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001:黄昏の町で

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「何?今度は、何が起こったの?」

男は、噴き出したフォルテュナを不思議そうにみつめていた。



「いや…なんでもないんだ。
僕は、見知らぬ場所に来て、ちょっと気分が高揚してるようだ。」

「そう…あ、遅くなったけど…僕はアンリ。
君は?」

「僕はフォルテュナ。」

「フォルテュナか…良い名前だね。
それで、フォルテュナ…さっきの続きなんだけど、君はどうしてここへ?」

「フォルテュナ」と呼び捨てにされる感覚は彼にとっては新鮮なものだった。
泉ではいつも「フォルテュナ様」と崇められる。
人間の世界ではそれなりの地位や名誉を持った人間までもが、少年のように見えるフォルテュナの前ではしおらしく跪く。
フォルテュナがいかに尊大な態度を取ろうとも、それを咎める人間等いない。
ところが、この年若いアンリは、フォルテュナをごく普通の人間のように…まるで、友達かなにかのように余計な気を遣う事なく接してくれる…
そのことに、フォルテュナはどこか心地良いものを感じていた。



「……フォルテュナ…?
どうかした?
もしかして、記憶がないとか…?」

「そうじゃないんだ。
……僕は、ある男によってここへ飛ばされた。」

「ある男…?
どんな男だった?」

「そうだね…
黒髪の若い男だったよ。」

「ずいぶん、曖昧な表現だね。」

毎日毎日、泉には様々な人間が水を求めてやって来る。
時には、その人間の顔すら見ないことさえある。
相手がどんな者かなんて、フォルテュナにとってはどうでも良いことだった。
あの青年には、どこか普通の人間とは違ったものを感じていたというのに、黒い髪の若い男ということしか覚えていない自分に、フォルテュナは少なからず落胆した。



「もしかしたら、あの男かもしれないな…」

「君はあの男を知ってるのかい?」

「本人を知ってるってわけじゃないよ。
ここにはね、時々、君みたいな人が来るんだ。
その人達に話を聞くと、決まって言うんだ。
黒髪の若い男に額を触れられたらここにいた…ってね…」



「そう!僕も同じだ!」



自分でも思ってもみなかった声を上げてしまったことにフォルテュナは気付き、途端に顔を赤らめた。

 
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