1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

文字の大きさ
182 / 401
新天地

しおりを挟む
「今日は立夏か…
早いもんだね。
ついこの間、年が明けたと思ってたら、もう夏がやってくるなんて…」

 母が日めくりを見ながら、ひとりごとみたいにそう言った。



 「歩実…本当に行くのかい?」

 「行くに決まってるじゃない。
 今更やめたりなんかしないよ。」



もうここにはいられない。



 「他の人のことなんて、気にしなければ…」

 「私、そんなに強くないから!」

つい感情が高ぶり、大きな声を上げてしまった。



 「頭痛いから、ちょっと寝るわ。」

 私は自分の部屋に向かった。



 *



 失恋なんて、誰にだって経験があるだろう。
 皆、しばらくは落ち込んでも、すぐに立ち直る。
だけど、私には、命を削る程、深い傷を残した。



 彼には本命の彼女がいて、その人と彼が結婚するって聞いた時、私の心は粉々に砕け散った。
 彼を疑ったことなんて、一度もなかったから。



 私は精神のバランスを崩し、三か月の間、家から一歩も出なかった。
 田舎のことだから、私が彼に捨てられたことはすぐに広まった。
 職場にも、友達の間にも…



皆の善意の励ましも、私にはまるで響かなかった。
むしろ、傷を深くするだけだった。



とにかく、ここから…
彼の傍から離れよう…
そう決意し、私は住む所を探しに東京に向かった。



 両親は、私のことを心配して、ここを離れることを反対したが、私は聞く耳を持たなかった。
とにかく、ここにいたら…私は、絶対に立ち直れない気がしたから。



 不意に、襖が小さく開き、ミイ子が私の部屋に入って来た。
ミイ子は、横たわる私の背中にひょいと飛び乗った。



 「ミイ子…元気にしてるんだよ。
またお正月には戻って来るから。」



 一番寂しいのは、ミイ子と離れることかもしれない。
これからはこのしなやかな毛並みに触れることが出来なくなると思うと、やっぱり辛かった。



 *



 「うん、大丈夫。
 今日ね、良い人と知り合ったんだ。
スーパーで知り合ったんだけど、わざわざ家に寄ってくれて、お風呂の沸かし方教えてくれて、冷蔵庫の位置も直してくれたんだ。
コーヒーもおごってくれたよ。」

 「え?男の人なのかい?」

 「うん。でも、大丈夫だよ。
 本当に良い人だから。
その人のうちも教えてもらったけど、歩いて5分くらいなんだ。
これからも困ったことがあったら、いつでも呼んでって言ってくれたよ。
それにね、その人も猫好きらしいんだ。」

 「そうかい。
でも、都会の人は怖いから、すぐに信用しちゃいけないよ。」

 「わかってるって。」



 私の東京暮らしはまだ始まったばかりだけれど、なんとなく幸先が良いような気がした。
 彼のことを笑って許せるようになるその日まで…私はこの場所で生きていくつもりだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...