アラフォー幼女は異世界で大魔女を目指します

梅丸みかん

文字の大きさ
60 / 119
第二章 大魔女の遺産

9, 侵略への布石

しおりを挟む
「リディアが魔獣の森へ行っただと?」
 鋭く響いた声が執務室の空気を一変させた。声の主は、エアーレイ王国の王太子、エイダン・バリー・エアーレイである。

 淡い光を帯びた金髪が窓辺の陽に照らされ、彼の理知的な顔立ちを際立たせている。黄緑がかった瞳の奥には、常に冷静な思考の光が宿っていた。

 年若いながらも、彼の名はすでに「王国随一の才」として広く知られている。
「申し訳ありません、兄上。しかし、それは確かな情報です。リディアの従者、ケインの報告によれば、リディアは森に足を踏み入れたとのことでした」

 そう答えたのは、王太子の弟アドニス。彼はエイダンより二歳年下で、誠実さと冷静さを併せ持つ若者である。だがその目には、抑えきれぬ複雑な思いがにじんでいた。

「リディアは魔力の感知に優れています。もし手に負えないと判断すれば、無理をせず戻ってくるでしょう」
 アドニスの報告に、エイダンは眉をひそめた。

「なるほど。お前にとっては、これは想定の範囲内というわけか」
「はい。魔獣の森についての情報を伝えれば、彼女が動くことは予想できました」

「それなら、なぜ止めなかった?」
「彼女は、自分の目で確かめたことしか信じません。私がいくら言葉で、圏域魔法と通常の魔法とでは次元が違うと説明しても、理解しようとしないでしょうから」

「……ふむ。たしかに、あの子の性格を思えば、それも納得できる」
 エイダンは一息ついてから問うた。

「それで、リディアは無事なのか?」
「はい。彼女は、あの髪飾りを身に着けています。よほどの事態にでもならない限り、安全は確保されているはずです」

「髪飾り……あれか。宝物庫にあった、大魔女エアデが作ったというやつだな。ならば心配は少ないか」
 王城の宝物庫には、大魔女エアデが遺したとされる魔道具がいくつか保管されている。その中でも銀色の蝶を模した髪飾りには、強力な防御魔法が施されていた。

 実験でも、その効果は確認されている。リディアがそれを身に着けているなら、たとえ魔獣の森であっても、致命的な危険に陥る可能性は低いだろう。

 ちょうどそのとき、一人の側近が小走りで執務室に入ってきた。手には封印の施された一通の書簡を抱えている。
「殿下、陛下からです」
 エイダンは無言で書簡を受け取った。封を切り、素早く目を走らせる。読み進めるうちに、彼の額に深い皺が刻まれた。

「……ついに来たか。恐れていた事態が」
 エイダンのつぶやきに、アドニスはわずかに目を見開いた。

「兄上、父上からは何と?」
「ディースラ帝國から、リディアへの婚姻の申し入れが届いたそうだ」
「……なんだと?」
 アドニスの声音が低く落ちる。彼はエイダンの手元の書簡を受け取り素早く目を通す。

 そこには、丁寧な体裁をとりながらも一方的な内容で綴られた「縁組の提案」が記されていた。
 ディースラ帝國――あの野心的な皇帝が、リディアを妃として迎えたいというのである。

「父上は当然、敵国に娘を差し出すつもりはない。しかし、これは明らかな外交戦略だ。最終的な判断は、リディアが戻ってから父上から伝えられることになるだろう」

「これは――戦うか、屈するか、という話なのですね」
 アドニスの拳が、無意識のうちに震えていた。皇族の名を利用して、リディアという少女を政争の道具にしようとするその手段に、憤りがこみ上げてくる。

「最終的な決断は、リディアが戻ってから父上自ら下すことになるだろう」
 エイダンの声は冷静だったが、その奥には押し殺した焦燥と警戒が垣間見えた。
 このままでは、国を挙げての重大な岐路に立たされることになるだろう。

 一見すると無鉄砲に見えるリディアだが、彼女は王族としての責任をよく理解している。もし、自らが敵国へ人質として嫁ぐことで国を救えるのならば、ためらうことなくその道を選ぶだろう。

 だが、それで本当に戦争を回避できるとは限らない。本来、人質を差し出して和平を模索するのは、攻められる側の常套手段だ。逆に、攻める側が人質を要求するのだとすれば、それは相手の弱みを握り、侵略をより有利に進めるための布石にすぎない。

 なんとかして敵を退けるには、他の手段を探るしかない。
 ――エアデの遺産。それこそが、今の膠着を打破する唯一の鍵になるかもしれないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

何故か転生?したらしいので【この子】を幸せにしたい。

くらげ
ファンタジー
俺、 鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は…36歳 独身のどこにでも居る普通のサラリーマンの筈だった。 しかし…ある日、会社終わりに事故に合ったらしく…目が覚めたら細く小さい少年に転生?憑依?していた! しかも…【この子】は、どうやら家族からも、国からも、嫌われているようで……!? よし!じゃあ!冒険者になって自由にスローライフ目指して生きようと思った矢先…何故か色々な事に巻き込まれてしまい……?! 「これ…スローライフ目指せるのか?」 この物語は、【この子】と俺が…この異世界で幸せスローライフを目指して奮闘する物語!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉
ファンタジー
『異世界で幸せに』を新たに加筆、修正をしました。 下界に魔力を充満させるために500年ごとに送られる転生者たち。 キャロルはマッド、リオに守られながらも一生懸命に生きていきます。 家族の温かさ、仲間の素晴らしさ、転生者としての苦悩を描いた物語。 隠された謎、迫りくる試練、そして出会う人々との交流が、異世界生活を鮮やかに彩っていきます。 一部、残酷な表現もありますのでR15にしてあります。 ハッピーエンドです。 最終話まで書きあげましたので、順次更新していきます。

処理中です...