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番外編 逃がさないけどね ~一ノ瀬君side~ その24
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夕方あの男と話してから、俺はずっとむしゃくしゃしていた。
せっかく仕事上がりに彼女の部屋で手料理を振舞ってもらっているというのに、全く気分があがらない。
「どうしたの?一ノ瀬君。……もしかして口に合わなかった?」
「なっ!違いますよ!今まで食べたハンバーグの中で一番美味いです!人生一ですよ!ぶっちぎりの一位です!…真緒さんて料理も上手だったんですね?」
「特別上手なわけじゃないけど。それなりにはね?」
どうせ、あの男にも振舞っていたんだろうな…。外で会えない訳だから、会う時は毎回作ってやってたとか?それなら上達するよな…。って、正気に戻れ、俺!またネガティヴになってるぞ!
「真緒さん!取りあえず、明日、午前年休とって一緒に区役所に行きましょう!」
「え?…何言ってんの?」
「明日、入籍しましょう!」
「え、でも明日、私朝一で客先での打ち合わせが…。それに急すぎるよ。一ノ瀬君が求婚してくれてから、まだ一週間も経ってないんだよ?」
「善は急げです!」
「いや…こういうのはもっと慎重に進めるべきでしょう?」
クッ…。勢いで押し切ろうとしたのに、今回ばかりは折れてくれる気配がない。
「…実は俺、夢がありまして。真緒さんと結婚して夫婦になってから、誕生日を迎えたいんです」
「え?…じゃあ、来年にする?さすがに今年はもう間に合わないだろうし」
「はあ?来年?……いや、どうしても今年がいいんです!今年じゃなきゃ駄目なんです!」
「何で?」
「……運勢的に?…来年から俺、大殺界に入るらしくて」
「大殺界?って何?」
「なんかこう悪い事が起きる時期の事ですよ。三年くらい続くってヤツです」
彼女は訳が分からないと訝しげに俺を見ている。
…確かに普段全く信心深くもないくせに、いきなり運勢だとか持ち出してくるのはおかしいと自分でも思う。けれど、こっちも必死なんだ。
だが、今回だけはどんなに説得しようと彼女は頷いてくれなかった。それこそ、本当は俺と結婚したくないんじゃないかと思うレベルでスルーされまくった。
業を煮やした俺は、あの男が異動してくる日の前日…彼女の誕生日の前日に、今度は俺が手料理を振舞いたいと言って、彼女を自宅に招いた。
某レシピサイトで調べて作ったハッシュドビーフを振舞い、彼女が洗い物をしてくれている間に、必要な物を全てテーブルの上に並べていく。
彼女の署名欄以外全て書き込んだ婚姻届けと記入に使うペン。そして『城戸』の印鑑と朱肉。
……え?印鑑はどうしたのかって?そりゃ勿論、この為だけに購入しました。
洗い物を終えて部屋に戻って来た彼女は、テーブルの上を見て固まった。
「さあ真緒さん。座って座って!俺思ったんですけど、記念日って重なった方が覚えやすいと思うんですよ。特に結婚記念日が奥さんの誕生日だったら、忘れるなんてあり得ませんし、盛大にお祝いできるじゃないですか。って事で、ここに名前書いて下さい」
俺は以前彼女が好きだと言っていた笑みを浮かべて、じっと彼女を見つめた。その笑顔に彼女の顔は徐々に赤く染まっていく。しかし、途中で我に返ったかのように彼女は軽く首を横に振ると、視線を落として何やら考え始めた。やがて徐に視線を上げ、躊躇いがちに口を開いた。
「…一ノ瀬君。もしかして富永さんの事を気にしている?だったら、気にする必要はないよ?私が今好きなのは一ノ瀬君だし。気持ちが揺らぐ事なんかあり得ないくらい、一ノ瀬君の事好きだから。……私、一ノ瀬君と幸せになる…」
「覚悟を決めてくれたんですよね?俺が取られそうになったら、正々堂々戦ってくれるんでしょ?俺と幸せになる為の努力は惜しまないでくれるんですよね?」
「なっ!聞いてたの!?もしかして立ち聞き?」
「失礼な!あんな所で話してる方が悪いですよ。でもすごく嬉しかったです。
……確かにあの人の事を、全く気にしていないって言ったら、嘘になりますけど…。でも、真緒さんが揺らぐんじゃないかとか、とられるんじゃないかとかは思っていません。真緒さんが俺の事を大好きなのもわかっていますし、俺も真緒さんの事が大好きですからね!
ただ、俺が少しでも早く大好きな真緒さんと結婚したいだけです。大好きな真緒さんの夫になりたいだけ。それとこれとは別ですよ。だから、ね?」
俺が笑顔でペンを差し出すと、彼女は「大好き大好きって言い過ぎ…」と顔を真っ赤にして婚姻届けに署名してくれた。
その後、俺達は一緒に区役所に向かった。日付が変わるのをカウントダウンしながら待ち、日付が変わったと同時に時間外窓口に婚姻届けを提出した。
提出後、小声で呟いた言葉を拾われたのか。彼女が悪戯な笑みを浮かべながら「一ノ瀬君って案外嫉妬深いよね?」と揶揄ってきた。既に彼女も一ノ瀬じゃないかと不満を漏らし、嫉妬深い夫は嫌いかと彼女に訊いた。
すると、彼女は戸惑いながらも、俺を下の名前で、『駿』と呼んだ。そして、逆に嫉妬深い年上女房は嫌?と心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「そんな訳ないじゃないですか!もっとじゃんじゃん嫉妬してくれて構いませんよ。…真緒」
緊張しながら初めて呼んだ、彼女の名前。
『駿』と『真緒』。ただ下の名前で呼び合っただけなのに、ぐんと距離が縮まった気がした。
…最初はただの職場の先輩だった女性。
……そのうち社会人としてあり方を学び、尊敬し、憧憬の念を抱いた女性。
………やがて恋に落ち、恋情を募らせ、いつか手に入れたいを願い続けた女性。
ずっと背中を追い続けてきた女性が、今は俺の妻となり、俺の隣で笑っている。
――ようやく追いつけた。ようやく手に入れた!
身体の奥から歓喜が湧き上がる!あまりの多幸感に気分が高揚し、眩暈がする。
「俺今まで生きてきた中で今が一番幸せです!俺、ずっと貴女と名前で呼び合いたかったんです!ようやくその夢が叶いました!」
そう言って、俺は彼女の存在を確かめるように強く抱き締めた。彼女も強く抱き締め返してくれた。
苦節三年弱。ようやく彼女を手に入れる事ができた。今まで積み重ねてきた努力は決して無駄にならなかった。
だが、結婚はただのスタートだ。今後誰よりも大切にして、愛情を注ぎ続け、他人が入り込む余地がないくらい絆を深めていかなければ!
……まあ、彼女がどうあがこうが、もう逃がさないけどね!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※このお話はこれで完結となります。最後までお読みいただき有難うございました。
せっかく仕事上がりに彼女の部屋で手料理を振舞ってもらっているというのに、全く気分があがらない。
「どうしたの?一ノ瀬君。……もしかして口に合わなかった?」
「なっ!違いますよ!今まで食べたハンバーグの中で一番美味いです!人生一ですよ!ぶっちぎりの一位です!…真緒さんて料理も上手だったんですね?」
「特別上手なわけじゃないけど。それなりにはね?」
どうせ、あの男にも振舞っていたんだろうな…。外で会えない訳だから、会う時は毎回作ってやってたとか?それなら上達するよな…。って、正気に戻れ、俺!またネガティヴになってるぞ!
「真緒さん!取りあえず、明日、午前年休とって一緒に区役所に行きましょう!」
「え?…何言ってんの?」
「明日、入籍しましょう!」
「え、でも明日、私朝一で客先での打ち合わせが…。それに急すぎるよ。一ノ瀬君が求婚してくれてから、まだ一週間も経ってないんだよ?」
「善は急げです!」
「いや…こういうのはもっと慎重に進めるべきでしょう?」
クッ…。勢いで押し切ろうとしたのに、今回ばかりは折れてくれる気配がない。
「…実は俺、夢がありまして。真緒さんと結婚して夫婦になってから、誕生日を迎えたいんです」
「え?…じゃあ、来年にする?さすがに今年はもう間に合わないだろうし」
「はあ?来年?……いや、どうしても今年がいいんです!今年じゃなきゃ駄目なんです!」
「何で?」
「……運勢的に?…来年から俺、大殺界に入るらしくて」
「大殺界?って何?」
「なんかこう悪い事が起きる時期の事ですよ。三年くらい続くってヤツです」
彼女は訳が分からないと訝しげに俺を見ている。
…確かに普段全く信心深くもないくせに、いきなり運勢だとか持ち出してくるのはおかしいと自分でも思う。けれど、こっちも必死なんだ。
だが、今回だけはどんなに説得しようと彼女は頷いてくれなかった。それこそ、本当は俺と結婚したくないんじゃないかと思うレベルでスルーされまくった。
業を煮やした俺は、あの男が異動してくる日の前日…彼女の誕生日の前日に、今度は俺が手料理を振舞いたいと言って、彼女を自宅に招いた。
某レシピサイトで調べて作ったハッシュドビーフを振舞い、彼女が洗い物をしてくれている間に、必要な物を全てテーブルの上に並べていく。
彼女の署名欄以外全て書き込んだ婚姻届けと記入に使うペン。そして『城戸』の印鑑と朱肉。
……え?印鑑はどうしたのかって?そりゃ勿論、この為だけに購入しました。
洗い物を終えて部屋に戻って来た彼女は、テーブルの上を見て固まった。
「さあ真緒さん。座って座って!俺思ったんですけど、記念日って重なった方が覚えやすいと思うんですよ。特に結婚記念日が奥さんの誕生日だったら、忘れるなんてあり得ませんし、盛大にお祝いできるじゃないですか。って事で、ここに名前書いて下さい」
俺は以前彼女が好きだと言っていた笑みを浮かべて、じっと彼女を見つめた。その笑顔に彼女の顔は徐々に赤く染まっていく。しかし、途中で我に返ったかのように彼女は軽く首を横に振ると、視線を落として何やら考え始めた。やがて徐に視線を上げ、躊躇いがちに口を開いた。
「…一ノ瀬君。もしかして富永さんの事を気にしている?だったら、気にする必要はないよ?私が今好きなのは一ノ瀬君だし。気持ちが揺らぐ事なんかあり得ないくらい、一ノ瀬君の事好きだから。……私、一ノ瀬君と幸せになる…」
「覚悟を決めてくれたんですよね?俺が取られそうになったら、正々堂々戦ってくれるんでしょ?俺と幸せになる為の努力は惜しまないでくれるんですよね?」
「なっ!聞いてたの!?もしかして立ち聞き?」
「失礼な!あんな所で話してる方が悪いですよ。でもすごく嬉しかったです。
……確かにあの人の事を、全く気にしていないって言ったら、嘘になりますけど…。でも、真緒さんが揺らぐんじゃないかとか、とられるんじゃないかとかは思っていません。真緒さんが俺の事を大好きなのもわかっていますし、俺も真緒さんの事が大好きですからね!
ただ、俺が少しでも早く大好きな真緒さんと結婚したいだけです。大好きな真緒さんの夫になりたいだけ。それとこれとは別ですよ。だから、ね?」
俺が笑顔でペンを差し出すと、彼女は「大好き大好きって言い過ぎ…」と顔を真っ赤にして婚姻届けに署名してくれた。
その後、俺達は一緒に区役所に向かった。日付が変わるのをカウントダウンしながら待ち、日付が変わったと同時に時間外窓口に婚姻届けを提出した。
提出後、小声で呟いた言葉を拾われたのか。彼女が悪戯な笑みを浮かべながら「一ノ瀬君って案外嫉妬深いよね?」と揶揄ってきた。既に彼女も一ノ瀬じゃないかと不満を漏らし、嫉妬深い夫は嫌いかと彼女に訊いた。
すると、彼女は戸惑いながらも、俺を下の名前で、『駿』と呼んだ。そして、逆に嫉妬深い年上女房は嫌?と心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「そんな訳ないじゃないですか!もっとじゃんじゃん嫉妬してくれて構いませんよ。…真緒」
緊張しながら初めて呼んだ、彼女の名前。
『駿』と『真緒』。ただ下の名前で呼び合っただけなのに、ぐんと距離が縮まった気がした。
…最初はただの職場の先輩だった女性。
……そのうち社会人としてあり方を学び、尊敬し、憧憬の念を抱いた女性。
………やがて恋に落ち、恋情を募らせ、いつか手に入れたいを願い続けた女性。
ずっと背中を追い続けてきた女性が、今は俺の妻となり、俺の隣で笑っている。
――ようやく追いつけた。ようやく手に入れた!
身体の奥から歓喜が湧き上がる!あまりの多幸感に気分が高揚し、眩暈がする。
「俺今まで生きてきた中で今が一番幸せです!俺、ずっと貴女と名前で呼び合いたかったんです!ようやくその夢が叶いました!」
そう言って、俺は彼女の存在を確かめるように強く抱き締めた。彼女も強く抱き締め返してくれた。
苦節三年弱。ようやく彼女を手に入れる事ができた。今まで積み重ねてきた努力は決して無駄にならなかった。
だが、結婚はただのスタートだ。今後誰よりも大切にして、愛情を注ぎ続け、他人が入り込む余地がないくらい絆を深めていかなければ!
……まあ、彼女がどうあがこうが、もう逃がさないけどね!
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※このお話はこれで完結となります。最後までお読みいただき有難うございました。
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一話目
美緒おばちゃん…自分のセリフ。
友達に真緒と呼ばれていて、名前間違われてますよ〜。
はーと 様
ご指摘ありがとうございます!
即刻修正致しました!
主人公の名前なのに
お恥ずかしい限りです。゚(゚´Д`゚)゚。
今さらですが
この物語に出逢いました。
一ノ瀬君の心の声が
とてもリアルで
面白いです。
更新がしばらくないようですが
二人のラブラブな結婚式や
新婚生活
更には
可愛いであろう子どもの誕生まで
お話があれば
楽しめますね。
あ~でも
完結されているので
これ以上は望みすぎですかね。
とにかく
読みごたえのあるお話
ありがとうございます✨
一之瀬さん視点のお話が知りたいです
とても面白かったです‼️是非とも三人のそれからのお話が見たいですよろしくおねがいします!
モグ 様
拙作をお読みいただき有難うございます。
お待たせして申し訳ありません。
当初の予定よりも、一ノ瀬君視点がやたらと長くなってしまいまして、現在文字数を調整中なのです…。
ですが、近日中には必ずupする予定でおりますので、今暫くお待ち下さいね!