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果物
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*
(あぁ…立派な桃が実ってる……
一応、寄って行くか……)
僕は一軒の民家を訪ねた。
「おや、あんたは……」
「おひさしぶりです。」
ここは、咲子が借りた家から一番近い家だ。
近いとはいっても歩いて何分かはかかかるのだけど。
この家には、咲子のことを聞きに何度か来たことがあった。
「まだ、婚約者を探してるのかい?」
少し腰の曲がった老婆が僕を見上げる。
「僕にもよくわからないんですが…今日はついこちらに足が向いて……」
「……そうかい。とにかくおあがりよ。」
「え…良いんですか?」
家に上げてもらうのは初めてだった。
以前、来た時には息子らしき中年の男性が応対してくれたのだけど、今日はあの人はいないみたいだった。
老婆は、お皿に切った桃を載せて、僕の前に差し出した。
「とても良い香りですね。」
「今年初めて実がついたんだ。
おあがり。
あんた、果物が好きなんだろう?」
「ありがとうございます。いただきます。」
桃は甘い果汁をしたたらせ、口に含むと柔らかな果肉の良い香りが鼻に抜けた。
僕はこんなにうまい桃は今まで食べたことがなかった。
「最高においしいです!」
「そうかい。……肥料がよく利いてるのかもしれないね。
もうひとつ食べるかい?」
「はい!」
僕は夢中になって桃を食べ続けた。
息子さんは二年ほど前に急な病で亡くなられたとのこと。
「うちの子も果物が好きでね。
果物の木のことは、異常な程、大切にしていたよ。
これはあの子が植えた最後の木なんだ。
もう五年も前のことだよ。」
「そうだったんですか…それはお寂しいことですね。」
「あんたももういなくなった人のことはいいかげん忘れたらどうなんだい?」
「そう思うんですが……やっぱり、まだ忘れられないんですよね。」
「……そうかい。」
老婆は、なっていた桃をすべてもいで、僕にもたせてくれた。
なんでも、老婆は桃が好きではないらしい。
このまま腐らせてはもったいないからと言って、また来年もここに来るようにと誘われた。
僕は両手に桃を入れた袋を下げて、田舎道をとぼとぼと歩き始めた。
あの桃の木の下に、彼女が眠っていることなど、僕は露ほども思わずに……
~fin.
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近いとはいっても歩いて何分かはかかかるのだけど。
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少し腰の曲がった老婆が僕を見上げる。
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「え…良いんですか?」
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老婆は、お皿に切った桃を載せて、僕の前に差し出した。
「とても良い香りですね。」
「今年初めて実がついたんだ。
おあがり。
あんた、果物が好きなんだろう?」
「ありがとうございます。いただきます。」
桃は甘い果汁をしたたらせ、口に含むと柔らかな果肉の良い香りが鼻に抜けた。
僕はこんなにうまい桃は今まで食べたことがなかった。
「最高においしいです!」
「そうかい。……肥料がよく利いてるのかもしれないね。
もうひとつ食べるかい?」
「はい!」
僕は夢中になって桃を食べ続けた。
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これはあの子が植えた最後の木なんだ。
もう五年も前のことだよ。」
「そうだったんですか…それはお寂しいことですね。」
「あんたももういなくなった人のことはいいかげん忘れたらどうなんだい?」
「そう思うんですが……やっぱり、まだ忘れられないんですよね。」
「……そうかい。」
老婆は、なっていた桃をすべてもいで、僕にもたせてくれた。
なんでも、老婆は桃が好きではないらしい。
このまま腐らせてはもったいないからと言って、また来年もここに来るようにと誘われた。
僕は両手に桃を入れた袋を下げて、田舎道をとぼとぼと歩き始めた。
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