上 下
165 / 216
side 慎太郎

41

しおりを挟む




 「美戎は、今日もまだ帰って来ないんだな。」

 「そうみたいだね。」

 「一体、何を手伝ってるんだろう?」

 「さ、さぁ……」

 「あの書庫には、弟子の中でも入れる者は限られてるらしい。
そんなところに入れてもらえるなんて、やっぱり美戎は優秀だからだな。」

 「そ、そうかもね。」

 美戎のどこが優秀なのかわからないけど…
でも、この世界の文字を覚える速さは確かにすごい。
 一体、いつの間に覚えたんだか……
そういえば、飛び天狗達を細切れにした技だって、アニメを見て習得したって言ってたし…
あほのくせに変なところですごい奴なんだよな。



 「なぁ、慎太郎……」

 「何ですか?」

 「あたい……あんたらの育った町を見たいんだ。
 前に約束したよな?
いつか、あんたらの町に連れて行ってくれるって……」

ゆかりさんはそう言って、俺をみつめた。



そのことは俺もはっきりと覚えてる。
 美戎がミマカさんの家に住み込んでて、俺とゆかりさんと子供達で農家の傍に住んでた時のことだ。
 俺がついうっかりと、俺の町にはかっぱがいて人間と仲良く暮らしてる…なんて適当なことを言ったから、ゆかりさんはそのことを真に受けて、いつかその町に行きたいって言ったんだ。
そして、俺は、連れて行けるはずもないことをわかってて、それを約束した……



「う、うん。」

 「あ、あんたらの家族に会ったりはしないから、心配しないでくれ。
どんなところか見たら、すぐに帰るから……」

 「帰る…?それじゃあ、ゆかりさん……」

 「うん、この村に住ませてもらうつもりだ。
ここでは、かっぱのことを特別扱いする者はいない。
あたいに何が出来るかはわからないけど、何か仕事をしながらここで子供達を育てて行こうと思ってる。」

 「そう……」

 「子供達が大きくなっても、あんたらの町の事は話さないから、安心しろ……」

 「ゆかりさん……」

 俺は思わず自分の気持ちを告白しそうになってしまった。
でも、すんでのところで、俺の理性がそれを止めた。



 (そうだよ…ゆかりさんが好きなのは美戎なんだ。
 俺が告白なんてしたって、ゆかりさんを困らせるだけじゃないか。)

 悲しいことだけど、そんなことはわかってる。
それに、俺は人間、ゆかりさんはかっぱで、それにそれに、住む世界だって違ってて……



あぁ、なんでこんな人を好きになってしまったんだろう…?



 柄にもなく、俺はセンチな気分を感じてた。
しおりを挟む

処理中です...