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020. 冥王
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*
「大丈夫ですか?」
「え……ええ…ありがとうございます。
いつものことですから…少し休んでいれば大丈夫です。」
男は、木陰に腰を降ろした女性の前に水筒の水を差し出した。
「よろしければどうぞ。
少しは楽になるかもしれませんよ。」
「……ありがとうございます。」
女性は、男性の好意を素直に受けた。
*
「あ…あなたは……」
「あぁ…昨日の…
あれから、体調の方はいかがですか?」
「昨日はありがとうございました。
今日は、昨日よりは少し良くなったようです。」
「それは良かった…」
男性の穏やかな微笑みに、女性はどこかひかれるものを感じ、自分でも少し不思議に感じながらもその男性に話しかけた。
「あの…こちらへはお仕事かなにかですか?」
「いえ…そういうわけではないのですが…」
男性は、なぜだかこの女性と話をしたい気持ちにかられ、二人は木陰に腰を降ろし、気がつけばかなりの時間、お互いのことを話しあっていた。
「それは、お辛いですね…」
「辛いというのかなんといえば良いのか…
僕自身、自分の身の上に起こったことをまだ消化しきれていないような気がするんです。」
男は、一年程前に酒場で酔った勢いでつまらない喧嘩をし、その時に負った頭の傷のせいでそれまでの記憶を一切失ってしまったのだと話した。
生死の縁をさ迷い、ようやく息を吹き返したのは良かったが、一切の記憶を忘れたばかりではなく、今までとはまるで別人のようになってしまったのだという。
「もちろん、僕には記憶がありませんからそのことさえもよくわかりません。
でも、僕のことを知る人達は皆一様に言うのです。
昔の僕はそんなじゃなかったと…
昔の僕は酒が大好きだったらしいのですが、今は、グラス一杯の酒すら飲めないのです。
僕には結婚を約束した女性もいたらしいのですが、その人もそう言いました。
昔の僕とは違い過ぎて、今の僕は好きになれないと…そうして、気が付くと僕の周りからは誰もいなくなっていたのです。
そんな時、お医者様が言ってくれたんです。
どこか旅でもして気分転換をしてみたらどうかと…
記憶はありませんが、幸い、僕の身体には異常はありませんから、心配はないだろうと言われたので、あてもなくふらりと出掛けたのです。
いくつかの町を通り過ぎ、この町に辿りついた時に、なんとなくこの場所が気に入ってしまって…
僕の住んでた町は温かで良い気候なんですが、僕にはここの少し冷たい空気の感触がたまらなく心地良く感じられるんです。」
そう言って、男性は透き通った空を見上げた。
「大丈夫ですか?」
「え……ええ…ありがとうございます。
いつものことですから…少し休んでいれば大丈夫です。」
男は、木陰に腰を降ろした女性の前に水筒の水を差し出した。
「よろしければどうぞ。
少しは楽になるかもしれませんよ。」
「……ありがとうございます。」
女性は、男性の好意を素直に受けた。
*
「あ…あなたは……」
「あぁ…昨日の…
あれから、体調の方はいかがですか?」
「昨日はありがとうございました。
今日は、昨日よりは少し良くなったようです。」
「それは良かった…」
男性の穏やかな微笑みに、女性はどこかひかれるものを感じ、自分でも少し不思議に感じながらもその男性に話しかけた。
「あの…こちらへはお仕事かなにかですか?」
「いえ…そういうわけではないのですが…」
男性は、なぜだかこの女性と話をしたい気持ちにかられ、二人は木陰に腰を降ろし、気がつけばかなりの時間、お互いのことを話しあっていた。
「それは、お辛いですね…」
「辛いというのかなんといえば良いのか…
僕自身、自分の身の上に起こったことをまだ消化しきれていないような気がするんです。」
男は、一年程前に酒場で酔った勢いでつまらない喧嘩をし、その時に負った頭の傷のせいでそれまでの記憶を一切失ってしまったのだと話した。
生死の縁をさ迷い、ようやく息を吹き返したのは良かったが、一切の記憶を忘れたばかりではなく、今までとはまるで別人のようになってしまったのだという。
「もちろん、僕には記憶がありませんからそのことさえもよくわかりません。
でも、僕のことを知る人達は皆一様に言うのです。
昔の僕はそんなじゃなかったと…
昔の僕は酒が大好きだったらしいのですが、今は、グラス一杯の酒すら飲めないのです。
僕には結婚を約束した女性もいたらしいのですが、その人もそう言いました。
昔の僕とは違い過ぎて、今の僕は好きになれないと…そうして、気が付くと僕の周りからは誰もいなくなっていたのです。
そんな時、お医者様が言ってくれたんです。
どこか旅でもして気分転換をしてみたらどうかと…
記憶はありませんが、幸い、僕の身体には異常はありませんから、心配はないだろうと言われたので、あてもなくふらりと出掛けたのです。
いくつかの町を通り過ぎ、この町に辿りついた時に、なんとなくこの場所が気に入ってしまって…
僕の住んでた町は温かで良い気候なんですが、僕にはここの少し冷たい空気の感触がたまらなく心地良く感じられるんです。」
そう言って、男性は透き通った空を見上げた。
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