ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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プロローグ

01 触れられないお姫様

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 中途半端。それが彼の髪型を表現するのに相応しい。人工的にパーマをかけた訳でもなく、とはいえ癖毛というには曲がりすぎている。そんな中途半端な髪型をした高校2年生。17歳の男。

 爽奏そうそうりつ

 律は眼球を動かして黒目を髪の毛先の微妙なうねりに向ける。

(もうすぐ雨が降る・・・)

 放課後の教室。彼は3階の窓からの景色を見ている。今日は部活が無い日で、夕陽に照らされた校庭は寂しい。

「まーた髪の毛触ってる」

 律の背中をポンと叩くのは、リコと言って、同じクラスの陽気な女の子。律とは恋仲にある。ただ、律とはプラトニックな関係にとどまっていた。思春期ど真ん中の律はそれで良かった。
 ただなんとなく、付き合う?と問われて、付き合う事にした。なんとなく、装備品の様な感覚で手に入れた〝恋愛〟というものを律は深く捉えていない。

「雨が降るよ」律はそう答える。
「でた。天パのナルシスト天気予報」
「ほんとだってば」

 律のその髪の毛のうねりが酷くなると、もう時期雨が降る。それが律のこれまでの人生で得た知識だった。

 燕が空を低く飛ぶと雨が降る、というものには理由がある。これは湿気を帯び、身体が重くなった虫達が低い位置を飛ぶので、燕がそれを狙うからである。それに近い現象が律の髪の毛のうねりである。湿気によるものであり、ナルシスト天気予報というのは強ち間違いではなかった。

「はやく帰ろうよ」
「そーだな」

 リコは律と青春ごっこがしたくて、窓に並んで体を寄せてみた。律にとって恋愛が装備品であれば、リコにとって恋愛は物語のカギを握る重要アイテム、といったところだ。
 ふたりで並んで校庭を見る。触れ合う身長差のある肩。

「あっ、鹿美華しかみはなさんが歩いてるよ」とリコ。
「あのジャージ女か」
「ミステリアスな人だよね。うちの制服って結構可愛いと思うんだけど」

 律が鹿美華という女について知っている事は少ない。隣のクラスにいて、転校生で、美人で、あまり喋らない。そしてなにより転校初日から夏でもずっと長袖のジャージ姿。それだけである。
 全身に自傷の跡があるという噂があるが、律は自分で見たもの以外はあまり信じないタイプである。噂話は馬鹿馬鹿しいと思っていた。

「噂では、リスカの跡が凄いとか・・・」とリコ。
「根拠の無い噂話だろ?」
「律はあるよね」
 リコが言いたいのは、とても面倒な女性特有の感覚。私の意見を捻じ曲げてまで、別の女を庇いたいの?そういうニュアンスであった。
「悪いかよ」
「別に。そういうとこ好きだし」
 このリコという女は平気で律の事を好きと言うわけだが、律はそういう言葉を言われる度に耳が赤くなるのだ。律にとって恋愛は装備品だが、彼女という存在は内に秘めておきたい何かである。

「かっ!帰ろう!」
「あーっ!恥ずかしがってんの?」
「うるせーっ!」
 律は振り向いて、教室をそそくさと出ようとするが、鞄の紐が机を引っ掛けて、ガガガッと音が出る。
「だっさー」リコは笑う。容姿は悪く無いのに格好のつかない所、それもリコが好きな理由だった。




 律の天気予報は的中した。

「でさぁ、ママに相談したのね。そしたら即答。ダメだってさ」
「お前ん家、金あるんだろ」

 ふたりは雨宿りの為、チェーン店のファミレスに入り、時間を潰していた。リコが自分の話をし続けている。律はそれを優しく聞いていた。リコの最近の話題は進路の話だ。リコは声優を目指していて、専門学校に通いたいという。そしてそれを親に反対されている、その話ばかりの繰り返しだ。
 律はそこまでリコの事を知ろうとは思わない。ドリンクバーがあるのに彼女はいつも持参のペットボトルの水を飲んでいる。美容なのか健康の為なのか、何故それをわざわざ飲んでいるのか?
 律にとってそれはどうでも良い事である。

 ・・・つまらない、と律は思う。

「ところで律は将来の夢とかあるの?」
「将来か~」
 そう聞かれると、律は困っていた。人生の目標なんてものは無い。ただ漠然と受験勉強によって学力が間に合う大学に行き、就活するんだろうな、そんな事ばかり考えていた。

「私と結婚とか?」
「それだな」
 なんとなく肯定しておくべきだろう。律はそう思った。そんなぼんやりとした発言も少し恥ずかしくて、律は目線を逸らす様に窓に視線を移し、雨の街を見た。その景色はリコには見えていない。

 律は思わず、目を見開いた。



「えっ?」

 ジャージ姿の女の子。鹿美華がレスラーのような屈強な男に担がれ、小道に消えていく。雨だというのに、傘もささずに、なによりレスラーは乱暴に鹿美華を抱えて走って行った。

「何?」
「いや。その・・・」
 律は説明が面倒だった。なにより、鹿美華が仮に人攫いに遭っているのであれば、説明している余裕などない。

 助けなければならない。

 律は既に腰を上げていた。
「ちょっ!ちょっとまってろ!リコ!」そう言い残して律は店を飛び出した。



 律は傘もささずに店を飛び出す。男が消えた道を追いかけるように走る。少し遠くでその姿を発見した。鹿美華の身体は男の広い肩に乗せられ、両足はしっかりと脇で固定されていた。
 これはただ事じゃ無い・・・律はとにかく追いかける。追いかけながら考える。
(人攫い?このご時世に?考えすぎじゃ無いのか俺・・・)
 大男に担がれていたその姿。それはまるで帰るのを嫌がる子どもを連れて帰る父親のようだった。

 裏通りの角を過ぎ、距離が近くなった時、雨でかき消されていたその声が聞こえる。

「痛いっ!離してっ!」

 鹿美華は微かに足を動かして、必死に抵抗しているが、大男は微動だにしない。
「おとなしくしていろ!」
 男が立ち止まり、鹿美華の口を塞ごうとしている。律は足の震えが止まらない。やっぱり、大男は悪い奴で、これは今犯罪が起きている。
 それを目の当たりにして律の足は震えていた。

 それでも。

「な、何してんだよっ!」

 律の足は動き、その男に向かっていた。その存在に気付いた大男は逃げる事なく、立ち向かう。巨大だ。律をひとまわりもふたまわりも大きくしたような巨体。ラグビー選手やレスラーと言われても頷くその体型。

「邪魔をするな!」
 考えなしに突っ込んでくる律の右肩に勢いよく剛腕を振るう大男。その右手の拳が律の肩にめり込み、吹き飛ばされる。律はこれまでに感じた事のない力と痛みを感じた。そのまま転倒し、倒れる。路面が濡れていて、雨が降っている事を思い出した。

(ダメだ。何も出来ない。痛い)

 律の視界に映るのは垂直になった地面。見下す大男。痛くて立ち上がれない。なにより恐怖が立ち上がる事を拒絶していた。男が近づいてくる。律に蹴りを入れる予定だった。しかし。

 突如、どこからともなく英国紳士風の初老の男が現れる。場違いな風貌。シルクハットがそれをより際立たせている。そしてクリスマスのお菓子でしか見た事のないような形のステッキを持っていて、それを大男に向けてど突く。その一瞬の緩みで、鹿美華は大男からすり抜けた。
 すかさず大男は英国紳士に襲いかかる。

「小姫お嬢様!お逃げください!」英国紳士の男の言葉にこくりと頷き走り出そうとする、ジャージ姿の女の子。

 鹿美華しかみはな小姫こひめ

 小姫は立ち上がり、逃げようとするが、恐怖と焦りで足を挫いてしまう。律は、なんとか立ち上がる。そして、倒れた鹿美華に手を差し出す。

「おい、立てるか?」
「触らないで!」
 鹿美華は律の手を強い声で拒否する。
「何言ってんだ!とりあえず立て!」

 律は鹿美華の手を取り、強引に引く。華奢な身体は簡単に起き上がった。

 その時、鹿美華は〝ぽかん〟という顔をしていた。この場において気の抜けた顔をしていた。そして少しの間が空いた。それは鹿美華小姫のちょっとした思考にかかる時間であった。
 小姫は律に命令を下す。

「おんぶして」

「はっ!?」
「遠くへ逃して」
「わ、分かった!」

 律は小姫を背負い走り出す。筋力や体力に自信のない彼だが、小姫の身体は軽かった。小姫は律の身体にぎゅっ、っとつかまる。その時、律の背中には小姫の胸の感触があったのだが、それどころではなかった。




 律は小姫をおんぶし、雨の街を走る。
「ファミレスに行っていいか?」尋ねる律。彼女のリコを置いてきたままだ。
「ダメ。出来るだけ遠くに」
「はっ?彼女ファミレスにいるんだよ」
「彼女と私どっちが大事なの」
「そりゃあ・・・」
 その問いかけに律は、戸惑ってしまった。

 それは鹿美華小姫が大切だという意味では無い。リコが本当に大切なのかどうか、分からなくなったからだ。装備のように身につけた恋愛。その対象として存在するリコ。

「分かった」

 小姫の胸の圧を感じながら、小柄なその身体を背負って、雨の街を走る。この街の事は頭に入っている。律は人に見つからない道を選び、走っていく。

「あの男、誰なんだよ」
雨音で声がかき消されそうなので、律は大きめに話しかけてみる。
「私を狙ってる悪い人」
「狙ってる?狙われてんのか?」
「うん」

 律には到底理解出来ない。狙われる、というのは漫画や映画の出来事だと思っているからだ。確かにこの女は年中ジャージ姿のミステリアスな女ではあるが、狙われる程の理由は無いように思える。

「どうして狙われてるんだよ」

 その質問を掻き消すように、黒光の車が目の前に現れる。急ブレーキをかけたタイヤが濡れた路面を擦り、地面を擦る大きな音と共に滑りながら停車した。
「なぁっ!危ねぇっ!追手か!?」
「おろして」小姫が律の肩をトントンと叩く。
「お、降ろす?大丈夫か?」
「大丈夫、この車は味方!」
 その会話と同時に、黒光の車の後部座席が開いた。車に飛び乗る小姫。そして、律を見る。

「貴方も乗って」
「は?」
「いいから!」

 運命が背中を押すように、律は小姫の言葉だけを頼りにその車に乗り込む。直ぐ様発進する車。


「ありがとう、助けてくれて」


 車の窓は雨粒は車速によって斜めに描かれ、綺麗に模様を映し出している。律の天気予報は当たったが、ここまでの運命は予測出来なかった。
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