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010:落ちる天

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それから半年近い月日が流れた。
別荘から戻ったルシアンは、いつどんな変化が起きるのだろうと毎日楽しみにしていたが、それらしき兆候は何事も感じられなかった。


三ヶ月が過ぎた頃には、あんな老婆の言うことを真に受けた自分自身の愚かさを笑い、最近ではあんな約束はもう忘れかけていた。







「お母様、最近いつも曇り空ね。」

幼いジュネが、鉛色の空を見上げてぽつりと呟く…



「本当ね…どうしたのかしら…?」

ソリヤ王国は、温暖な気候の国だ。
短い雨期はあるにはあるが、今の時期ではない。
いや、最近は空が曇っているだけで、雨が降っているということではない。
それも城の周囲の一部の空だけが、不自然な様子で曇っているのだ。
学者達も空を見上げてはその不思議な現象に首をひねるばかりだった。









それからさらに月日が流れ…
曇り空は、その暗さを増し、漏斗状に重く垂れ下がるように姿を変えていた。



そんなある日、遠い異国からの旅人がソリヤ王国を訪れた。



「国王、皆様、こちらは遠いクートゥーの国からお招きしたターニャ様です。」

老天文学者の召集により、広間にはソリヤ王国の主要な面々が顔を揃えていた。
ターニャと呼ばれた女性は、長い黒い髪が美しい中年の女性だ。



「マルセル、この方はどういうお方なのだ?」

「国王、この方は、クートゥーからお呼びした偉大なる魔術師様なのです。」

老天文学者はおずおずとそう答えた。



「魔術師…?」

マルセルの言葉が俄かには信じられなかった様子で、国王は怪訝な表情を浮かべた。



「私共のような学者が魔術などという非科学的なものに頼るとはおかしな事だとお思いでしょうが、最近のこの国の異常気象は科学では解明出来ないことなのです。
私達は寝る間も惜しんで観察、研究してまいりましたが、解決の糸口さえ掴めません。
そうしているうちにも事態は日一日と悪い方へ進行しております。
藁にもすがる想い…と、言ってはターニャ様に失礼ですが、別の視点からの見解をお聞きしようと考え、お呼びしたのです。」

その言葉に、ターニャは俯いて苦笑いを浮かべた。



「そうであったか。
ターニャ様…遠い所をご足労をおかけしましたな。」

「いえ…しかし、私をお呼びになられたのは、正解でしたね。」

「それはどういうことです?」

「この件は学者様には解決出来ないということです。
あの空は…明らかに魔術によるものなのですから…」

その場にいた者の視線が一斉にターニャに注がれた。

 
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