上 下
426 / 449
the past story

13

しおりを挟む
ベルの指におさまっていたのは、とても大きなルビーだった。
ベルの華奢な指には不似合いなそのルビーは、内に十字を抱き、さながら地上に落ちた赤い星のようだった。

 「見事なものだろう。
これほど大きなルビーは、この国にもきっと2つとないだろう。
おまえは本当に幸せな女だな。」

 一瞬、ルビーに目を奪われてしまったベルだったが、事の重大さに気付き、あわてて指輪を抜き取ろうとした。
しかし、その手をルノーに制された。

 「何をする!」

 「ルノー様、お離し下さい!」

 「なぜだ!」

 手を振り払おうとするベルの頬をルノーの大きな手が叩いた。

 「こんなにしてもらっておいて、何が不服だというんだ!」

ルノーはさらにベルを殴りつけ、激しく足蹴にした。

 「よせ、よさないか!ルノー!」

ラカーユは使用人を呼び、3人がかりでやっとルノーを押さえ付けた。

 呼吸を乱し、鼻と唇から血を流すベルをアンヌがそっと抱き起こす。

 「ベル!おまえがおかしなことを言うからそんな目にあうのだ。
おまえは一体何が不足だというのだ!」

ベルはハンカチで血を拭うと、涙にうるんだ瞳で話し始めた。

 「…申し訳ありません、ご主人様…ルノー様…
今回のお話は身に余る光栄ではありますが、実は私には将来を誓った人がいるのです。
その人と来月には結婚することになっているのです。
 第一、私のような者はルノー様にはふさわしくありません。
 身分が違いすぎます。
どうぞ、私のような者のことは忘れ、お家柄にふさわしい方とお幸せになって下さい。」

 「なんだと!
おまえが結婚?
それはもしかしたら、あのロジェとかいう男か?」

 「…はい。そうでございます。」

 「このラカーユ家の私の求婚を断り、あんな名誉も地位も金もない男を選ぶというのか!
なぜだ!
 私があの男よりなにか劣っているとでも言うのか!」

 「めっそうもございません。
 先程ももうしました通り、ルノー様には私のような女はふさわしくございません。
 身分違いです。
 私には、ロジェ程度の男が釣り合っているのです。」

 愛する人のことをそんな風に言いたくはなかったが、ルノーは狂暴な男だ。
 自分だけならともかく、ロジェにも危害を加えてはいけないと、とっさに口をついて出た言葉だった。
しおりを挟む

処理中です...