ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バックスタバー(:結 力任せ)

40 クリフハンガー

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 時は遡る。蜜葉るりの父、蜜葉櫛羅が野暮用で出張し、ひと段落終えて東京へ戻る為に新幹線に乗っていた時の事。雑務をこなし、ノートパソコンを閉まった時に自席の下から充電器が滑り落ちてきた。それは小早川優花里が落としたものである。

「すみません・・・」
「ああ、これかい?」
 床下の充電器を拾う櫛羅。ついていない埃を払うよに手でそれを拭き、優花里に手渡す。
「ありがとうだの」そう言って優花里は自席に戻る。

 その男は優花里の顔に見覚えがあった。ただ、どこで出会ったのか、それとも誰かが彼女を紹介したのか、分からない。

(歳をとるものでは無いな・・・)

 そう思いながら、しばらくした後、今度は見た事のない形のスマートフォンが櫛羅の足元に転がってくる。それは律のリーフォンであった。

「すみません・・・」
「ああ、これかい?」
 思わず苦笑する櫛羅。

「ありがとうございます!」

 その顔には見覚えがあった。

「君は・・・娘を助けてくれた子かい?」
「娘?」
「るり。蜜葉るりを助けてくれた子だろう?」
「えっ!?るりの父ちゃん!?」





「買収?何を・・・」
 櫛羅の想定外の登場と質問に慌てる若草。

「鹿美華シークレットサービス様を買収したいのです」
「買収・・・馬鹿なことを・・・」
 若草がねぇ?という顔でその他のメンバーを見る。続けて櫛羅に説明をする。

「この集まりに他の財閥が入ってくるなど言語道断ですよ。この会議で全員が挙手し、全会一致が得られなければ我々は拒否する事が出来る」若草はこの会議のルールを頭に入れていた。簡単に買収など、出来ないのだ。


「蜜葉財閥がS3を買収する事に賛成する奴は手を挙げろ」


 琥太郎が煙草を吸いながら挙手する。合わせて、狭間が挙手する。


「いったい、どういう事なんだ!?これは!?」
 状況を飲み込めない豊田が意見し、幕田も追随する。訳の分からない状況、簡単に挙手する事は出来ない。

「裏切り者は若草だ!皆!コイツは人質を取って琥太郎さんを下ろそうとした!」
 狭間が幕田と豊田にこれまでの経緯を説明する。

「何がどうであれ、蜜葉を吸収出来る良いチャンスと考えます」
 主導権を手にしたS3の買収を蜜葉が行うということは、蜜葉財閥に主導権を握られる事と同義である。しかし、幕田は分かっていた。株の保有数がどうであれ、財力は鹿美華が勝つ。もし上手くいかぬのであれば、最終的にはまた会社を買い直せば良いのだ。

 しばらくの静寂の後、幕田は手を挙げる。そうなると豊田も状況を呑めないまま、手を挙げざるを得なかった。ふたりはこの異様な状況、ことの発端である若草のクーデターの様な行動を阻止しなければならないと感じていた。


 鹿美華会議のルール上、この買収を進めるために必要なのは残りひとり。枝角若草。


「買収だなんて姑息な手を使ってくるとは思いませんでしたよ。でも、言いましたよね。全会一致じゃないとダメって・・・私は挙げませんよ」
 若草は笑う。


「言ったよな若草。〝全員が挙手する〟って・・・」

 琥太郎は全ての怒りをその右手の筋肉を動かす為に総動員させ、若草の負傷している腕を握った。右腕が天に向けて、琥太郎の力によって挙げられようとする。

「若草ァ。散々コケにしてくれたな」

 若草はしがみ付くように右手を机の角に引っ掛ける。馬鹿げた理論。しかしこの暴力的な男の前では通用してしまう屁理屈。挙げてはならない。この手を、机の角を掴むこの手を離してはならない。
 まるで崖にしがみついているような、そんな感覚。ただでさえ負傷したその腕の力は弱い。そんな事お構いなしに琥太郎は怒りを込めてその手の指を引き剥がしていく。

「諦めろジジイ」
 親指。
「話はゆっくり、後で聞いてやる」
 人差し指。
「鹿美華は絶対だ」
 中指。
「株、買収、極論どうでもいい」
 薬指。
「俺の女と子どもに手を出した事、それが全てだ」
 最後に小指を机から引き剥がす。


 琥太郎は若草の腕を動かし、力によってその手を挙げさせた。

「全会一致だぞ、若草」

 この男は何を言ってるんだ、そう思ったときには、若草の身体は宙を浮いていた。





「出ろ」


 構成員がそれだけを言い放つと、後部座席の扉が開く。東京、上野駅。亜弥と小姫は飛び出すように車から降りる。
 若草との取引が終わり、解放されるふたり。後ろの車に煽られ、ふたりを乗せていた車はそそくさとその場を去る。

「助かったって事?」事情のわからぬまま拉致され、解放されたふたり。
「そうみたい・・・」
「あれ・・・」

 亜弥が人混みの中に指を指す。そこにふたりの男が立っている。急いで駆けつけた清と律だ。

 それを小姫が確認した時、街のすべての雑音が消えた。そして背景は真っ白になって、そこにいた人々が消えていく。律を除いて。

 小姫の無音の世界には今、ふたりしかいない。

(行っていいわよ)

 隣から亜弥の声が聞こえる。それがきっかけのように、小姫は飛び出した。走り出す。その姿を確認した律も走り出した。磁石のように引き寄せあった。

「律!」

 私を受け止めて、と言わんばかりにその身体に飛び込む小姫。律は周りの目なんて気にせずにそれを受け入れる。お姫様抱っこ。

「小姫・・・ごめん・・・」


「しっかりしなさいよ」


「うん」

「なにより、もっと・・・」
「もっと?」
「カッコよく助けてよ」

 小姫は律が部屋の壁をぶち壊し、お姫様抱っこで助けに来てくれるのだと勝手に想像していた。結局そんな事はなくて、律は鹿美華のライバルである蜜葉の力を借りた。小姫は今、その事情は知らない。

 これはミサイル誤射事件の日、蜜葉るりを助けろと指示をした小姫の大きな借りがもたらした結果である。

「うん。次はカッコよく助ける」
「何言ってるの律。次は無い」
「そうだよな・・・もう二度と・・・」

 見極めろ。
 二度目はない。
 一生警護。

 律は小姫を強く抱きしめていた。



「子牙さん。クーデターは失敗したみたいですよ」
 こりゃ残念だ、そういう顔をしながら剣岳双刃は猪苗代子牙に語り掛ける。

「枝角若草・・・最良の駒だと思っていたのだが・・・」
 子牙は落胆する。鹿美華琥太郎暗殺の一番の要の筈の内通者の失墜。近づいてきたはずの目標が少しだけ遠のく。

「これからどうします?」
「まぁ焦らず行こうか。内通者は枝角だけじゃないからね」
「例の〝匿名さん〟ですか」



「若いって素敵」
 人目も憚らず、抱きしめ合う律と小姫の姿を見て、母の亜弥はにこやかに笑った。
「亜弥さん。今回は申し訳ありませんでした」
 清は亜弥に謝る。

「結果良ければ、全てよしって事にします」

 その言葉に清は揺れ動く。

「根本は何も変わっちゃいません・・・鹿美華を狙う人間は幾らでも現れる・・・」

 清は流水邸で剱岳双刃に向けたその銃口が定まらなかった事を後悔した。思い入れのない人間を正確に撃てるその銃が鈍った。剱岳双刃の脳内は人智を超えている。しかし、本来の自分の力であれば、彼を撃つことは出来たのだと、悔いていた。

(双刃クン・・・次こそは・・・)

 剱岳双刃だけではない。あの日、味方についた教え子の小早川優花里を撃つ日が来たとして、その引き金を引く事が出来るのだろうか・・・

 清は既に次の段階を見据えていた。それは自分に訪れる大きな機会を察していたからに違いない。





 会議は終わった。
 若草の身体の自由を奪い、その場で拷問を始める琥太郎。その場にいるのは琥太郎、若草、狭間の3名のみである。その他のメンバーは暴力を好まず、その場を退出している。


「若草。解任だ」
「はい・・・」
 全てを諦めたような顔をする若草。彼が積み上げてきたものは、一瞬にして崩れ落ちた。遠のいていく理想。鹿美華小姫の自由。暴力によって奪われた全ての計画。

「お前のやった事は許される事じゃねぇ。ただ、一つ気になってる事がある。答えろ」
 そう言って琥太郎はタバコに火をつける。

「〝小姫の為〟って言ったな。どういう意味だ?」

 琥太郎は若草の右眼にその火の先を向ける。

「・・・小姫様は自由が欲しいのです」

「自由?」
 親というのは常々すれ違うものである。琥太郎は小姫へある程度自由を与えていると思っていた。なので若草の答えは彼にとって想定外だった。

「鹿美華の重圧から逃れる事、それを小姫様は望んでいるのです」

「それが俺や小姫を狙う理由にはならねえよ」
 その言葉に若草の目の色が変わる。

「琥太郎様・・・勘違いされております」
「何?」



「私は今回の件を除いて・・・私は小姫様を狙おうとした事はありません」



「どういう意味だ」


「私とは関係ない人間が小姫様の特異体質の情報を握り、小姫様を狙っているのです」

「・・・お前の言葉を信じる事は出来ない」
「私を殺しても構いません。ですが、小姫様を・・・どうか・・・」


「引退だ。裏切者」

 
 鹿美華琥太郎暗殺を企てる裏切り者。枝角若草の身体は、琥太郎の拳によってその動きが止まる。

 しかし、鹿美華琥太郎を狙う人間は後を絶たない。

 そしてなにより、鹿美華小姫を狙う黒幕が別に存在している。

 裏切り者の退任により、S3は新たな局面を迎える。それはやがて、三大財閥や鹿美華小姫、まだ何も知らない爽奏律を巻き込んでいく。

【第一部 完】


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