ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バックスタバー(:結 力任せ)

38 事の顛末

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◆【鹿美華定例会まであと4日】

(迷ったら・・・直感・・・)

 律はタクシーに乗り込み、30分かけて流水邸前に到着した。彼は焦っていた。小姫だけじゃない。優花里に何かあってからじゃ遅い。琥太郎を動かすような権限は無いし、ガンマン清先生に話をしても焦るなと言われる始末。
 なら、動くしかない。迷ったら直感だ。

(で、でも・・・何したらいいんだ?)

 そこで立ち尽くす律。
 現代的な外観は監視カメラや民間の警備会社のシールが貼られており、警備は厳重だ。映画のような侵入は出来ないのだと悟る。

 ただ、律の直感が訴えかけている。仲間が今、危うい状況にあると言う事を。要塞の様な外観のこの場所に入る方法、それは正面突破しかない。律はそういう結論を出した。とはいえ、荒々しく侵入する気もない。
 そう言うわけで神妙な面持ちで何も考えず、インターホンを押す。間抜けな電子音。ピンポーンと音が鳴り、しばらくすると声が聞こえた。

『はい』
「えっと・・・その・・・友達っ・・・友達がここにいるって聞いて」
『はぁ・・・お名前は?』
「リツと申します!友達の名前は、女の子で、ユカリ!」

 ガチリ、と扉の鍵が開く音が聞こえる。

『どうぞお入りください』
 あっけなく侵入を許される律。

(ぜってー罠だよこれ・・・)
 それでも律の足を直感が動かしている。そのまま扉を開く。引き戸のそれを恐る恐る、開いて、玄関に足を踏みいれた。外観の雰囲気と異なるこぢんまりとした空間を見渡した時、男がいる事に気付く。

「それ以上でも、以下でも動くと、この前と同じくキミの身体は縛られる。分かるか?つまりは動くなって事だ」

 律の目の前には剱岳双刃が立っていた。律が足を踏み入れたその場所には既に罠が展開されている。

「つ、剱岳・・・」

「ところでキミ、何歳?」
 突拍子もない質問に驚く律。何より彼の雰囲気が敵というには程遠い。正直に答える。
「17」
「若いね。鹿美華のボディーガードはキミみたいな若人わこうどを採用する様になったんだ。よほど困っているのか?」
「知らない」
「だよな。若いからな。キミは」

 律の瞳孔は少しずつ、周囲の状況を確認している。剱岳双刃には彼の目が泳いでいる様に見えた。

「で、何しに来た?」

「優花里を・・・いや、小姫達を返せ」

「出来ない」
「返せッ!」

 律は動き出す。その瞬間、双刃は右手に持っている糸の末端を引く。すると律を中心にドーム状に張り巡らされていた天糸の半円が律に向かって収縮していく。その計算し尽くされた動きが正確に律を捉えようとした。律を囲んだ糸が、彼に向かって近づいていく。

(またこの糸だ・・・)

 律はその瞬間、急いでバスに乗り込もうとした日の事を思い出した。あれは若草が知らぬ間に隣に乗っていた日の事。閉まるドアに手を突っ込んでドアのセンサーを感知させて開いた時の事。部屋にこもった小姫をだす為にちょっとだけ開いたドアをこじ開けた事。必殺平泳ぎなんてネーミングをしていた。
 その動作を、迫りゆく天糸から抜け出す為にやってみた。
 平泳ぎの様に両手を出してそれを数ある天糸の間に滑り込ませ、開いた。その隙間から身を乗り出すようにして、罠を突破する。

 前転で転がるように双刃の前に立ち、蹴りを入れるがそれは簡単に避けられる。

「若いってのは武器だな。奇想天外な動きをする。うん、凄いや。そしてここは武が悪い」
 そう言って双刃はそのまま廊下に向かって逃げ出す。
 律はそれを追いかける。要塞の中は四角い廊下が広がり、その中心に枯山水がある。その中心には、透明な板。優花里が足を踏み入れていた場所だ。しかし今、そこに彼女はいない。

 見通しの良い廊下に場所を移し、律を観察する双刃。彼の歩数、移動距離、時間が双刃の頭の中にインプットされ、律の長さを瞬時に計算した。双刃の頭の中や視界には常に透明な方眼紙が見えていて、全ての動きを捉えることが出来る。

「罠をすり抜けたご褒美に、さっきの答えを教えてやろう」
 律の長さを見切った双刃は余裕だった。そういう慢心から彼にヒントを与える事にした。

「答え?」
 律は話半分で、双刃の天糸を警戒している。

「お伝えする事がふたつある」
「なんだよ」
「ひとつめ。優花里くんは返せない」
「ふざけるな」
「ふたつめ。小姫と亜弥も返せない」

「何だよそれ!」

 律は双刃に向かって全力で走り出す。双刃は計算されたその動きに沿って一定の距離を保つように後退りする。ちょうど律の腕の長さ3つ分。それだけの距離がふたりの間に保たれていた。

 その時だった。どご、っと鈍い音と共に建物が少し揺れる。




「最初からこうすりゃ良かったろうよ」
「どうすんの琥太郎さん」
「その後の事は知らねぇよ」
「つーか、飲酒運転ですよね?」
「降りるぞ」
 嫌な予感のした清が律の部屋をノックしたとき、彼はすでに流水邸へ向かっていた。清はリーフォンで律の位置確認をし、律が流水邸へ向かっていることを確認した。そういうわけでこの馬鹿な教え子を止めるために琥太郎と来た。

 結局のところ、作戦など無意味であった。

 流水邸の玄関に、琥太郎のジープが突き刺さっている。凹んでしまった車体を見ながら、降車した2人は律儀に玄関から入る。家宅捜索のようなテンションで琥太郎と清が玄関を抜けると、律と双刃が対峙していた。

「双刃クン・・・」
 死んだとされていた後輩が実在し、思わず声を上げてしまう清。偏屈で緻密な男。そして今は敵であるにも関わらず、味方の様な雰囲気を醸し出している。

「えっ・・・?」
 律は現れたふたりを見て驚いている。その視線の先には荒々しく正面突破した車が玄関を破壊していた。

「真打登場・・・ってところですか。それに清先輩、お久しぶりってゆーか・・・」
 さすがの双刃も動揺を隠せない。
 かつての先輩が今、自分に銃を向けている。清は銃を構えていた。

「双刃くん。亜弥さんと小姫ちゃんを返してもらうよ」
 銃を向けて喋る清。その隣の琥太郎は今すぐ暴れたくて仕方がなかった。

「清先輩・・・鹿美華琥太郎・・・残念っすよ、残念。ここにはいないんだ。ふたりはいない」





「えっ?」
 双刃の言葉に思わず反応してしまう律。
 そして双刃のどこか敵とは思えない雰囲気に、それを疑う余地もなく事実であると思い込む。

「いいか若者。気持ちよく物語が運ぶ事なんてない。お前が誰かを助けるなんてそんな事はない。真偽が定かではない情報に食いついて飛び込んできただけだろう。透明教の信者や透明教の情報を貰えばこの場所に来る事は容易に想像出来る。お前らがここに来るであろうと予測して、今俺がここに来ただけだ。鹿美華亜弥と小姫はここにいない」

 その様な長台詞の途中、清が一発目の銃弾を放つが、それは簡単な動作で避けられる。その間も彼は言葉を紡ぎ続けた。あまりにも余裕がある。その瞬間、清は双刃を撃つことが出来ないのだと確信してしまった。

「俺たちを襲ったのも君がここに来る為の時間稼ぎだった、って事だね」
 納得したよ、という顔をしている清。

 双刃が挑発のもう一言を加えようとした時、彼の視界が動く鹿美華琥太郎を捉える。
 双刃はこの男を研究し尽くしている。この動きから届く距離、攻撃を理解している。咄嗟に後ろへ回避する。その距離であれば、琥太郎の攻撃は回避できる。

 発達した右脚を踏み込み、距離を詰める琥太郎。

「律ゥ!勝手な真似しやがって!」

 ターゲットは律だった。律はその瞬間、鹿美華琥太郎の怒りのオーラの様なものが見えた。もちろんこれは比喩であるが、律は覚悟する。

(や、やべぇ・・・死)

 裏拳の様に体を回転させ、鹿美華琥太郎の腕撃、その拳が律の腹を撃ち抜いた。見事に〝く〟の字に曲がる律。その身体が吹き飛ぶ。意識も飛ぶ。

 そして律の身体は剱岳双刃に覆いかぶさる重りとして役立つ。不意に飛んで来た人間の重さに対応できず、倒れこむ双刃。計算の出来る彼の、計算外の事象。すぐ様体勢を立て直す。そして視界に映る琥太郎を捉える。

 予測する。
 飛んでくる。
 鹿美華琥太郎が。

 剱岳双刃の再計算の中でそれはもう間に合わない。

 確実に、殴られる。

 彼の目には飛んでくるその拳がスローモーションで映る。
 その怒り狂った顔から繰り出される暴力の拳。

 彼の視界に大きな影が入る。
 その影が、鹿美華琥太郎のパンチを受け止めた。

「てめえ…」

 剱岳双刃を庇うように飛び出してきたのは、優花里だった。

 優花里は膝を琥太郎の拳に合わせていた。優花里の膝の皿は割れる。同時に琥太郎の拳も痛みを感じていた。

「優花里くん!逃げるぞ!」
  その一瞬の隙で双刃が優花里の壊れた膝をサポートする様にテグスを巻いていく。優花里にはその仕組みが分からないが、立って早歩き出来る程度に身体は動いた。彼女は何も喋らない。

「テメェらぁあああっ!」

 鹿美華琥太郎が逃げる2人を追いかけようとした時、何処からともなくサイレンが鳴る。
 そして流水邸の人間が集まり出した。信者の1人がボタンを押していた。

「琥太郎!落ち着け!」
 清が琥太郎を宥める。事を大きくされた今、敵地にいる自分たちは圧倒的に不利だった。

「よくもコケにしてくれたなァッ!」

 鳴り止まないサイレン。怒り狂う琥太郎。逃げ道を探す清。失神したままの律。逃げる双刃と優花里。
 亜弥、そして小姫はその場所にはいなかった。
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