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吟遊詩人

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(良かった…まだいてくれた…!)

肩で大きく息を整える少年の目の前には、一人の吟遊詩人が穏やかな笑みを浮かべて立ち尽し、彼の前に置かれた箱の中に、集まった人々が小銭を投げこんでいた。
中には、彼の手を握り締め、頬を高潮させて興奮したように話をしている者もいた。
吟遊詩人は、誰に対しても笑みを絶やさず、言葉少なにゆっくりと頷く。



(優しそうな人だ…彼ならきっと…)

人々の姿が少なくなっていくのを待ち、やがて誰もいなくなったのを見計らうと、少年は吟遊詩人の元へ近付き、恐る恐る声をかけた。



「あ…あの……」

消え入りそうな少年の声に、吟遊詩人は長い銀色の髪を揺らしゆっくりと振り向いた。



「はい、私に何か?」

卵型のその顔は、間近で見ると女性のように繊細な顔立ちをしており、深い緑色の瞳とその際にある泣きぼくろが印象的だった。
年はまだ若く、少年ともそう離れていないようだが、その視線はまるで老人のように穏やかで落ちついたもので、そのことが少年にはどこか奇妙に感じられた。



「あ…あの…僕は、ジョシュアという者なんですが…
実はあなたにお願いしたいことがあって…」

「……私に出来ることですか?」

「は…はい、ただ…とても厚かましいお願いなので、聞いていただけるかどうかわかりませんが…」

ジョシュアは、吟遊詩人とは目を合わさず、俯いたまま話し始めた。
ジョシュアは、この町のはずれに祖父と二人で住んでおり、祖父は高齢の上に関節を患っているため外出が出来ないことを話した。
そして、躊躇うようにしばらく黙りこんだかと思うと、さっと顔を上げ、その祖父のために家に来て歌ってもらえないかと切り出した。 
 
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