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プロローグ
02 大丈夫
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ドリンクバー1点とフライドポテトとピザ。
(パフェは余計だったかも・・・)後悔するリコ。
しめて1000円ちょっと。その会計金額がレジに映し出される。リコは痺れを切らし、ファミレスを後にした。
いつもは折半していたその食事代も、ひとりの負担になると財布にはちょっとだけ厳しい。リコはこの日、悪い事をした。他人の傘を奪って店を出たのだ。左手で傘をさし、右手で充電の切れそうなスマホをいじる。
ー〝どうしちゃったの?〟ー
メッセージを送るが、律がそれを読んでいる気配は無い。3回電話してみたが、それ以上電話すると嫌われる気がしてリコはそれを辞めた。雨が強くなっている。
◆
同刻。律は黒光りの車に乗っていた。ミラーに映る頼りがいのなさそうな顔の男がこれを運転している。後部座席、右側には鹿美華小姫が、そして左側には律がいる。雨は止む事を知らず、そしてこの車がどこへ向かうかも分からない。律はこの意味の分からない状況に、ただ流れていく車窓の景色を眺めている。
思い出したように殴られた肩が痛み、びしょ濡れの身体が体温を奪っている事に気付いた。隣の席の鹿美華小姫も寒く無いだろうか?そう思って、声をかけようと隣に顔を向ける。
年中着ている高校のジャージ姿。全身が濡れていて、黒のジャージはより色濃い。肩にかかるぐらいの髪の毛は濡れて束になって、おでこに張り付いている。
伏し目がちな睫毛の先には、小さな水滴が今にも落ちそうになっている。律はそこでこの隣の席の女の子がとてつもなく美人である事に気が付いた。
「さ、寒く無い?」
その問いかけに答えたのは、頼り甲斐のなさそうな運転手。
「温度上げときますよ」
そして、ピッピッと片手で車のエアコンを操作する。
「ちょっと、手、貸して」
小姫は律を見て言う。手を貸せ?寒いから?何故か律はドキドキしてしまう。リコには感じない種類の胸の高鳴り。
言われた通り、律は右手を差し出してみる。小姫は恐る恐る、その手を握った。律に緊張が走る。
「有り得ない」と小姫。
「は?」
「有り得ないことが、今起きてるの」
「なんだよそ」言葉の途中、パリッと音が鳴り、小姫の座っている側の窓にヒビが入る。
銃弾だ。銃弾が撃ち込まれた。
「しぶとい奴らだ!」頼り甲斐のなさそうな運転手がそう叫ぶと、ハンドルを右から左へと荒々しく切り始める。
急カーブ、そして急転回。律と小姫の身体が右へ左へと揺れる。小姫が身を低くする。律も慌てて身を縮めた。
「高速に乗ります!シートベルトを!」
そう言って運転手はアクセルをベタ踏みする。もちろんシートベルトをする余裕も無い。律はジェットコースターに乗っている気分だった。
ボゴッ!っと音がする。
「今のは料金所のゲートを突き破った音です。ご心配なさらず」
運転手なりの冷静なジョークを飛ばすが、ふたりの耳までは届いていない。
律は混乱していた。同じ学校の女の子が拐われていて、それを助けたかと思えば車に乗って、それで今銃弾が撃ち込まれた車が高速道路を爆走している。
律はここで初めて、命の危険を感じていた。
死ぬかも、そんな浅い予想。そこから考える恐怖。そんな思考の中でも、律は小姫の言葉を思い出す。
ー〝私、狙われてるの。〟ー
だったらどうだ。この女の子は俺なんかより、もっともっと怖い。そうだ。律はそう思った。
「大丈夫」
律は繋いだ手を離さない。ただ強く、ぎゅっと握りしめた。
◆
「嘘だろっ!」運転手がそう言った瞬間、破裂音が響く。この手の攻撃に強いはずのタイヤが破裂する。そして、その直後コントロールを失った車が右へ左へ、蛇行しながら失速する。完全に停車した車の後部側の窓ガラスが、パリ、パリと音が鳴り始める。銃弾が撃ち込まれる。
「大丈夫なのかよ!この車!」律は焦る。運転手に問いかけた。
「今、車外に出るのは危険です。この車は防弾防爆仕様!増援が来るまで耐え凌ぎましょう!」
小姫は身体を縮めたまま。律は少し身体を起こして、恐る恐る窓からの景色を見てみる。
車は高速道路上にいた。そして海の上を走る一本橋の道路の途中で停車している。最悪の状況だ。他へ逃げるという事は出来ない。窓には銃弾が数発撃ち込まれている。律は恐る恐る後部に目をやる。
少し離れた位置から、ゲームでしか見たことの無いような〝スナイパー〟と言うのに相応しい男がその細長い銃口を向けている。
「こ、これは映画の撮影かなんかなのか?」
律の感覚は混乱し、笑いが止まらなくなっていた。強がりでそんな事を言ってみる。
その時、また銃弾が撃ち込まれる。しかし、ガラスにヒビが入るだけだった。遠くにいるスナイパーは銃弾が無効である事を理解し、黒い筒の様な物を回転させながら投げ込む。律はその後、その黒い筒が爆弾である事に気付いた。爆発と共に、ふわっと車が浮く。
「えええっ!!!」
3人を乗せた車が宙に浮いたかと思えば、もう一度投げ込まれた爆弾の爆風が少しずつ車体を浮かせ、崩落した橋とともに落下した。その瞬間、車内にはエアバッグが展開し、それぞれを包んだ。
「ご安心ください!落下先は海です!」
ビル4階分の高さから、黒光りの車が海めがけて落下する。律はいつしか体験したテーマパークのアトラクションを思い出した。落下する感覚、地に足がつかない感覚。恐怖。無重力体験。ふわっ。
◆
とてつもない衝撃と共に落下した車が海中に沈んでいく。車は巨大なエンジンを持つ前方から突っ込む様に沈んでいた。深い海へ少しずつ落ちていく車。
「お嬢様。落ち着いてください。貴方を包んでいるエアバッグ、これを離さずに。タイミングが来たらドアを開けますのでその浮力で上がります」
頼り甲斐のない顔をしている運転手は、えらく落ち着いている様子だった。小姫は黙ったままで、律は身体が震えている。
通常、車が海などに水没すれば、沈むほどに水圧によって内部からの脱出は難しくなる。初動の1分以内に脱出する事が好ましいが、既にこの車は勢いよく水面に落下し、2分は経過していた。無論、通常の車であればドアは開かない。
最適解は窓ガラスを破り、車内にも浸水させ、車内外の水圧の差をなくす事で扉を開く事がベターな手段だ。
律たちの乗るこの車の窓は防弾仕様で割る事は出来ないが、万が一のこう言う時の場合に備えて、人力で天井が開く仕組みになっている。
水圧に負けない腕力と機械のテコで、頼り甲斐の無さそうな顔の運転手がギアを回していくと、ボゴッという音を立て、車の天井が開いた。それと同時に直ぐに車内に大量の海水が入ってくる。律もエアバッグにしがみついた。その浮力で海面に向かっていく。
「ぶわぁっ!」
水面から最初に顔を出したのは律。そして小姫も顔を出した。少し離れた所から運転手の頼りない顔も現れる。
「あれは!?」
運転手が指をさした先にボートが遠くから近づいて来る。これはカヌー選手がつかうサイズの3倍程度の大きさのものだった。それが近づくにつれ、その船が敵のものである事が分かる。
「に、逃げなきゃ」
律は水中で体制を保つのに必死だった。ただでさえ、波が激しい。近づいてくるボートの戦場に、先程と同じく細長い銃を構えている男。撃たれたら死ぬ・・・そんな恐怖を感じる律。それでもその手は、小姫の手を離さない。
「大丈夫」
今度はその台詞を小姫が言い放った。波の音にかき消されていたが、ババババ、という空を切る音、それはヘリコプターの羽の音が聞こえていた。
小姫はこの一件の落着を確信する。上空から父親が来た。
ロケットランチャーを担いでいる。
「ブッ殺してやんよ」
その引金を躊躇なく引く小姫の父。その砲弾がボートにぶつかり、爆発する。
ボートは瞬く間に海の藻屑となった。
その衝撃波が、3人を飲み込む。
律は身動きが取れないまま、その流れに身を任せた。
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