ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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それぞれの休息

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「チロル。おいで」

 チロルと呼ばれたその大型犬は仕方なくその身体を動かし、飼い主である蜜葉るりの元へ向かった。犬というのは寒さを耐え凌ぐためにその毛を纏っているはずなのに、飼い主のエゴでその身体を纏うドレスを着せられている。チロル自身にはその感覚は無いが、彼自身、しっかりとしたオスとしてのそれがついている。なのに飼い主はフリフリのドレスを着せているのだ。

「相変わらず、やる気の無い犬ね。そんな所も好きですのよ」

 そういって、るりはチロルの頭をヨシヨシと撫でる。チロルはそれが嬉しい。やはり人間程の脳味噌を持たない犬は、いくらでも褒めてほしいので、飼い主に媚びへつらい始める。犬なりの愛情表現。その筋力を使って、るりに飛び込んだ。

「きゃっ!」

 そんな戯れを見ながら、るりの父、蜜葉櫛羅は溜息をついていた。

(・・・出来れば穏便に過ごしたかった)

 櫛羅はここ数ヶ月の超怒涛の展開に、胃を痛めていた。この国の三大財閥、鹿美華家、猪苗代家、そして蜜葉家。その中では、格下である蜜葉家は出来るだけ静かに生きていたかった。鹿美華琥太郎からの電話を境に、様々な事件が起き、そして気が付けば自分が鹿美華系列の警備会社〝鹿美華シークレットサービス〟の大株主となっていたのだ。
 出来れば鹿美華との関わりは持ちたくなかった。それでも、運命が引き寄せる様に蜜葉は鹿美華との交流を持ち始めてしまったのである。

(清さんには言っておこう。経営権を握るつもりは無いって事を・・・)

 珈琲を飲みながら、犬と戯れる美しい娘の姿を見てみる。胃は痛むのだが、娘の為に頑張らなければならないな、と父としての自覚を取り戻す。




 白衣を着た、若い医者が静かに歩いている。枯れ葉を踏みつける音が愉快だ。ここは医療法人鹿美華会の運営する鹿美華病院の敷地内。
 仕事を抜け出して歩いている彼は医院長、狭間白男である。敷地内のベンチに腰を掛け、堂々とタバコを吸う男に注意をする。

「おい。院内は禁煙だ。何回言えば分かる?」

「るせぇな」
 男は反抗しながらもその手を地面に落とし、火のついた煙草を踏みつけて消火した。改めて見れば見るほど、分厚い男がそこにいた。
 腑に落ちない顔の男の名は鹿美華琥太郎。信頼できる友の言葉だから受け止めたのであって、この男は基本的に人の言う事など聞かない。

 3人座れるベンチ。狭間は琥太郎の隣に座る。琥太郎が1.5人分の幅を取り、狭間は0.8人分の幅を取る。

「で、何か用事か?」
 小太郎に呼び出されたのはつい先の事だった。

「改めて礼を言いに来ただけだ」
「だったら煙草吸うなよ」
「うるせえヤブ医者」

 目まぐるしい展開の連続であった。琥太郎が大怪我を負い、それを治療して、裏切者を炙り出す為に協力したのは狭間だ。琥太郎は仁義を大切にしている。煙草は吸うが、改めて狭間に御礼を伝えに来た。

「小姫ちゃんの体調は?」
「良くも悪くもだな。普通通り、学校に通ってるよ」
「そうか」

 微妙な間を埋めようと煙草を吸おうとする琥太郎を手で制する狭間。再び苦い顔をする琥太郎。

「琥太郎。小姫ちゃんの事は、今後どうする?」

 狭間は医者だ。友の娘の原因不明の体質・・・もしくはそれが病気なのであれば、治したいという気持ちがある。

「本人が望まない事はやらねえよ」

 小姫は病院に行く事を拒んでいるし、例えばちょっとした診察を受ける事も拒んできた。父としては小姫の体質を治してあげたいという気持ちと、娘の意思を尊重したいという気持ちがある。

「お前も一丁前にパパやってんなー」

 狭間が琥太郎の肩をバシバシと叩いた。狭間には分かる。叩いたその背中の重みを感じる。彼が背負っているのは、母や娘といった単位の家族では無い。代々続く〝家〟というものを背負っているのだ。

「黙っとけヤブ医者」

 用事を済ませた琥太郎は去っていく。吸い殻だけが残っていて、その処理は狭間がしなければならなかった。





「見ろ!小姫!」
 律はテーブルに盛った料理を小姫に自慢する。ここは新たなふたりの住む家。一軒家。彼らは今、同じ屋根の下、緩やかな学校生活を送っている。

 優花里がいない今、家事全般は律の当番である。

「見た目は上達したね」
 小姫の舌は肥えている。彼女の審査は厳しい。とはいえ毎日作ると、不思議と上達していくものであった。まずは見た目から、律はそれなりの食器と盛り付けで小姫の視覚を満足させる。

「味もイイ感じだ!」
 今日は自信がある。律は鼻息を荒くして小姫に食事を促した。

「5点」

 100点満点中の話である。落胆する律。彼が成長しないのは、ここで5点の理由を小姫に聞かないところである。

「しかし、あれだなー、最近は平和だな」
 それとなく話題を変える律。

 あの事件があってから、住居を変え、蜜葉学園での学校生活を送るふたり。特に変わった出来事はなく、何もない日常の有り難みを感じている所だ。

「律。たまには親に顔を見せたらどう?」
 小姫は律の両親を見たいという気持ちがある。上手い口実を考えた、と自分で思っていた。

「えっ、いいよ別に」
 その反面、律は時折、両親と連絡を取っているので、別にわざわざ帰る必要も無いと考えていた。
 それに自分が実家に帰るという事は、警護の為に小姫も連れていかなければならない。それは色々な意味で面倒なので、律は消極的だった。

「この仕事やってて、分かったでしょ。休みはあまり無いし、いつ死ぬか分からない」
 死ぬ、という単語を冗談ではなくただ冷静に語る小姫。

「うーん・・・でもなぁ」
「この前ね、私のお母さんから聞いたの。お父さんが寂しがってるって。きっと律のお家もそうよ。平和な今のうちに、顔を出すのも手じゃない?」

「なるほどなぁ。小姫。うちの親、めんどいけどいいか?」
 渋々、承諾する律。

「私は構わないわ」

 冷静を装い、ガッツポーズをする小姫。





「いいか?悪党だって腹は減るし、着たいものは着るし、それに休む時は休むし、ゲームはする。悪党も仕事だ。そもそも悪党ってのはな、お前ら目線の話であって、俺たちは正義なんだよ。つーわけで、奢ってやる。喰え」

(話の長いやつだの・・・)

 有名人も訪れる身体に悪そうなメニューの並ぶラーメン屋。その券売機の前で剱岳双刃と小早川優花里は並んで立っている。ここに辿り着くまで30分は経過していた。

 今日は、ボスと呼ばれる人間と面会に行く予定である。
 その前に腹ごしらえをする、という事ラーメン屋に来た。有名店なので不特定多数の誰かに遭遇する可能性もあるが、剱岳双刃からはその警戒心が無い様に見えた。
 その一方で優花里は律を始めとした顔見知りに会わないか、実は常々怯えている。

「いいか。券売機の一番左上にあるのが、その店が推したいメニューな訳だ。それが良いのか悪いのかは、自分自身の舌が決める事だ。つまりは、券売機の位置取りなんて関係無い」
「モロハ。いいから早く決めろの」
「小早川優花里。お前が先に決めろ」

 そう言って、双刃が券売機に1万円を入れる。

「あざっすの」
 そう言って優花里が左上のメニューのボタンを押す。発券された食券が出てきた。
「奇遇だな」
 続けて双刃も優花里と同じメニューを頼む。

「モロハ、お前、もしかしたら優柔不断なのかの?」
「たまには人に委ねる事も必要なんだ。自分の思考でモノを選ぶだけでは、自分の思考に変化は訪れない。端的に言えば、チャレンジ精神というわけだな」

 提供されたラーメンを啜りながら、優花里は間を埋める為に双刃に語りかける。

「モロハ。これから会う、ボスってどんなひとなんだの?」

 優花里はセンチピードと呼ばれる犯罪組織に寝返ったが、この組織の詳細を知らない。構成員の人数や規模、誰がメンバーなのかも分からない。今わかる事は剱岳双刃と自分とボスと呼ばれる人間が構成員という事だ。

「ボスは困った人だ」

 困った人、が何を指すのかその時の優花里には理解出来なかった。

「何がどう困るんだの」
「君には分からない。あの人は困った人だ。その思考や思想は理解しきれない。俺の思考とは異なる。突き詰めて考えても、俺はボスに操られているに過ぎないと思える。いつかボスの思想と相反する時、俺は対峙しなければならない。小早川優花里。今の話はオフレコだ」

 優花里はこれから会う、ボスという男の全体像が全く掴めていない。しかし、剱岳双刃の発言から分かるのは、彼がボスという男を恐れている、という事だった。それは彼女にとって、意外な事であった。

「モロハ。このラーメン、普通だの」

 ラーメンの味はそこそこだった。





 静かな休息を終え、人々は動き出す。

 一族の戦いはやがて、それを利用する者が現れ、惨劇を加速させる。

 取り戻しようの無い、平和な国や時間、人間関係、そして命が失われていく。



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