【完結】※R18 熱視線 ～一ノ瀬君の瞳に囚われた私～

番外編 冷たい視線 その3

つむじの辺りに視線が突き刺さる。俯いて黙り込んだ私の前で、一ノ瀬君は深い溜息を吐いた。

「始まりが始まりだったから、すぐに俺と同じ気持ちを返してくれとは言いません。けど…一体いつになったら、俺と向き合ってくれるんですか？真緒さん。実は俺の事かなり好きですよね？」

一ノ瀬君の言葉に驚き、ガバリと顔を上げた。どうしてバレているのだろうか？素っ気無い態度をとり続けている筈なのに。

「な…何言ってんの？さすがに自惚れが過ぎるんじゃ……」

私は狼狽えながらも、これ以上気持ちを覚られてはいけないと眉間に皺を寄せ、その言葉を否定した。

「自惚れなんかじゃないと思いますよ？貴女が俺に惚れている事くらい、貴女の態度を見ていれば分かりますから。本当は貴女もとっくに気付いているんでしょう？それなのに何らかの理由でそれを素直に受け入れられない。認めるのが怖くて目を逸らしている。一体何が怖いんですか？何で俺から逃げようとするんですか？」

真っ直ぐに私を見据えて、一ノ瀬君は続けた。

「……貴女が自分でケリをつけるまで黙って見守ろうと思っていました。けど、こんなにあちこちに伏兵がいたら。そんな余裕なんか一気になくなりましたよ！元々俺は、貴女に関してだけは、余裕なんかこれっぽちもないんです！本当は誰の目にも触れさせたくない。そのくらい貴方が好きなんです！いい加減受け入れて下さいよ！」

切なげに顔を歪めて、一ノ瀬君は言い募った。今にも泣き出しそうに見える一ノ瀬君を呆然と見上げながら、私の態度が彼を傷付けていたのだと初めて気付いた。

私の態度が彼を苦しめているのなら、改めなければ。逃げていてはダメだ。きちんと彼と話し合わなければ…。

「…確かに私、一ノ瀬君の事が好きだよ。一ノ瀬君はいつもちゃんと気持ちを伝えてくれるから。私はすごく愛されてるんだなって安心するの。きっと人生の中で、今が一番幸せなんだと思う。
けど…けどね、一ノ瀬君が抱いているのは、きっと恋愛感情なんかじゃないのよ。飽くまでも刷り込みのようなものであって、思い違いだって気付く日がきっと…」

「刷り込みって何ですか？」

一ノ瀬君が訝し気に訊いてきた。私はキュッと一旦口を閉じてから、体内に酸素を巡らせるように深呼吸を繰り返し、口を開いた。

「卵から孵った雛が最初に見たものを親だと思い込むのと一緒。一ノ瀬君は、社会人になりたてで不安だった時に、親身になってくれた相手を好きだと思い込んでしまっているのよ。『親愛の情』と『恋愛感情』を混同してるの。いつかそれに気付く日が来るわ。その時が来たら、私は貴方を解放してあげなければならないから…だから…」

「真緒さんは俺じゃないのに、まるで俺の気持ちが全て分かってるように話すんですね。仮にですよ？仮に、真緒さんが言った事が正しかったとして、それの何がいけないんですか？俺が貴女に対して抱いている気持ちに他の感情が混じっていたとしても、貴女を1人の女性として愛している事に変わりはありません」

被せ気味にそう言った一ノ瀬君は、苦し気な顔をして私の隣に腰を下ろした。そして私を引き寄せ、強く抱き締めた。服越しに感じる一ノ瀬君の体温に心が満たされていく。それなのに、何故か私の瞳からは珠のような涙が溢れ出した。

「……一ノ瀬君には、私なんかよりももっと相応しい子がいるわ。こんなに格好良くて、優しくて、将来有望なんだもの。私みたいな何の取り柄もない年増なんかじゃなくて。もっと若くて可愛い子と一緒になった方がきっと幸せになれる。……これ以上、一ノ瀬君の事を好きになってから別れを切り出されたら。私は二度と立ち直れない気がするの。だから…今のうちに別れて？」

口から零れ落ちた言葉に、自分でも驚いた。一ノ瀬君も驚いたのだろう。私を抱き締めたまま身体をピクリと硬直させた。


「……分かりました。それが貴女の望みならば、少し距離をあけましょうか」

絶対に離れていかないと思っていた一ノ瀬君は、凍てつくような冷たい瞳で私を見ながら別れの言葉を口にした。