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霜柱がざくざくと
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(どうしてこんなことに……)
近々、花を植えるつもりで作った花壇……
そこに埋められたのは、種ではなく、私の愛しい人だった。
彼にここを紹介された時はとてもいやな気がした。
駅からは遠いし、このあたりは静かなのは良いけれど空き家が多くて心細く…
しかも、一人で住むには家も庭も広すぎる。
だけど…そんな環境だったからこそ、私は誰にも気付かれずに彼をここに埋めることが出来た。
(皮肉なものね…
あなたは近所の人に顔を見られたくなかっただけでしょうに…)
*
「な、なにを言ってるの?」
「君には悪いと思っている。
だけど、僕は君と知り合ってから今までずっと君の面倒をみて来たじゃないか?
それに……」
彼はそう言いながら、おずおずと封筒を差し出した。
「これでしばらくはなんとかなる。
君もこれから良い人をみつけて幸せになってくれ。」
信じられない言葉だった。
彼と出会ってから十年近く……日陰に身を置きながら、それでもいつか彼の本妻になれることを信じていた私には、それは受け入れられる言葉ではなかった。
衝動的に手にした包丁……
彼のためにさっきまで料理を作っていたそれが、彼の心臓に深く突き刺さった。
妻のことは少しも愛してない。
夢のために、金持ちの妻を利用しただけ。
彼女と別れてもやっていける環境を作ったらすぐに別れる。
彼を信じ、私は彼の囲われ者となった。
受け取るのは私が稼いでいたよりもかなり少ない金額だったけど、それを不満に思ったこともなかった。
彼に言われるままに、極力外出もせず、ただただ月に数度、彼が来るのを待ちわびるだけの日々を繰り返し、気が付けば十年近くの時が流れていた。
(馬鹿な私……)
それが、妻に子供が出来たから別れてくれなんて……
きっとこれは悪い夢だ……
だって、私に赤ちゃんが出来た時、彼は産む事を許してくれなかったもの。
「僕は、君とちゃんと結婚してから産んでほしいんだ!
子供には誰よりも幸せになってほしいから……」
彼はそう言った……
そうだ……私達の事が奥さんにバレたのかもしれない…
だから仕方なくあんなことを……
そう思うと辛くて、涙が止まらなかった。
*
ザクザクザク……
あれは夢……?
それとも……
そんなことも、そしてあれから何日が過ぎたのかもよくわからなくなったある朝……
霜柱を踏みしめて歩く力強い足音で、私は目を覚ました。
足音はだんだんと近付き、うちの前でぴたりと停まった。
やはりあれは夢だったんだ!
私は起きあがり、玄関へ向かう。
引き戸の向こうには、男性らしき輪郭がぼんやりと映し出されていた。
近々、花を植えるつもりで作った花壇……
そこに埋められたのは、種ではなく、私の愛しい人だった。
彼にここを紹介された時はとてもいやな気がした。
駅からは遠いし、このあたりは静かなのは良いけれど空き家が多くて心細く…
しかも、一人で住むには家も庭も広すぎる。
だけど…そんな環境だったからこそ、私は誰にも気付かれずに彼をここに埋めることが出来た。
(皮肉なものね…
あなたは近所の人に顔を見られたくなかっただけでしょうに…)
*
「な、なにを言ってるの?」
「君には悪いと思っている。
だけど、僕は君と知り合ってから今までずっと君の面倒をみて来たじゃないか?
それに……」
彼はそう言いながら、おずおずと封筒を差し出した。
「これでしばらくはなんとかなる。
君もこれから良い人をみつけて幸せになってくれ。」
信じられない言葉だった。
彼と出会ってから十年近く……日陰に身を置きながら、それでもいつか彼の本妻になれることを信じていた私には、それは受け入れられる言葉ではなかった。
衝動的に手にした包丁……
彼のためにさっきまで料理を作っていたそれが、彼の心臓に深く突き刺さった。
妻のことは少しも愛してない。
夢のために、金持ちの妻を利用しただけ。
彼女と別れてもやっていける環境を作ったらすぐに別れる。
彼を信じ、私は彼の囲われ者となった。
受け取るのは私が稼いでいたよりもかなり少ない金額だったけど、それを不満に思ったこともなかった。
彼に言われるままに、極力外出もせず、ただただ月に数度、彼が来るのを待ちわびるだけの日々を繰り返し、気が付けば十年近くの時が流れていた。
(馬鹿な私……)
それが、妻に子供が出来たから別れてくれなんて……
きっとこれは悪い夢だ……
だって、私に赤ちゃんが出来た時、彼は産む事を許してくれなかったもの。
「僕は、君とちゃんと結婚してから産んでほしいんだ!
子供には誰よりも幸せになってほしいから……」
彼はそう言った……
そうだ……私達の事が奥さんにバレたのかもしれない…
だから仕方なくあんなことを……
そう思うと辛くて、涙が止まらなかった。
*
ザクザクザク……
あれは夢……?
それとも……
そんなことも、そしてあれから何日が過ぎたのかもよくわからなくなったある朝……
霜柱を踏みしめて歩く力強い足音で、私は目を覚ました。
足音はだんだんと近付き、うちの前でぴたりと停まった。
やはりあれは夢だったんだ!
私は起きあがり、玄関へ向かう。
引き戸の向こうには、男性らしき輪郭がぼんやりと映し出されていた。
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