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それでも君を愛せて良かった

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 「アベル……アベル!」

 「え…な、なにっ!?」

 「……まだ体調が悪いのか?
 熱はあるのか?」

 「だ、大丈夫だよ。
 熱はないから。」

 僕は、父さんが差し出した手を軽く払いのけた。



 「今日は早めに休んだ方が良いな。
 具合が悪かったら、遠慮せずにすぐに言うんだぞ。」

 「うん…ありがとう、父さん…」



 夕食もそこそこに、僕は部屋へ戻った。
 食事の後片付けも、父さんが引き受けてくれた。
 数日眠れなかっただけで、別に体調は悪くないのに申し訳ないとは思ったけど、まさか本当のことも言えない。



 (一日中、あの子のことを考えていたなんてこと、そんなこととても……)



 僕はどうなってしまったんだろう?
 絶対におかしい。
あの子のことが頭から離れないなんて…
眠れなくなるなんて…
どう考えてもおかしいよ。

……だって、彼女は人形なのに…
ただの古い人形なのに…



(……だけど、あの子は喜んでくれた……)



あまりにも哀しいあの顔を見ているうちに、僕はなんとかして彼女の悲しみを軽くしてあげたいと思った。
だから、僕は彼女の固い身体を抱き締めて…
ただ、そうしているだけで、不思議なことに僕の心は今まで感じたことのない安らぎを感じた。
 特に、僕になにか大きな悩みがあったわけじゃない。
 父さんと二人っきりの暮らしを寂しいと感じた事もなかったはずなのに、それでも、僕は…
心になにか温かいものが染みこんでいくような感覚を感じた。
どんどん満たされ浸されて、温かいものに包み込まれていくのを感じた。




それは、今まで一度も感じたことのない甘くとろけるように幸せな一時で……



(僕はずっとそうしていたいと思ったよ…)



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