絶対不要の運命論

小川 志緒

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未来、十五歳(また、何度でも)

「世界中にしあわせの欠片をまき散らしながら歩む日が」

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 それから僕らは海を渡り、縦長の小さな島国でそのときを待った。
 マリアはもうかつてのマリアの痕跡がすっかり消えた姿で、それでも僕のマリアのままでいる。

 この国では名前はアルファベットではなく漢字で書くというから、マリアは真里亜に、僕はマリオンから真里音になった。
 僕が他人に名乗ると「流行りのキラキラネームってやつか」と必ず感心したように言われるけれど、僕の名が輝いているというのなら、きみたちの名前はそうじゃないんだろうか。別にそんなことはどうだっていいんだけれど。それより漢字というのは書き順を無視して書くと形がガタガタになって難しいので、きれいに書くコツを教えてほしい。

 日々慣れない文字に苦戦しながら、僕は改めて思っていた。
 世界は広い。
 反則なくらい長生きの僕ですら思うのだから、百年にも満たない寿命のきみたちには、いったい世界はどんなふうに見えているのかしら。一生を費やしても知り尽くすことができないものがたくさんあると現実を受け入れるのは、ひどく恐ろしいことなのかもしれない。
 だけど僕はそんなことで絶望しないでほしいと願ってしまう。
 きみが手に入れたもの、手に入れることになるものも、実はそんなに悪くない。確かにそれはめずらしいものではないかもしれない。あちこちにあるものなのかもしれない。だけど、ありふれているものが素晴らしくないなんて誰が決めたのさ。たくさんあるものは素敵じゃないなんて馬鹿げてる。素敵なものがあふれているだけだ。そう考えたほうがずっと楽しい。

     ◯

 漢字の名前を手に入れてから、いくつかの春が過ぎ去った。
 それでついに、僕らは桜を見た。
 マリアは無謀とも思えた望みを叶え、満足げに桜吹雪のなか微笑んだ数日後、ふっと倒れた。

 呪いは依然としてあなたのなかにある。
 でも僕はもう悲観しない。ひとつも諦めるつもりもない。何もかもの行く末がすべて最初から決まっているなんていう話は信じない。人間の必死の努力も抵抗もまったくの無意味だなんて僕は信じない。だって僕らは桜を見た。マリアに降りかかった理不尽な困難など、僕らはいつか蹴散らすだろう。

 それとも僕らが運命に打ち勝つまでが、あらかじめ定められているのかしら。だとしたら運命とは何。どこからどこまでのことを言うのだろう。まあ、そんなことはどうだっていいことかもしれない。
 僕にとって重要なのは僕のいちばん大切な子が、僕と一緒に生きてくれること。それが運命だろうが偶然だろうが、僕には知ったことではないのだ。

 さあ、もうおおよそのことは語り尽くした。
 これ以上付け足すことはない。
 僕らはまた繰り返していくだけ。
 完全なハッピーエンドを目指して、何度でも。
 ふたりして諦め悪く足掻き続けるうちに、いつかはやってくるだろう。僕とマリアがなんの不安もなく手を繋ぎ、世界中にしあわせの欠片をまき散らしながら歩む日が。
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