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バック・スタバー(:起 大きな借り)

23 矢印

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 時は遡る。2ヶ月ほど前。鹿美華シークレットサービス研修センター。武道館。特訓の時間。

「いつまで跳び箱やるんだよっ!」

 律は入所してから他に遅れを取らないために訓練を重ねていた。夜はガンマン清との特訓。それは何度も跳び箱を飛ぶというシンプルなものである。
 それをひたすら続け2ヶ月近くが経ったある日、ガンマン清は疲れた律にスポーツドリンクを渡しながら尋ねる。

「跳び箱はどうやれば高く飛べる?」
 清は缶コーヒーを開栓している。ぱかっ、っという間抜けな音が響いた。

「そりゃあ、筋力とかジャンプ力じゃねーの?」
 メキメキと音を立て、律はスポーツドリンクの蓋を捻って開けた。

「じゃあ、どうすればより遠くへ飛べる?」
 律は答える。何度も跳びながら、どうやれば遠くへ飛べるのかは考えていた事がある。

「勢い」
「正解。他には?」
「ジャンプ力」
「他は?」
「うーんと・・・手の角度?」
「そう」

 待っていた答えが出てきた事に喜ぶガンマン清。

「律くん。僕の事、殴ってみて」




(手の角度・・・)

 その時の事を思い出していた律。
 目の前の火油が単純な攻撃を繰り出す相手で助かった、と思った。律は超能力を使って火油の拳を避けていたわけではない。

 再び繰り出される拳。

 律はその一瞬の動きをイメージする。それはいつしか物理の授業で習ったような力の矢印。その矢印を意識する。
 そして、跳び箱を高く跳ぶために手の角度を調整した様に、律は火油の拳が自分に当たらぬ様、手のひらで少しの力を与えて軌道を修正していた。

「どうして、当たらないんだ」

 火油は律の優しい手に気が付いていない。ほんの少しだけの力でいいのだ。少しだけ力が作用される事で、角度はずれる。その小さな角度のずれによって本来の目的地から離れる。

「これが鹿美華ボディガードの超能力だ!」

 などとハッタリをかます律。しかし、彼は焦っていた。火油の攻撃を無効化する事は出来た。しかし。

(どうやって倒せばいいんだ?)

 火油をノックアウト出来る程の強撃は持ち合わせていない。

 負けない自信はあるが、勝つ方法が見つからない。律は考える。優花里の様にまずは相手の隙を見つけるところから・・・しかし奇抜な色のパンツを履いてきたわけでも無い。

 律は火油と距離を取り、相手の動きを注視しながら周りの状況を見渡す。

「あれ・・・」

 律がに一瞬の隙を取られた瞬間。火油の蹴りが律の脛に当たる。律は激しい痛みと共に膝から崩れ落ちた。
「やはりカーフキックが有効か」

 律の膝に大きな負担。耐え難い痛み。

「ちょっと待て!」
 崩れながら痛みに耐え、律は叫ぶ。そして、指をさした。
「そんな子供騙しに乗るものか」
 火油は容赦なく、律の腹を蹴ろうとする。


「蜜葉るりがいない!」
「適当な事を」
「見てみろよ!アンタの警護対象だろ!」

 その言葉に火油は律との距離を取り、確認する。律が嘘をついているようには見えなかった。目をやる。
 
 空の椅子。さっきまで、るりがいた場所には誰もいない。

「なに・・・?」

 律と火油が、蜜葉るりの不在を確認した瞬間だった。

 どすん、と地鳴りが聞こえる。時間差で、体育館のガラスが割れる。会場に響き渡る、生徒達の悲鳴。





 蜜葉学園から15kmほど離れた位置に、鹿美華の基地局・S_pointが存在する。つい先程、準備状態であったミサイルは、蜜葉学園の校庭を目掛けて放たれた。

 それは異常な発砲であった。

 体育館の窓ガラスが衝撃波を受け、割れていく。
「小姫ちゃん!伏せるの!」
 優花里は隣にいる小姫を庇う。リング上の律は負傷した足を引き摺りながらふたりの元へ降りてきた。

「な、なんだよこれ・・・」
 律は混乱する。さっきまで火油と戦っていたのに、気がつけば蜜葉るりがいなくなり、そして体育館の窓ガラスが割れている。
 優花里がリーフォンで状況確認をしようとした時、その場にいた3人のリーフォンに緊急通報が表示される。

ー〝ミサイル 異常発砲 Spoint3-69〟ー

「異常発砲!?」
「意味分からんの」

 通知の第二報が入る。落下地点。蜜葉学園高等学校。航空地図にはミサイルの落下点である校庭に×印が映されている。

「こんな所に!?誰が?」
「とにかく退避するの」
「って、蜜葉るりがいないんだよ!」
「今は小姫ちゃんを守る事が最優先でしょ!」

 パラパラ、と体育館のガラスが落ちてくる。全校生徒がパニックになっていた。先程まで試合の司会をしていた男が落ち着いてください!と言うが、本人も慌てている。

「律。私をおんぶして外へ出しなさい」
 小姫は律に命令をする。
「当たり前だ!」
 律は少しずつ足の痛みが取れてきたところだ。小姫をおんぶする。やはり彼女の身体は軽いな、と思う律。

「外に出てまたミサイルが飛んで来たらどーするんだ?」
「貴方が守るんでしょ?」
「わかってるよ」
「私がサポートするの」

 荒れ狂う人の流れを無視し、力で出口に向かって進んでいく3人。そこでやっと律の耳に通信が入る。若草だった。

『律さん、聴こえますか?』
「ツノじいか!とりあえず小姫は無事!どうなっちゃってるんだ!?」
『今分かるのは、ミサイルがそちらに落下したと言う事です』
「それだけかよ!」
 会話しながら律は混乱する生徒達をかき分けていく。体育館の出口へ。外へ出ると、混乱する生徒達の声が小さくなり、多少静かになる。それと入れ替わる様に声が聞こえる。
 まばらな人の列が逃げ惑い、走り、転び、パニックになっている。そんな雑音から聞こえる、確かな声。


 蜜葉るりの声。


「助けて!」


 校門。蜜葉るりは目出し帽を被った男達にその身を囚われようとしていた。その近くで、火油が血を流して倒れている。白のタキシードが赤く染まっていた。

「何だよこれ・・・」


「律。助けなさい」
 背中から小姫が指示を出す。


「はっ!?」
「蜜葉るりの身に何かあって困るのは私達・・・」 
 小姫はそう判断した。その時既に律は蜜葉るりを取り巻く敵の数を目視していた。3人。優花里がいたとしても3対2。不利だ。それに火油が血を流して倒れている。何かしらの武器を持っている。

「小姫。流石に・・・」

「降ろして。私はここで優花里ちゃんと待つ。貴方が助けるのよ、蜜葉るりを」

 滅茶苦茶な要求だ。そう思いつつも、律の足は動き出していた。敵だろうと何だろうと・・・

「助けてって言われたし、助けるしかねーよな」





「ぬおおおおお!根性!」

 それしか律には策が無かった。校門までの道を走り抜ける。
 蜜葉るりを奪おうとする敵のうちのひとりが、返り討ちにしてやる、と言わんばかりに走り出してきた。そして、ナイフを取り出す。
 律は全くもって怖く無かった。むしろ好都合。ひとり引き離した。向かってくる敵に向けて、お得意の跳び箱で乗り越える。跳び箱にされた敵は体勢を崩した。

「どうする!俺!」

 すぐに先程飛び越えた敵が踵を返して戻ってくる。そうなれば挟み撃ちだ。律はそれでも迷わず蜜葉るりの元へ向かう。残り2人のうちのひとりが律に向かってくる。
 その隙を狙って、蜜葉るりは自分を捕らえようとする男の金的を蹴る。彼女も肝が据わっていて、丈夫な女であった。そして、敵から離れたるりは遠くへ走っていく。しめた、と律は思った。

 律に立ち向かってきた相手は、無言のまま銃を取り出し、律に向けて近距離で発砲する。その軌道は、律の胸元を撃ち抜くものだった。しかし、その瞬間。

 律は腰を落とした。

 その反射神経に驚く相手。単なる偶然。それは律が先程火油の蹴りを喰らって傷んだ脛のダメージが引き起こしたラッキーだった。律はカクンとこけただけである。

「あっぶねー!」律は体制を立て直す。

 その瞬間、後ろから先程のナイフを持った男が突進してきた。律はその軌道を予測した。やるしかない。その男の動きの矢印を捉え、その作用する身体を両手の平で力一杯押した。その勢いのまま、ナイフ男は銃を持った男にぶつかり敵2人は怯んだ。その隙を捉え、律は敵を相手にせずるりが逃げた方向へ走る。
 学校を抜け、一般の道を走るドレス姿のるり。それを追う3人目のマスク男。それを追いかける律。

『律様、兵器許可が降りました』
「ありがとう!ツノじい!」

 律は、走りながら、右手を銃の様に構えた。それは律のイヤホンの先についたカメラにターゲットを認識させる操作である。
 そして、その銃を撃つ動作を行う。30秒ほどで、それがたどり着く。釣り糸で作られた網が展開する捕獲装置がそらから飛んできた。3人目の男を捕縛した。動きが止まる。その男を踏みつけながら
律はるりの元へ向かう。

「大丈夫か・・・」

 安堵したのか、蜜葉るりは律の元へ駆け寄り、抱きついた。律は思わずるりの豊満な胸の谷間に目をやる。

(で、デカい・・・)

「・・・貴方達、強いのね」
「まぁな」
「良いわ。さっきの勝負は貴方達の勝ち」

「今はそれどころじゃないだろ・・・」

 この日、るりは律への恋心を抱くようになり、蜜葉家は律に大きな借りが出来たのであった。

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