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第1章 カイト、五歳までの軌跡
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(ジルバートside)
はーっ!降りしきる雨。
私は大きなため息を吐いた。
今までの後悔を吐き捨てるように。
今までの苦い思いを少しでも吐き出すように。
胸の奥で渦巻くのは、愛情も憎しみも後悔も、すべて黒く混ざり合った泥のような感情だった。私の心は痛すぎるほどぐちゃぐちゃな感情が渦巻き、荒れて、まるで嵐のようだ。
心がこんなに痛いとは。
胃がキリキリと酷く痛む。
しかし、私にはどうしても向かうところがある。
その前に、身を清めなければ。
私にはシルビアからの返り血が付いていた。
彼女の後悔と、悪意と、呪いが、返りついた血液と一緒に私にまとわりついているようだ。
もう彼女は死んだ。私が殺した。
かつて愛した妻を、私の手で殺したのだ。
握る拳はカタカタ震えてる。
あの、一瞬躊躇った時、シルビアの心臓を突き刺した時の剣の重さは、ずしりとまだ手に感触が残っていた。
私は部屋で風呂に入り、冷水を浴び、その水の冷たさで気持ちの昂りを落ち着かせた。
返り血はあっという間に排水溝へと流れていく。ただ、胸の奥にこびりついた黒い部分はどれだけ洗っても落ちなかった。
私は王太子なのだ。この国にはこびる悪を根絶しなければならない。
シルビアの独白でわかった。
ルドン公爵と、その娘、アーシャ。
カイチェアの件では殺人があった。
2人には自白剤で話を聞こう。
自白剤を拒否すれば、黒。
まあ、自白剤を飲んで全てを明らかに吐いたとしても、奴らは黒だ。
あとはハーレン。奴にも聞きたいことがある――私の妻を愛していたのか?
そして、ジョージ。
やはり私の子ではなかったのだ。
重くのしかかる現実は酷く私の心を抉る。
身を清め、服を着、私はジョージの部屋へと向かう。私はあの子をどうしたいのだ。
考えなければならない。
ジョージの部屋へ向かう私の足取りは重い。
どうする?どうすればいい?
ただ、ジョージはもう王子ではなくなる。
城にも置いておけない。つまり、私たちは親子でなく、赤の他人なのだ。
ジョージの部屋の前にいて私に礼を尽くす兵士に手を上げ、ジョージの部屋へと入る。
ベッドの傍ら、乳母に抱かれているジョージ。機嫌が悪いのか泣いている。
「王太子様、すみません。先程から酷く泣き出してしまって泣き止まないのです。少しお待ちください。」
「いや、いい。私が抱こう」
乳母からジョージを受け止め、その小さなしっかりとした重さを感じ取る。
「さあ、いい子だ。いい子だぞ、ジョージ。パパっ、……、私が来たから泣き止むんだ、いいな、いい子だ」
「こうやってグズる時はシルビア様じゃなきゃダメなんですよ。シルビア様はどちらにいらっしゃるんでしょう?」
「シルビアは来ない…………、死んだんだ」
「えっ?まさか?え、そのような事っ」
「ああ、君は知らないのか?シルビアはもう王太子妃でもない。」
「………そうですか」
何かを察した乳母は身を引くように後ろに下がる。
ビェー、うわぁーん、エッグ、エッグッ
ジョージの小さな体から絞り出される泣き声に私の胸も張り裂けそうだ。
「よし、よし」
私はジョージを泣き止ますため、ジョージを抱きしめた。
私が父だよ、もうそう言えない。
この小さな温もりは、母の死を敏感に感じ取ったのか、なかなか泣き止まない。
泣くな、泣かないでくれ。
いつの間にか私も共に泣いていた。
嗚咽が漏れる。
ジョージの鳴き声に私の嗚咽はかき消されているようだ。
ただただ抱きしめた。
ジョージは徐々に、徐々に静かになっていた、その代わりクチュクチュと指をしゃぶる音が聞こえ、やがてその腕は力を失い、口から離れた。どうやら寝てしまったようだ。
忘れる、そのために私はその小さな、小さな肩に顔を埋めいて、涙を拭いた。
この柔らかな温もりを手放さなければならないだろう。
名残惜しくも、ジョージとは今日が最後だ。
笑った顔、私の指を握る小さな手、この温もり、もう忘れてしまおう。
サヨナラだ。
「ジョージ、すまない」
お別れだ。
私は寝て全身の力が抜けたことで、重さを増したその小さなジョージを乳母に託して、ジョージの部屋をあとにした。
閉まるドアのバタンという重厚な音がまるで私とジョージの縁が絶たれたように思えた。
私は、やらねばならないことがある。
だから、今、立ち止まる訳には行かない。
コツコツコツ、城内の静けさに私の靴音だけが響いていた。
その足音だけが、まだ私が立っていられる、前に進むための証のようだ。
はーっ!降りしきる雨。
私は大きなため息を吐いた。
今までの後悔を吐き捨てるように。
今までの苦い思いを少しでも吐き出すように。
胸の奥で渦巻くのは、愛情も憎しみも後悔も、すべて黒く混ざり合った泥のような感情だった。私の心は痛すぎるほどぐちゃぐちゃな感情が渦巻き、荒れて、まるで嵐のようだ。
心がこんなに痛いとは。
胃がキリキリと酷く痛む。
しかし、私にはどうしても向かうところがある。
その前に、身を清めなければ。
私にはシルビアからの返り血が付いていた。
彼女の後悔と、悪意と、呪いが、返りついた血液と一緒に私にまとわりついているようだ。
もう彼女は死んだ。私が殺した。
かつて愛した妻を、私の手で殺したのだ。
握る拳はカタカタ震えてる。
あの、一瞬躊躇った時、シルビアの心臓を突き刺した時の剣の重さは、ずしりとまだ手に感触が残っていた。
私は部屋で風呂に入り、冷水を浴び、その水の冷たさで気持ちの昂りを落ち着かせた。
返り血はあっという間に排水溝へと流れていく。ただ、胸の奥にこびりついた黒い部分はどれだけ洗っても落ちなかった。
私は王太子なのだ。この国にはこびる悪を根絶しなければならない。
シルビアの独白でわかった。
ルドン公爵と、その娘、アーシャ。
カイチェアの件では殺人があった。
2人には自白剤で話を聞こう。
自白剤を拒否すれば、黒。
まあ、自白剤を飲んで全てを明らかに吐いたとしても、奴らは黒だ。
あとはハーレン。奴にも聞きたいことがある――私の妻を愛していたのか?
そして、ジョージ。
やはり私の子ではなかったのだ。
重くのしかかる現実は酷く私の心を抉る。
身を清め、服を着、私はジョージの部屋へと向かう。私はあの子をどうしたいのだ。
考えなければならない。
ジョージの部屋へ向かう私の足取りは重い。
どうする?どうすればいい?
ただ、ジョージはもう王子ではなくなる。
城にも置いておけない。つまり、私たちは親子でなく、赤の他人なのだ。
ジョージの部屋の前にいて私に礼を尽くす兵士に手を上げ、ジョージの部屋へと入る。
ベッドの傍ら、乳母に抱かれているジョージ。機嫌が悪いのか泣いている。
「王太子様、すみません。先程から酷く泣き出してしまって泣き止まないのです。少しお待ちください。」
「いや、いい。私が抱こう」
乳母からジョージを受け止め、その小さなしっかりとした重さを感じ取る。
「さあ、いい子だ。いい子だぞ、ジョージ。パパっ、……、私が来たから泣き止むんだ、いいな、いい子だ」
「こうやってグズる時はシルビア様じゃなきゃダメなんですよ。シルビア様はどちらにいらっしゃるんでしょう?」
「シルビアは来ない…………、死んだんだ」
「えっ?まさか?え、そのような事っ」
「ああ、君は知らないのか?シルビアはもう王太子妃でもない。」
「………そうですか」
何かを察した乳母は身を引くように後ろに下がる。
ビェー、うわぁーん、エッグ、エッグッ
ジョージの小さな体から絞り出される泣き声に私の胸も張り裂けそうだ。
「よし、よし」
私はジョージを泣き止ますため、ジョージを抱きしめた。
私が父だよ、もうそう言えない。
この小さな温もりは、母の死を敏感に感じ取ったのか、なかなか泣き止まない。
泣くな、泣かないでくれ。
いつの間にか私も共に泣いていた。
嗚咽が漏れる。
ジョージの鳴き声に私の嗚咽はかき消されているようだ。
ただただ抱きしめた。
ジョージは徐々に、徐々に静かになっていた、その代わりクチュクチュと指をしゃぶる音が聞こえ、やがてその腕は力を失い、口から離れた。どうやら寝てしまったようだ。
忘れる、そのために私はその小さな、小さな肩に顔を埋めいて、涙を拭いた。
この柔らかな温もりを手放さなければならないだろう。
名残惜しくも、ジョージとは今日が最後だ。
笑った顔、私の指を握る小さな手、この温もり、もう忘れてしまおう。
サヨナラだ。
「ジョージ、すまない」
お別れだ。
私は寝て全身の力が抜けたことで、重さを増したその小さなジョージを乳母に託して、ジョージの部屋をあとにした。
閉まるドアのバタンという重厚な音がまるで私とジョージの縁が絶たれたように思えた。
私は、やらねばならないことがある。
だから、今、立ち止まる訳には行かない。
コツコツコツ、城内の静けさに私の靴音だけが響いていた。
その足音だけが、まだ私が立っていられる、前に進むための証のようだ。
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