ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バック・スタバー(:転 大きな損失)

32 主導権

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 鹿美華小姫の誕生日。
 それは、枝角導葉どうはの命日でもある。
 それは単純な偶然だ。老衰でその生命活動を終えた日と新たな生命が誕生した日、それが交わっただけの事で、世の中は毎日その事象に溢れている。

 小姫誕生と導葉逝去のその日。

 鹿美華病院の8階には鹿美華亜弥、6階に枝角導葉が入院していた。
 自分の父の死を見届けるのが辛くて、枝角若草は院内の入院患者用の休憩スペースで窓を眺めながら座っていた。

「おい、若草」
 声をかけたのは〝父親〟となった鹿美華琥太郎であった。

「琥太郎様」
「産まれたぞ」
「それは・・・おめでとうございます」
「猿みてーな顔してんぞ。お前も来い」

 若草は謙遜しつつも、琥太郎に促され、分娩室に入る。それが若草と小姫の出会いだった。プラスチックの透明な板で囲われている小さなベッドに、身体の小さな赤子がか弱い声で産声を上げている。

 その時はまだ、小姫と亜弥は手を繋いでいた。

「なんと可愛らしい・・・」
 小さな身体は生きる為に声を上げ、顔を赤らめている。
「若草さん。貴方のお陰です」
「亜弥様・・・何を、私は何もしておりません」
「守ってくださったじゃないですか。私達を」
 そういう亜弥はひと仕事終え、安堵の表情を浮かべている。琥太郎の鼻の下は伸び切り、若草は小さな命に心打たれた。そして小姫は顔をしわくちゃにして泣いている。

 その空間は幸せに満ち溢れていた。若草はその小さな命を守り抜きたい。この子がしがらみだらけの鹿美華家を自由に生きて欲しい、と願った。


◇ [19:23 鹿美華セキュリティサービス・本社]

「私は決めたのです。あの日から、小姫様をお守りすると」

 若草はスタンロッドを琥太郎の顔面目掛けて振り回す。それを琥太郎は簡単に避ける。電流を帯びたそれは、少しでも触れれば琥太郎といえどもダメージを与えられるだろう。若草にはそういう見込みがあった。しかし、その少しでさえ、触れる事が出来ない。

「馬鹿言うな。俺が命じただけだ」

 琥太郎は長い足の先、つま先に力を込め、若草の腹部を狙う。並はずれた脚力から繰り出されるスピードの蹴りに若草は避けるのではなく、受け流す様に身体を翻し、その連続の動作の続きで琥太郎に攻撃を行う。しかし琥太郎はリンボーダンスの要領で余裕の表情を浮かべながらそれを避けた。

「琥太郎様。貴方が命じようとも、私の責務は小姫様をお守りする事。その障壁に貴方がいるのであれば、私は容赦しません」

「黙ってろジジイ」
 琥太郎は手刀で若草の手首を打ち付ける。若草の脆い身体は直ぐに悲鳴を上げる。それでもスタンロッドを手放さない。若草は分かっていた。武器を使っても、この男に対人戦では勝てない事を。

 勝てないから、卑怯でも人質を取った。

「なぁに主人公ヅラしてんだ、クソ老害」




 枝角導葉の死後。

 儀式的な株主総会が行われ、鹿美華シークレットサービス・・・S3の次期代表取締役社長は枝角若草に決定した。

 それは誰もが同意する事であった。代々、鹿美華家に仕えてきた商人、枝角家。それが時代と共にセキュリティサービスをはじめ、今に至る。若草は枝角家の後継。家族を持たない彼が一族の最後の人間である。

「若草ァ。お前も社長か」
「これまでと変わらず、頑張ります。よろしくお願い申し上げます」

「小姫の警護を頼む」

 その日、正式に琥太郎から任命された若草の警護任務。小姫が生後2ヶ月の時から与えられたものだった。

「一生を懸けて、お守りします」
「ああ。口うるさい亜弥ははも見守ってあげてくれ」

 若草はその使命を与えられた時、琥太郎から信頼を得たのだと自分を誇らしく思った。

 それから、階段を駆け上がる様に、鹿美華琥太郎の中の枝角若草の地位や信頼は増していく。そして与えられた小姫を守ると言う事、その使命感が増していく。

 その中で、段々と分かってきた事もたくさんあった。


◇ [19:29 鹿美華セキュリティサービス・本社]


 走馬灯のような回想から現実に戻る。目の前の琥太郎に使おうとしていた武器は奪われ、若草は電気を流され倒れていた。琥太郎は倒れた若草の両腕を意図も容易く在らぬ方向へ折り曲げていた。

「さて、話を聞こうか」

 正座する若草。その顔面には煙草の火が迫っている。琥太郎は怒りに任せて老人を痛ぶり、そして尋問の様に若草の要求を聞く準備を始めた。

「まず・・・亜弥様と小姫お嬢様は軟禁させて頂いております」
「いいから話せ。俺も怒りが冷めてきた。変な真似をすれば、って事だろう」
 琥太郎は若草を痛ぶり、正気に戻りつつあった。目の前のこの男をいくら殴っても、状況は変わらない。人質を取られている。圧倒的に不利な状況。

「その通りです」
「取引条件は?まさか俺の命か?」
 琥太郎は笑いながら若草に問いかける。そしてどこかでそう答えて欲しかった筈だが、若草の解答は異なった。

「本心では、血生臭いことはしたくないのです。定例会メンバーの株の比率を全てS3の主導権が握れる様に動かして頂きたい・・・」

「なるほど」
 琥太郎は即座にその意味を理解した。端的に言えば、実権を握りたい、そういうことであった。

 鹿美華の定例会に出席しているメンバーは数あるグループ企業のうちでもトップの会社である。鹿美華四強などとも呼ばれている。
 鹿美華ファンド、鹿美華重工、医療法人鹿美華会、鹿美華セキュリティ・サービス。各種企業には長年守られてきた取り決めがある。
 各社の株主を、各社と鹿美華家が掌握すると言うもの。トップ企業は4社おり、各社の株主は60%が鹿美華琥太郎、その他40%を10%ずつ4社の代表が保有していると言うやり方だ。常に権限を持つのは過半数株主の琥太郎である。会社をどう動かすかは、彼の権限によるものであった。


「琥太郎様の比率を6割から1割に、S3の比率を6割に入れ替える。それだけです」
 単純な事だ。鹿美華関連のグループ企業全てに対して、若草の権力を強めたい、そういう事だった。

「若草。お前何を企んでいる?金か?」
 琥太郎はその理由を問う。

「次の定例会議。その際に決議を下してください。それがふたりの解放条件です」
「理由を説明しろ。飲み込むと思うか?俺が?」

「ええ。貴方の弱点は亜弥様と小姫お嬢様です」

 琥太郎は怒りを抑える。

「若草。こうなってる時のお前の性格は俺が一番分かってる」
 どんなに尋問をしても、若草は口を割らない。琥太郎にはそう思えた。ただ黙って次の定例会で株式を移動する。それが解放条件。それ以上は口を割るつもりが無い。理由など分からない。

「粛々と進めていただければ」

 次回の定例会議は1週間後。琥太郎は若草の言う、小姫の自由というものが気掛かりだった。

「とりあえず帰るぜジジイ」
 不始末の煙草を若草に投げつけ、琥太郎は社長室を後にした。


◆ 


「律っ!」


 律が状況の説明をし、それを受けた優花里が出した答えは叱責だった。律はただ、黙るしかなかった。椅子に座り、地面を見ている。優花里に顔を見せたくなかった。

 それはほんの一瞬の出来事だった。病院が停電したかと思えば、鹿美華琥太郎が復活し、暴れ、枝角若草が裏切り者だと伝えられたと思えば、知らぬ間に身体を縛られ、そして小姫を奪われた。

「どうしよう・・・優花里・・・」

 律はS3に入社して以来、初めて大きな失敗をした。一生警護。二度目は無い。見極めろ。その教訓を思い出す。二度目は無い。

「どうしようも何も、やる事は決まってるの」

「そうだよ。律くん」
 その場にいた狭間が彼の背中をとん、と叩いた。弱々しく見えるその背中が、何故か幼き日の琥太郎と被って見えた。


「小姫と亜弥さんを・・・取り戻す」


 律は顔を上げた。
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