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side 優一
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「両親の事故はもう四年も前のことですよ。
……なのに、僕はまだそこから立ち上がれない。
三十を越えた男が……全く情けない話ですよね。」
「そんなことはありません!
そんなことに年齢なんて関係ないと思います。」
篠宮さんがそう言って、その後、気まずい程の長い沈黙が訪れた。
だけど、こんな時何を言ったら良いのか……僕にはその沈黙を破る言葉はみつけられなかった。
「堤さん……実は、私の母も交通事故にあったことがあるんです。」
篠宮さんも余程気まずかったのか、突然、そんな話を切り出した。
「……え?」
「私がまだ子供の頃のことです。
幸い、命は助かりましたが……
事故にあってからの母はまるで別人のように変わってしまいました。
おおらかで明るい人だったのに、とても感情的になり、いつも苛々して、家族にもあたり散らかしていました。
今にして思えば、母は身体の傷だけじゃなく、心にも大きな傷を受けてたんですよね。
でも、当時の私達は誰もそんなことに気付かなかった……
先日、こちらに来させてもらってることを母に話す機会があったので、堤さんのご両親のことを話しました。
母はその話を聞いて、堤さんにとても同情しているようでした。
……そして、言ったんです。
私もずっと外に出るのが怖かったって。
外には常に車が走ってる。
車を見ると、事故のことが思い出されてものすごく怖かったって……
堤さん……母の事故からもう三十年近く経ってるんですよ。
私は……母のそんな想いを三十年近くの間、全く気付かずにいたんですよ。」
上目使いに僕を見る篠宮さんは、まるで懺悔をする罪人のようだった。
「……想像することは出来ますが、本当の痛みや苦しみを知ってるのは本人だけです。
傷を負った人は、まだ傷が治ってないのに、周りの人のことを気にしてしまう。
それは周りが、その人の傷の深さに気付いてないからかもしれません。
そして、その焦りが却って良くない結果を招くようなこともあるんじゃないかって思うんです。
その点、夏美さんは堤さんの事を本当によくわかってらっしゃいます。
私達家族とはまるで違う……
だから、どうか焦らないで下さい。
ご自分のことを責めないで下さい。
堤さんは、何も悪くないんですから……」
止める間もなく、突然、涙が溢れてこぼれた。
僕はなす術もなく俯き、唇を噛みしめた。
『堤さんは、何も悪くないんですから……』
篠宮さんの声が頭の中に何度も繰り返される。
本当にそうだろうか?
僕はこのままで本当に良いんだろうか?
それはすぐに答えの出せるようなものじゃない。
だけど……
少なくとも、篠宮さんはそう思ってくれている。
僕は何も悪くない……篠宮さんはそう思ってくれている。
そのことがとても大きな支えになってることを僕は実感し、篠宮さんへの想いがさらに強くなるのを感じた。
絶対に伝えることの出来ない熱い想いを……
……なのに、僕はまだそこから立ち上がれない。
三十を越えた男が……全く情けない話ですよね。」
「そんなことはありません!
そんなことに年齢なんて関係ないと思います。」
篠宮さんがそう言って、その後、気まずい程の長い沈黙が訪れた。
だけど、こんな時何を言ったら良いのか……僕にはその沈黙を破る言葉はみつけられなかった。
「堤さん……実は、私の母も交通事故にあったことがあるんです。」
篠宮さんも余程気まずかったのか、突然、そんな話を切り出した。
「……え?」
「私がまだ子供の頃のことです。
幸い、命は助かりましたが……
事故にあってからの母はまるで別人のように変わってしまいました。
おおらかで明るい人だったのに、とても感情的になり、いつも苛々して、家族にもあたり散らかしていました。
今にして思えば、母は身体の傷だけじゃなく、心にも大きな傷を受けてたんですよね。
でも、当時の私達は誰もそんなことに気付かなかった……
先日、こちらに来させてもらってることを母に話す機会があったので、堤さんのご両親のことを話しました。
母はその話を聞いて、堤さんにとても同情しているようでした。
……そして、言ったんです。
私もずっと外に出るのが怖かったって。
外には常に車が走ってる。
車を見ると、事故のことが思い出されてものすごく怖かったって……
堤さん……母の事故からもう三十年近く経ってるんですよ。
私は……母のそんな想いを三十年近くの間、全く気付かずにいたんですよ。」
上目使いに僕を見る篠宮さんは、まるで懺悔をする罪人のようだった。
「……想像することは出来ますが、本当の痛みや苦しみを知ってるのは本人だけです。
傷を負った人は、まだ傷が治ってないのに、周りの人のことを気にしてしまう。
それは周りが、その人の傷の深さに気付いてないからかもしれません。
そして、その焦りが却って良くない結果を招くようなこともあるんじゃないかって思うんです。
その点、夏美さんは堤さんの事を本当によくわかってらっしゃいます。
私達家族とはまるで違う……
だから、どうか焦らないで下さい。
ご自分のことを責めないで下さい。
堤さんは、何も悪くないんですから……」
止める間もなく、突然、涙が溢れてこぼれた。
僕はなす術もなく俯き、唇を噛みしめた。
『堤さんは、何も悪くないんですから……』
篠宮さんの声が頭の中に何度も繰り返される。
本当にそうだろうか?
僕はこのままで本当に良いんだろうか?
それはすぐに答えの出せるようなものじゃない。
だけど……
少なくとも、篠宮さんはそう思ってくれている。
僕は何も悪くない……篠宮さんはそう思ってくれている。
そのことがとても大きな支えになってることを僕は実感し、篠宮さんへの想いがさらに強くなるのを感じた。
絶対に伝えることの出来ない熱い想いを……
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