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バック・スタバー(:焼 イケニエ)
27 父性
しおりを挟む◆[22:40 爽奏・小早川家]
「私ね、貴方に惚れましたのよ」
落としたものを拾う様なポーズで、屈む蜜葉るり。服の首元の隙間から、その胸の谷間が見え隠れする。律は目を背けた。
(で、デカい・・・)
「色仕掛けかよ」とはいえ、チラッと見てしまう律。
「これは交渉ですわ。貴方、鹿美華小姫のボディガードを辞めなさい」
「何だよそれ」
「るりのボディガードになりなさい、って事ですわ」
「悪い。断る」
「学校ではるりがルールですのよ?」
「知らねーよ、んなもん。大体、お前にはいるだろ、あのマッチョ2人組」
律は水野と火油の事を思い出す。
「あんな役立たずは速攻で解雇しましたわ」
ミサイル誤射の日、優花里に負けて自信を失った水野はそのままヤケになり帰宅し、火油は怪我の治療中である。そのままふたりは蜜葉るりのボディガードを解任された。
「他のやつ雇えよ」
「言ったでしょ。惚れましたの、貴方に」
蜜葉るりが爽奏律を気にいるのは当たり前の事である。あの日、蜜葉るりは人生で初めて誘拐された。それを救ったのは律。命の恩人、何より、ヒーローである。
「俺は小姫のボディガードなんだよ!」
「ならば、学校限定で構いませんわ。るりのボディガードも兼務しなさい?」
「何言ってんだお前。ひとん家に来たと思えばそれか」
その時、2人の会話に割って入る声。
「構わないわ」
腹を空かせた鹿美華小姫が現れる。
「ほら」と蜜葉るり。
「その代わり、条件があるわ」
小姫は取引を持ちかける。そして早く終わらせて夕飯を食べたい気持ちが強い。
「今回の件の事?それならるりの力でパパにお願いしてるわ」
「・・・違うわ」
「違う?じゃあ、どんな条件をるりに突き付けようと?」
るりは腕を組み、高飛車な態度で小姫を見ている。
「そ、それはは・・・」
小姫は急にもじもじし始めた。
「何ですの?」
「と、友達になって・・・」
律は理解が追いつかない。唐突に出てくる、友達、という言葉。小姫にとっては〝普通の学生生活〟を送る為には大切な事だった。友達というものが交換条件で得られるものかは別として、彼女には必要だったのだ。
「ふふふ・・・ふふふふ・・・・」
蜜葉るりは不敵な笑みを浮かべている。
るりもまた、友達が欲しかったのだ。
◇[22:56 タテイビル 地下一階]
小早川優輝が作動させた爆破スイッチにより、地下一階の小部屋から爆発が起きた。熱風は三人を包み込んだ。
(熱い・・・重い・・・苦しい・・・痛いの・・・)
薄れながらも徐々に回復する優花里の意識。
眠気の様な苦しさが襲う。自分の身体が動かない。それは黒煙を肺に入れてしまった事による機能の停止、そして・・・
(小姫パパ・・・?)
優花里は鹿美華琥太郎に抱きしめられていた。
爆発の瞬間。琥太郎に潜んでいたそれが、彼女を庇う様に抱きしめ、爆風を背中で受け止めた。
「小姫ちゃんパパ、起きるの」
優花里は声を振り絞る。喋ると喉が焼けそうになる。
「・・・黙ってろ、女ァ・・・」
鹿美華琥太郎の背中の皮膚は爛れていた。黒煙を吸っている筈だが、この男の肺はとうに可笑しくなっており、医学的には説明のつかない肺が彼の内部機能を生かしている。
その背中には、爆発の衝撃と共に飛んできた建物片が刺さっていた。黒煙が舞い、激しい火の音が耳を刺激する。
不幸中の幸いと言うべきか、琥太郎が破壊したエレベーターが爆風の逃げ道を作っており、密閉した場所で起きるそれよりもその程度を少しだけ下げていた。
琥太郎はリーフォンを何とか取り出し、救難信号を出す。これは初めて使うものだった。最強と過信し、警護を付けずに生きてきた男。彼は今、何故か守ってしまった女の為に、その自爆攻撃をもろに受けてしまったのだ。若草から0.6秒で返事が来る。向かいます、と。
その間、燃えていく建材の熱気や化学的な煙。琥太郎は優花里を抱きしめたまま、そのダメージを喰らっていく。優花里は喉が潰れ、喋れない。爆発した地下1階の温度は時間と共に上昇し、500℃を超えていた。これはタバコの火の温度以下である。しかし、その熱量を一点に感じる訳ではない。浴びる様な熱が、鹿美華琥太郎を焼いていく。
スプリンクラーから、チョロチョロと無意味な水が流れている。利益優先、縦井は設備への投資を怠り、消火設備は機能していなかった。
琥太郎は珍しく物事を考えていた。
何故、この女を庇ったのか。
それはきっと小姫と優花里を重ねているからだろう。小姫は・・・娘は触れられるだけで、体感温度は知らないが、熱を感じる。火傷をしてしまう。娘の痛む姿は見たくない。きっとそう、それを無意識に思った。
そして、この燃え盛る火炎の中、きっと意識を保ち、生きられているのは、他でもない、娘のお陰だ、と琥太郎は思った。
娘の痛みは、温度で表せるものでは無い。
人を拒絶せざるを得ないその体質。娘の痛み・・・琥太郎がタバコの火を押し付けるのもそれだ。火傷を負わせる。娘の痛みを、苦しみを・・・少しでも味合わせる。そういう狙いがあった。それが今は自分がこんな目に遭うなんて・・・
「琥太郎様!」
どこからともなく、若草の声が聞こえる。その安堵で琥太郎は意識を失う。
◆[22:56 爽奏・小早川家]
「アイツ、なんか気持ち悪ーい笑い方して帰っていったな」
小姫の友達交渉を受け入れ、満足げに蜜葉るりは帰っていった。
小姫は律の作ったハヤシライスを食べている。専属シェフの料理とは程遠いその料理にも段々と慣れてきた小姫。
さっきまでは律と冷戦状態のつもりだったが、台風の様に現れた蜜葉るりと温かいご飯のお陰で、その問題を残したままであるが、まともな会話を再開していた。
「私には分かる。あの子は友達がいない」
「あっ!やっぱり!?俺もそう思ってたんだよな!」ガハハ、と脳天気に笑う律。
「あの娘の警護も良いけど、私の警護も手を抜かないでよ」
「当たり前だろ。それに優花里だっているし」
優花里が爆発に巻き込まれていることなど、現時点では知らない2人。優花里の話題が出てくる事で、思い出した様に心配する小姫。
「優花里ちゃん、遅いね・・・」
「ま、そのうち帰ってくるでしょう」
律は天気予報の真似をして場を和ませようとした。
「お父さんも一緒だし、大丈夫だよね?」
「大丈夫だの!なーんてな」
優花里の真似をする律。
◇
「・・・スイッチが作動したようだ」
剱岳双刃はリーフォンの通知を確認する。これは彼に貸与されたものを改造したものだ。彼専用の端末となり、そして彼が鹿美華のシステムを一部操る事の出来るアイテムである。
小早川優輝の自爆スイッチの作動・・・あの地下1階に引きずり込み、爆発を起こす。あの場に立ち会ったものは死ぬだろう。そういう見込みがあった。
「上手くいくといいね」
剱岳の前で微笑むのは、猪苗代子牙。29歳。猪苗代財閥、8代目党首。銀縁の眼鏡としゅっとした短いグレイヘアはポマードでかためられている。子牙はその出で立ちから銀獅子と呼ばれていた。しかし彼はその愛称を気に入ってはいない。
銀は2番目でしかない。
子牙は1番に拘る。その為なら、幾らでも裏の力を借りる。それが、剱岳の属するセンチピードである。ゴキブリであるカックロウチが下層の組織であり、それを喰らうムカデが上位組織センチピード。
鹿美華琥太郎暗殺の構造、それは猪苗代財閥からセンチピードへ流れ、カックロウチの人間が行っている。
「さて・・・次はどうしたものかな・・・」
剱岳はリーフォンを操作し、鹿美華重工のシステムにアクセスを続ける。
「鹿美華琥太郎・・・あの男は強い」
子牙の目的はひとつ。琥太郎を殺す事。しかし、鹿美華琥太郎に辿り着くための壁は分厚い。少しずつ、少しずつ揺さぶる必要がある。
「この爆発が何かのキッカケになるはずだ」
子牙はその時が来るまで、焦らず駒を進めていく。
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