ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バック・スタバー(:転 大きな損失)

31 舐めた口聞くなよ

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◆[19:05 鹿美華病院]

 律は身体は今、200号の天糸によって、その身体の自由を奪われている。200号というのはその糸の太さを示すもので、約2.3センチ。遠洋での釣り糸としても使用されるこの糸の強度は強く、律が力任せにそれを千切ろうとしても到底及ばない。そもそも律は四肢の自由を奪われており、力を発揮出来ない。

 だが、小姫が双刃に容易く担がれ、部屋をゆっくりと歩いて出ていくその姿を見過ごすわけには行かなかった。

「うううああああ!」叫ぶ律。

 律は思いの限り力を入れた。糸はびくともしない。それでも力を入れる。制服に糸がめり込み、力を入れると痛みを感じる。力を入れた分だけ、肌に糸がめり込んでくる。それでも、力を入れる。顔は赤らみ、血管が浮き出している。

 それでもその強靭な糸が切れる事は無かった。



◇[19:08 トラック内]


「俺はさぁ、アンタら2人には恨みはないんだよ。申し訳ないね。それに深い話はしない。どうして琥太郎サンを狙ってるか?そんな話はしない。だから、どうかアンタらは冷静に、拉致されていればいい。監禁なんてしない。軟禁さ。脱出は不可能な所に幽閉しておく。いいな?」

 双刃の所属する組織〝センチピード〟の仲間が用意していたトラック。その積載部分の箱の中に双刃と亜弥と小姫がいた。双刃の長い話の途中でトラックが動き出す。

「娘は解放しなさい。夫との駆け引きに使うのであれば、私一人で十分なはず」
 亜弥が強がる。

「流石奥サンだ。そして素晴らしい親子愛。でもね、そんな事はしないよ。その理由も言わない。深い話はしない。ただ閉じ込められていれば良いんだ。命を狙ったりはしない。衣食住も保証する」

「貴方!ただじゃおかないわよ・・・」と双刃を睨みつける亜弥。例えば双刃が生粋の悪役ヒールであれば、亜弥の頬を叩いていたのかもしれない。双刃はそんな野暮な事はしない。そのまま口を噤んだ。彼にも美学がある。目的は鹿美華琥太郎であり、この目の前の2人ではないのだ。


◇[19:08 鹿美華セキュリティサービス・本社]


 同刻。S3本社。人数の少ないオフィスに容易く侵入し、社長室のその扉を開く琥太郎。社長席に余裕の表情で座る若草。彼は琥太郎が来るのを待っていた。想定通りであった。

「若草ァ・・・」いつでもその拳を振るう事は出来た。それでも、琥太郎は少しだけ冷静さを取り戻し、煙草を吸い始める。ソファに深く腰をかけ、両脚をテーブルにドン、と音を立てて乗せる。琥太郎の為に用意されていたかのような灰皿に、律儀に灰を落とす。それぐらいの冷静さを取り戻していた。

「おや、琥太郎様、体調はよろしいのですか?」若草はいつも通りの語り口調で琥太郎に問いかける。琥太郎はそれを無視した。自分の体調の事など、説明不要である。

「若草。俺を狙って、何がしたい?」
 その言葉に若草は微笑む。あの鬼の琥太郎にしては小心者の様な質問だ、と笑った。


「救いたいのですよ。小姫様を」
 若草には、若草の思いがある。



◆[19:12 鹿美華病院]


「落ち着くんだ!律くん!」
 力任せにその糸を解こうとする律に問いかける狭間。彼もまた律と同じく、拘束されたままである。

「お医者さん!早く助けに行かないと!」律の制服は破け、皮膚は炎症を起こしている。その痛みは律の神経まで届いていなかった。

 それどころではない。
 助けなければ。
 その事で思考が埋まっていた。

「うちのスタッフが巡回で来るはずだ。それまで待て」
「いつ来るんだ!」
「見回りで来るだろう、ほら」

 狭間の言葉に合わせるかの様に、部屋の外から足跡が聞こえる。それは、敵だった。場違いな姿の男。集中治療室で倒れている3人の仲間。扉の前で、律と間が捕縛されている事を理解し、その位置から腕を上げ、銃口を狭間に向けた。

 敵は興奮していた。

 動けない相手の前で銃を向ける事、命の行く末を握るという権利。きっと蝶々を捕食する前の蜘蛛はこんな気分なのだろう、そう思いながら男が引き金を引こうとした瞬間。律の目に映ったのは、その男の顔面真横から飛んでくる膝だった。

「・・・優花里!」

「舐めんなの!」何故か優花里は怒っていた。
 その膝を喰らい、倒れる男。そのまま優花里は男の腕を折り曲げ、銃を奪った。そして思い切り、股間を蹴り飛ばす。律は何故か自分の股間が寒くなった。そして銃を鈍器にして、念押しのように敵の頭を叩く。男が動かなくった事を確認し、律達の元へ向かう優花里。長かった髪は焼けてしまった関係で、ショートカットになっている。

「律。何なのこれ」
「小姫が・・・」

 優花里は状況を理解しないまま、集中治療室の引き出しからカッターナイフを取り出し、時間をかけて天糸を切った。

「優花里くん、大丈夫なのか?」狭間の体調の心配に対して、優花里は準備体操をして身体が充分回復している事を見せた。

「律。状況の説明をしろの」

 優花里は怒っていた。集中治療室にいない、兄の死を察したからだ。その通りだった。あの爆発の日、小早川優輝は一酸化炭素中毒で即死していた。彼女はどうして自分が怒っているのか、思い出さない為に、怒っていた。


◇[19:15 鹿美華セキュリティサービス・本社]


「お前に小姫の何が分かるってんだ」琥太郎は2本目の煙草を吸う。

「琥太郎様こそ・・・小姫様の何を分かっていらっしゃるのですか?」その言葉は琥太郎を怒らせる。

「これ以上、舐めた口を聞くなよ・・・」

「すみません、琥太郎様。私なりの正義があります」
「知るかよ」
「正義の為であれば、手段は選びません・・・」

「また爆発でも起こすつもりか?」

 若草はモニタの電源を入れ、その画面と自分のリーフォンの画面を共有させた。
 その映像を見た鹿美華琥太郎の感情は爆発寸前になる。画面には糸で縛られた亜弥と小姫。そして彼を煽るかのように自撮りのポーズで手を振る剱岳双刃。移動中のトラック内の映像だった。

「小姫様と亜弥様はこちらの手の中にあります」

「てめぇ・・・若草お前・・・」

「人質・・・とさせて頂きま」その瞬間、琥太郎の右拳が若草の左頬を掠めた。
 琥太郎は怒りに任せ、確かにその顔面を狙ったはずだった。しかし若草も戦いのプロである。即座に退避した。

「一発ぐらい殴らせろ・・・若草ァ!」
 琥太郎は怒りに任せ、長い机を振り回して若草に向けて投げつける。若草は自分のトレードマークとしている手持ちの杖のその先の一点でその動きを止めた。力と力がぶつかり合い、静止する。

「琥太郎様。おふたりの解放条件をお聞きください」
「テメェに一発入れてからだ」
「致し方ない。少し冷静になってください」

 若草は身を翻し、ハンガーラックを琥太郎に向けて投げつける。簡単な揺動。琥太郎はそれを避ける為に動く。その刹那、一点を突く様に、琥太郎の顔を目掛けてステッキの先が飛んでくる。それを抜群の反射神経が掴み、琥太郎はステッキ伝いに若草を含めて振り回そうとするが、若草は逆の方向に力をつけ、ふたりはステッキの両端を持ちながら、こう着状態となる。琥太郎は若草の想像以上の力に少しだけ驚く。

「そんなに驚かないでください、琥太郎様」
「お前の力・・・いや、お前が力をつけていた事に」琥太郎は若草が本気で自分に立ち向かう為に力をつけていた事に意識を取られた。

 若草はその一瞬で、ステッキを足を掛け、その反動で琥太郎に近づいた。咄嗟の行動に対し、琥太郎は身を屈めた。若草の飛び蹴りは不発に終わる。その滞空時間は明らかな隙だった。
 大きな力が若草の脇腹を直撃し、その身体は吹き飛ばされる。アルミ製のブラインドが音を立てた。しかしすぐに若草は立ち上がる。

「俺が負けるわけねぇだろクソ老害」

 若草がどんなに力をつけても、琥太郎には遠く及ばない。おそらく、年齢を同じくしても結果は同じだった。それは若草自身も知っていた事だ。

 だから、今回は人質を取るしかなかった。

「ふ・・・はぁ・・・」若草の呼吸は乱れていた。しかし、それだけであった。若草としては久しぶりの殴打による痛みだが、過去、何度もこのような窮地を脱して来た。骨は微かにヒビが入り、呼吸のたびに少し痛む。彼にはその程度であった。

「もうちょっと痛めつけてやるよ」
 琥太郎は殴り足りない。

「致し方ありません・・・」

 若草は琥太郎を誘導していたように見せかけ、自分の位置を動かしていた。足元にあるそれを持ち、展開させる。電気を流す警棒。シャキン、それを伸ばす音。それはスタンロッドと呼ばれる鹿美華重工製の武器だった。

「卑怯だとは言わねぇが、落ちたモンだな若草。鹿美華のボディガードは武器を使わないのが基本だろ?」ならば、と言わんとして琥太郎は煙草を吸い始めた。

「私が今守りたいのは、自分の信念。その為にはまず、あなたを制圧しなければなりません」
 スタンロッドの持ち手にあるスイッチをスライドさせ、電流を流し始める若草。その右脚に力を入れる。
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