ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バックスタバー(:結 力任せ)

37 枯山水

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 流水邸に侵入が出来たと思いきや、優花里は剱岳双刃に見つかり、とりあえず距離を取る様に走り出して逃げる。そして邸宅の中心に位置する枯山水に足を踏み入れた。

 柔道場ほどの面積に、水の流れを模した白い小石が敷き詰められている。
 その中心には透明教が信ずる透明な板がある。
 これはアクリル板であり、純度が高く、優花里は向こうにいる剱岳双刃の姿を捉えることができている。

「綺麗なお庭に足を踏み入れるなんて、大した度胸だな」

 剱岳双刃は今、自慢の武器である天糸を持っていない。それが唯一の失敗であった。板越しのこの女を素手で捉えなければならない。

 優花里は双刃を見つめながら、しゃがみつつ、敷き詰められている小石のいくつかを手に取った。これを投げてなんとかする・・・状況の見えない中で優花里は投石で戦う事を選択する。

「おい、お前・・・まさかその石で戦おうってつもりか・・・」
「そうだの。結構硬そうだの、これ」その言葉に剱岳双刃が見せた少しの動揺。それを優花里は逃さなかった。

「どうした?石が怖いのかの?」
「お前・・・正気か?石は投げちゃいけない・・・石から手を離せ」
 優花里はそれを無視する。何故剱岳双刃が優花里の持つ石に固執しているのかは分からない。

「手を離せ!」双刃は優花里に向かって走り出す。
 透明な板が邪魔をするので、右に回る。優花里も併せて移動する。板を中心に追いかけっこのようにぐるぐると周り出す。そして優花里は試しに石を投げてみた。石はおろか、ボールのコントロールでさえ自信の無い優花里のそれは明後日の方向へ飛んでいく。

 双刃は優花里の足跡を見ていた。枯山水に敷き詰められている小石が彼女の歩幅を映し出す。

 そうすると双刃は優花里の身体能力をおおよそ推測する事が出来た。彼女が時間内に移動できる範囲、動き、そういったものを脳内ですぐに計算した。
 再び走り出す。飛んでくる石など、例え優花里のコントロールが良くても、双刃には簡単に避ける事が出来る。そして、足に力を入れた。優花里が動ける範囲、それを追い越す様にジャンプし、優花里に飛び掛かる。






 夕食を終えた律達はそのままホテルに泊まる。ひとりの部屋で律は優花里にメッセージを送ってみる。
ー〝他に何か分かった?〟ー

 もちろん、それを優花里は読んでいない。

 律はベッドに飛び込んで、何となく立ってトランポリンの要領で飛び跳ねてみた。そういえば、久しぶりにひとりになる気がする、そんな事を思った。

 そして飛びながら、小姫の事を想った。肩にかかりそうな髪の毛、長いまつ毛、幼いのに大人っぽい顔立ち、たまに上から目線な所、声、匂い。

 律は小姫を守ると決めたのに、あの日、意図も容易く奪われてしまった。

 失敗を取り返さなくちゃならない。律はそう思っている。そして焦っていた。
 優花里からの返事がない事も気掛かりだ。律は隣の部屋にいる清を尋ねた。

「優花里から連絡がありません」
「今頃宗教の話を聞かされているのかもしれないし、スマホを没収されている可能性もある」
 清は歯を磨きながら状況を冷静に分析した。部屋の扉は半開きのまま、律は廊下に立っている。
「もし、何かあったら?」
「律くん。大丈夫だ。何かあったとしても、優花里クンは耐えられるし、それに僕たちが明日行く。焦ってもしょうがない」
「先生!何かあってからじゃ遅いでしょ!」
 必死な顔で訴えかける律。

「急いては事を仕損ずる、というやつだ。ほら、明日に備えて寝るんだ」

 律を追い返す清。
 清は双刃の事を知っている。仮に彼が流水邸にいたとしても、余程のことが無い限り命を奪う様な人間では無い。
 もし仮に、優花里が痛い目に遭っていても、清は今がタイミングでは無いと考えている。
 琥太郎は普通じゃない事を嫌う。浅知恵なりに考えついたこの作戦が、普通通りじゃなくなってしまったら、きっと彼は何を起こすか分からない。暴れられても困る。

 双子市の異質さを考えると、琥太郎が暴れた跡をもみ消す為の鹿美華の圧力が及ぶかは分からないのだ。

 今は静かに明日を待つのみ・・・清はそう考えていた。

 何より、彼を撃つことになるのであれば、もう少し心の整理が必要だった。





 剱岳双刃の身体が優花里の視界の中で滞空している、その瞬間。優花里は腰を低くし、体育座りの要領でごろん、と身体を倒しながらその両足を伸ばして飛んでくる双刃にカウンターを決める。
 双刃はそれを防ぐようにして、吹き飛ばされた。

 あまりの呆気なさ、計算の少ない攻撃に優花里は驚く。剱岳双刃という男の賢さは清から聞かされていたからだ。

「大した事ないの」
 もしかして、勝てるんじゃないか…そんな事を思った瞬間。

「何をしている!」
 廊下から、枯山水に入り込む2人の影に注意をする紫色の装束の男が現れる。
 優花里をこの場所に招き込んだ男だ。

「この子が暴れ出したもんで」双刃は優しくその男に語りかける。
「ほら、君!そこは、入っちゃいけない場所なんだよ。来なさい」紫の男は優花里を優しく宥める。

「互いに揉め事は避けたい、そうじゃないか?」と優花里にだけ聞こえる声で語りかける双刃。
「私は・・・助けなくちゃならないの!」
 優花里はそういって、腰を低くしたまま片足を回転させ、回し蹴りで双刃の姿勢を崩す。即座に対応する双刃。

「マジかよマジかよ・・・本当は手荒な事はしたくないんだ。鹿美華琥太郎が目的なんだよ・・・畜生ってやつだなこりゃ」
 そういって、双刃は廊下で立ち尽くす紫の男に指示を送る。
「いつもの輪っか、持ってきて!」

 優花里にはその輪っかの意味が分からないが、それは双刃の武器、テグスである。ただ、優花里はそれを警戒していた。それを持ってこられる前に先に仕掛ける。素早い身のこなしから繰り出されるのは、得意の膝蹴り。避けなければ双刃程の成人男性の顎まで届く代物だ。
 しなやかな連続の動作は無意味に終わる。
 剱岳双刃はもう既に目の前の女の長さを見切っていた。彼の視界には空間のあらゆる現象が方眼紙の上に書き出されている。

「どうして、小姫ちゃんや亜弥さんを狙うの?」

「その質問には答えない。というか、答えられない。ご存知、これは枝角サンの命令だ。その真意はわからない。知らない。ただ俺がどうしてここまで協力するのかと言えば、鹿美華琥太郎、アイツだけは許せないって事」

「許せない!?」

 鹿美華を許せない。優花里はその言葉から、死んでしまった兄があの日、ビルの地下で同じ様な事を言っていた事を思い出す。

「ああ。でもそれも深く喋る事は出来ない。何故なら、話したくないから」

 優花里は動きを止めた。
「待て。私の兄は鹿美華琥太郎を許さないって言ってたの・・・私、あの人のこと、何も知らないの」

「お前・・・の癖に、鹿美華の側に立つ?」
「なにも分からないから、私」

「俺も最初はそうだった・・・お前、何かあるのか?」

「私の兄は薬漬けになって・・・そして、自爆して・・・」


「自爆?…なるほど…」
 双刃はタテイビルの一件を思い出していた。

「剱岳様!」現れた紫男がフラフープ程の輪っかを双刃に渡す。

「ま、誰であれ今は黙っててくれ…」
 するするする…と透明な糸が動き出す。

「待つの。話が変わった。教えてほしいの。鹿美華琥太郎の事」

 優花里は両手を上げ、万歳のポーズを取る。優花里にとって、任務も重要だが、それ以上に、目標としていた兄が死んだ事、その兄が鹿美華を恨んでいた事が気がかりだった。

「待つものか。それが真意だろうと何だろうと、俺は初対面の人間は疑うことしかできない」
「じゃあ、いい。糸でもなんでも巻けの。話はそれからだ」

 時刻は0時。鹿美華定例会まであと4日。
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