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缶ビール(おうし座)

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(こんな所にあるわけないか…)

くそ暑い中、滝のような汗を滴らせ、俺は押入れの中のものを取り出してはあるものを探していた。
それは、自転車の鍵だ。
どこでなくしたのかはわからない。
今朝、乗ろうとしたらすでになく、時間がないので悠長に探す暇などなく、結局、駅まで走って行く羽目になった。
帰って来てからずっと探しているのだが、やはりどうにもみつからない。
そんな時思い出したのがスペアキーの存在だった。
あの自転車はここに越して来た時に買ったものだから、きっとこの家のどこかにあるはず。
メタボ体型になりつつある俺は、当然のごとく歩くのは嫌いだ。
鍵を替えればすむ話だが、あいにく今の俺はリストラにあったばかりで、バイトでなんとか暮らしてる状況だから、鍵代とはいえ馬鹿には出来ない。
それに鍵を買い替えるくらいなら、俺は缶ビールを買う!
飲もうと思えば何本だって飲める所を、俺は健康と経済的なことを考えて一日一本におさえていた。
仕事が終わり、風呂から上がってさっぱりした所で飲む缶ビールのうまさといったら…
喉にきゅーっとくる炭酸の心地良さ、苦味の中に感じるほど良い甘さ…
あんな美味いものを作り出した人は、きっと天才だ!
俺にとってはエジソンやベートーベンよりもすごい人物だ!

そのビールもここんとこもう五日も飲めないでいる…
これも、不況が悪いんだ!



「ちくしょーーー!」



ビールのことを考えると、飲めない悔しさが込み上げ、俺は思わず部屋の中で叫んでいた。
「メタボ気味だから、飲めなくてちょうど良いんじゃないか?」なんて言った友人とは現在絶交中だ。
冗談なのはわかってるけど、それでもそんなことを言われると腹が立つ。
メタボがなんだ!
どんな不細工な体型になろうとも、俺は缶ビールが飲めたらそれで良いのに…



だからこそ…俺は、なんとしても鍵を探さなくてはならないんだ…!







(……あれ?)



俺は、押入れの一番奥にあった紙袋に違和感を感じた。
のぞいてみると普段着が入っているようなのだが、妙に重い。
服をかきわけた俺は袋の底の方にあったものを見て、思わず顔がほころんだ。
それは、六本入りの缶ビールだったのだ。



「やったーーーー!」


もう自転車の鍵なんてどうでも良い!
今夜はビールが飲める!
五日ぶりにビールが飲める!
俺は、そのままビールを冷凍庫に入れた。
短い時間で冷やそうと思ったからだ。
そして、そこら中に散らかしたものを適当に押入れの中に押し込んだ。
さらに汗が流れた所で、いつもより時間をかけてシャワーを浴びる。
さっぱりとはしたが、身体が温まり熱い…そう、これはビールをより美味い状態で飲むための作戦だ!
今日は飲むぞ!
二本…いや、三本飲もう!
俺は、にやけ顔でビールを冷凍庫から出し、部屋に運んだ。 
 
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