上 下
55 / 67

番外編 逃がさないけどね ~一ノ瀬君side~ その12

しおりを挟む
俺の話を聞き終えた二人は唖然としていた。


一瞬早く我に返った原口さんが、首を大きく左右に振りながら「ないわ…。ないない」と呟いた。

「一ノ瀬君はさ、彼女さんが過去の恋愛のせいで、恋愛に臆病になっている事を知ってたんだよね?知った上で、敢えて逃げ道塞いで、自分と付き合うようにもっていった訳でしょ?言い方悪いけど、ある意味罠に嵌めたみたいものじゃない。
それなのに、この間みたいに嫉妬して一方的に責め立てるとか。彼女さん可哀想過ぎない?マジであり得ないんだけど。さすがに引くわ…」

「人聞きが悪いな。そんなふうに聞こえた?罠に嵌めたとか、そんなつもり全然ないんだけど。まあ俺が腹黒なのは否定はしないよ?けど、今は彼女だって俺の事を好きだって言ってくれているし。実際こうして付き合ってるし。特に問題は…」

「彼女さんに選択肢なんて殆どなかったじゃん。雰囲気に押されてヤッちゃった後に、やっぱり付き合えませんとか言えるタイプじゃないでしょ?彼女さん」

さすが同類!鋭いわ。確かに、そんな彼女の性格も加味した上で動いたんだけどね。拒む余地を与えたくなかったし。だって、そうでもしないと彼女は一生恋愛しなさそうだったから…。

「それにさ。あの時、彼女さんはたまたま仕事で再会した中学の同級生と飲んでただけだったんでしょ?一緒に飲んでた男性ひとが、彼女が中学時代に仲良かった女の子と結婚したから、そのお祝いも兼ねてたって聞いたよ?それなのに問答無用で怒るとか。理不尽過ぎでしょ!」

「えっ!そうだったの?そんな事一言も言ってなかったけど?」

「言えるような雰囲気じゃなかったでしょうよ!」

柴田さんって結婚してたのか!しかも、彼女と仲が良かった友達と…。
てっきり彼女狙いかと思って、思いっきり威嚇しちゃったじゃん!何か悪い事しちゃったな。…後できちんと謝っておこう。


俺が居た堪れなさを誤魔化すようにビールを煽ると、それまで黙りこんでいた中村が徐ろに口を開いた。

「俺、思うんだけどさ。一ノ瀬、お前一度引いてみたら?距離をあけようって話になってんなら、ちょうどいいじゃん。ほら、押して駄目なら引いてみろっていうし」

「は?何で?」

おいおい、中村まで何言い出すんだよ!お前は俺の味方じゃないのか?

「何でって…。だってさ、原口さんが言うように、彼女さんは殆ど選択肢がない状態でお前と付き合い始めたわけだろ?つまり、彼女さん自身の意志というよりは、お前に押し切られたわけだ。という事は、お前が引いてみれば、彼女さんも自分の気持ちに気付くんじゃねーの?」

「それで捨てられたらどうしてくれるんだよ!」

「その時はその時だろ。別に好かれてもないのに付き合ってたって虚しいだけじゃん。それにさ、彼女さんがお前の気持ちを信じられないのって、過去の恋愛の事もあるんだろうけど、自分の気持ちに自信が持ててないってのもある気がするんだよな…」

自分の気持ちに自信が持ててないって……いやどう見たって、俺の事好きそうだけど?
でも、確かに今回距離をあける事になったのは、俺が焦り過ぎて、追い詰めたせいだよな…。今まで少し強引に押し過ぎたって事だろうか。

「そうね…。距離をあけるって話になっているなら、いい機会なんじゃない?一旦離れて、一ノ瀬君もちょっと頭を冷やした方がいいと思うわ。あまり追い詰め過ぎると、本当に逃げられるわよ?」

「俺も暫く連絡をとるのを控えた方がいいと思う。彼女さんを試すってわけじゃないけどさ。もし彼女さんが本当にお前の事が好きだったら、立場が逆転して、今度はお前が彼女さんに追い掛けてもらえるかも知れないぞ?お前の存在の大きさに気付いて、焦るかも知れないし」

俺が彼女に追い掛けられる?……悪くない。いい。寧ろすごくいい!夢みたいじゃん!
これで彼女に逃げられたら元も子もないし、やっぱりここは一旦引くべきか?ここで俺が引いたら、彼女がどう出るのかも気になるし…。
俺の有難みが身に染みて、追い縋って来てくれたら最高なんだけど……それは望み過ぎか。

でも、暫くって一体どのくらいだ?あんまり長い時間距離あけていたら、他の男に搔っ攫われそうで気が気じゃないんだけど。…特にあの男とか、あの男とか、あの男とか!

「暫くって、どのくらい?」

「え?……数ヶ月とか?いや、それじゃ自然消滅したと思われちゃうかも知れないから。一ヶ月くらい?一週間やそこらじゃ、意味ないよね?」

「確かに」

「はあ?ムリムリ!死んじゃう!そんな長い時間、連絡できないとかマジでムリ!」

「何言ってんのよ!どうせ、会社で会えるんだからいいじゃない!そのくらいで文句言うんじゃないわよ!ねえ、中村君?」

おい!中村!お前、何さっきから頷いてるだけなんだよ!お前は原口さんの言いなりかっ!?少しはフォローしろよ!この赤べこ野郎!

だいたい二人とも重要な事を分かってない。会社での彼女とプライベートの彼女は全く別人なんだよ。いくら会社で彼女に会えたって…会社での彼女もあれはあれですごくイイんだけど…けど、余計プライベートの彼女が恋しくなっちゃうじゃないか!

「どうしても無理だっていうなら、勝手にしたら?一ノ瀬君の事だから、一ノ瀬君自身で決めるのが一番よ。…まあ、それで捨てられても知らないけど」

「それだけは嫌だ!」


そうして、俺はまんまと同期二人の口車に乗せられ、暫くの間、彼女に連絡をするのを控える事にしたのだ。

しおりを挟む

処理中です...