1ページ劇場④

ルカ(聖夜月ルカ)

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蚊取り線香

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「そろそろ休もうか。」

「……そうね。」



朝からかなり頑張って動いたけど、一日で全部やり切れるはずはない。



(焦らず、ゆっくりだよね。)

私は自分に言い聞かせた。



「あ、そうだ。」



布団を敷いてると、夫がそう言って姿を消した。



私達は、今日、ここへ引っ越して来たばかり。
今までの生活を捨て、田舎でのスローライフを選択するまでには時間もかかった。
都会での生活がうまくいっていないわけではなかった。
いや、順調だったと言えるだろう。
二人とも仕事をしていて、やり甲斐をとても感じていた。
だけど、いつの間にか仕事の比重が大きくなりすぎて、家に帰って来ても、二人共疲れてるから大して話さえせずにただ寝るだけ。
一緒に食事をするのも朝だけ。
トーストかシリアルを、ただ、お腹を満たすためだけに食べていた。



そんな生活に、私達は疑問を感じつつも、気付かないふりをして…
でも、ある日、彼が言ったんだ。



「晴美…田舎で暮らさないか?」



私はただ驚いただけで、すぐには返事が出来なかった。
今までの生活が楽しかったわけではなかったけれど、仕事を捨てるのが怖かったし、田舎での暮らしには不安しか無かった。
彼もどこまで本気なのか、わからなかった。



だけど、少しずつ、私達はその考えを受け入れて、約一年かけて実現にこぎつけた。
お金はけっこうあったから、今まで住んでいたマンションよりずっと広い庭付きの一軒家を買った。
都会では考えられないような安い値段だった。



「じゃーん!」

戻ってきた夫が、おかしなものを差し出した。



「何?それ…」

「やっぱり知らないか。
蚊遣り豚って言うんだ。
昔、田舎の爺ちゃんの家にあって…
今日、見かけたから買ってきたんだ。」



そう言えば、近くに窯元がある。
きっと、あそこで買ったんだろう。
だけど、それが何をするものかはわからなかった。
すると、夫は袋から見慣れないものを取り出し、それに火を付けた。



「何してるの?」

「晴美、蚊取り線香も知らないのか?」

夫は呆れたようにそう言った。
渦巻き型の花火のようなものに火を付け、それを夫は先程の蚊遣り豚の中に置いた。
なんとも言えない臭いが部屋の中に広がる。



「これを焚いてたら、蚊に刺されないんだ。」

「へぇ、そうなんだ。」

意外と物知りなんだなって、ちょっと夫を見直した。
私達は、布団に横になり灯りを消した。



「俺、昔から蚊取り線香が好きだったんだ。」

「そうなんだ。なんで?」

「なんか、良くないか?」

「う~ん、よくわからない。」

夫が蚊取り線香の何を好きなのかはわからないけれど、今のこの環境には蚊取り線香が確かに良く似合ってる気がした。
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