1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

文字の大きさ
188 / 401
不思議ちゃん

しおりを挟む
(やっぱり降って来たか…)



 季節は梅雨…
雨が降るのは当然だ。



バッグの中に折り畳みの傘はあるけど、傘を出すのが面倒だし、喫茶店はすぐ傍だ。
 僕は待ち合わせの喫茶店に向かって小雨の中を駆け抜けた。



 運の良いことに、僕の好きな席は空いていた。
テーブルに面した窓からは、外の紫陽花が見える。
 今年は、なんだか昨年よりピンクっぽくなってるような気がする。



 二年前から、僕は、紫陽花の花が好きになった。
 紫陽花を眺めながら、僕は、二年前のここでの出来事に想いを馳せた。



 *



 仕事の帰り…僕はこの喫茶店で、カレーライスを食べていた。



 「あのぉ…変なお願いしても良いですか?」

 窓際の席に座った女性に、僕は突然声を掛けられた。
 明るい栗色の髪と、大きな瞳が印象的な女性だった。



 「えっ?な、なんですか?」

 「実は、私、今日誕生日なんです。
でも、誰にもお祝いしてもらえないので寂しくて…良かったら、お誕生日おめでとうって言ってもらえませんか?」



 彼女の言葉になんだか違和感を感じた。
 彼女は、社交的っぽいから友達もいるだろうし、可愛いから彼氏だっていそうなのに…
とはいえ、断るようなことでもない。



 「お誕生日おめでとうございます。」

 「あ、ありがとうございます!とっても嬉しいです!」

 彼女は明るい笑顔を浮かべてそれだけ言うと、急に口を閉ざし、窓の外をぼんやりと眺めた。



 僕は再び、何とも言えない違和感を感じた。
カレーを食べ終えた僕は、メニュー表を開き、いちごのショートケーキをふたつ注文した。



 「あの…良かったら、これどうぞ。」

 僕がケーキを差し出すと、彼女は目を丸くして、一緒に食べましょうと言って、僕を彼女の席に誘った。



 「気を遣わせてすみません。
でも、とっても嬉しいです。」

そう言われると悪い気はしなかった。
 僕達は、ケーキを食べながら他愛ない会話を交わした。



 「紫陽花はお好きですか?」

 「え?えっと…まぁまぁです。」

 「私…紫陽花なんです。」

 「えっ?!」

 「紫陽花の精霊なんです。」

 「はぁ……」

 彼女は、おかしそうにくすくすと笑っていた。



 結局、このことが縁で、僕達は付き合うようになったんだ。



 *



 「お待たせ~!」

 僕の物思いを破るかのように、彼女の明るい声が響いた。



 「やっぱり、雨降って来たね。」

 「そうだね…梅雨だもん。仕方ないよね。」



 彼女は、レモンスカッシュをオーダーし、窓の外に目を向けた。



 「トモ…ごめん。」

 「ごめんって、何が?」

 「……好きな人が出来た。」

 「えっ!?」



まさかこんなに唐突に、別れ話を切り出されるなんて思ってもみなかったから、僕はとにかくパニックになっていた。



 「えっと…それってジョーク?」

 「ううん、本気。
だから、トモとは今日で最後。」

 「え……」



 彼女は確かに少し変わった子ではあったけど…
嘘は吐かない。
 納得はいかないけど、きっともう決まったことなんだ。



 「ごめんね…私、紫陽花の精霊だから…」

 紫陽花の花言葉…それは心変わり…



だったら、もう仕方がない。
 悲しいけれど、僕には諦めるという選択肢しかないのだと悟った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

処理中です...