がある」
「え?」


「そのステップのひとつめ。それが辞太郎くんが作ってくれた仕様書さ」

「なるほど・・・よく分からんです」


つづく
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