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001:黄昏の町で

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フォルテュナが最初に訪れた家は、あの空き地から一番近くにあった家だった。
小さな家の固い木の扉を叩く。
コツコツと乾いた音が響き、程なくしてその扉は開かれた。



「……いらっしゃい。」

いつも、自分が口にしていた言葉を投げかけられたフォルテュナは、不思議な違和感に表情を緩めた。
こんなことで笑っているような状況ではないことはわかっているのだが、自然と笑みがこぼれてしまったのだ。



「どうかした?」

「いえ…なんでもありません。
おかしなことを尋ねるようですが…ここはどこですか?」

その問いにこの家の若き住人は微笑んだ。



「そっか…君もどこか違う世界からやってきたんだね?」

「君も…?
それは、もしかしたらあなたもそうだということですか?」

「いや、そうじゃない…
とにかく、立ち話もなんだから中へお入りよ。」

「…ありがとう…」

フォルテュナは男に促されるまま、部屋の中へ入って行く。
今や何の力も持たない、ただの人間同様のフォルテュナにとって、それは危険なことなのかもしれなかったが、今はそんな警戒心を持っていたのではどうにもならない状況だ。
人間の本性が、見た目や態度だけではわからないことは十分承知しつつ、フォルテュナはその男から発せられる友好的で温厚な雰囲気を信じることにした。




「汚い所だけど、そこに座ってよ。
今、何か飲み物を持って来るから。」

簡素で数えるほどしか家具がなく、小洒落た小物の一つもない所を見ると、この男は一人暮らしなのだろうとフォルテュナは推測した。
すぐに、男は乳白色の液体の入った瓶とグラスを持って戻って来ると、フォルテュナの前にグラスを置き、液体を注ぎ入れた。



「さぁ、どうぞ。
毒なんて入ってないから。」

微笑んでそう言うと、自分のグラスにも同じように液体を注いで飲み干す。
それを見て、フォルテュナもグラスの飲み物を飲み干した。
甘酸っぱい味と香りが喉に心地良い。
数秒経って、身体に何の変化もないことに、フォルテュナは一人微笑む。



「君は面白い人だね。
知らない所に来たというのに、君には不安ってものがないの?」

「ありますよ。
不安だらけです。
今、笑ったのはその不安の一つが解消されたから…」

「不安が解消…?
やっぱり、君は面白いね…
それより、話を聞かせてよ…
君がここに来た理由を、さ…」

その言葉に、フォルテュナは呆気に取られ小さな口を開いたまま顔の表情を止め、次の瞬間にはこらえきれずに噴き出した。


 
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