昆虫採集部の伊山くん

nandemoarisa

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伊山くんとの遭遇

はじまり

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 少し暖かくなってきた六月。

 学校では、高校一年生がようやく学校に慣れてきたころで、校内は以前よりも賑やかになってきた。

 私はというと、高二にもなって、心から気を許せる友達といえば幼馴染の蛍くらいだ。蛍とは幼稚園からの腐れ縁で、今も同じクラス。いつも二人でいるせいか、話しかけにくいのか、新しい友達はできないまま。部活にも入らず、蛍とカフェに行く以外は毎日直帰。高校生になっても、ほとんど変わらない日常を過ごしている。

 今日も、蛍が委員会で昼休みにいないので、一人でお昼を食べる場所がなく、学校裏の森へ逃げてきてピクニック中だ。

 一人のときは大体こんな感じ。木の根っこに腰を下ろして、音楽を聞いたり、本を読んだり、昼寝したり。今日もお気に入りの音楽を聞きながらぼーっとしていた。特に趣味もないし、好きなこともないし。

 パシャリ。
 上を向くと、葉と葉の間からこぼれる木漏れ日が綺麗で、思わず写真を撮った。

(私って、ほんとに何にもないな。)

 ぼんやりしていると、視線の先に一人の男の子が見えた。背が高く、体格は細い。癖のある黒髪に、不愛想な表情。

 彼は校内でも有名な一年生、昆虫採集部の伊山くん。その奇行は皆が知っている。一番有名なのは、大量のミミズをペットボトルに入れて授業中机に飾っていたという話だ。周りも彼の奇行を“そういう子”として受け入れてはいるけど、決して関わろうとはしない。「ちょっと変わってる一年生」がいる、そんな感じ。

 そんな彼が、少し離れたところで深めのタッパーをいくつも持っている。

(またミミズかな…。虫嫌いなんだよね。退散しようかな。)

 もう一度振り返ると、彼の指先に一匹の蝶が止まっていた。

 息をのんだ。

 蝶は、彼の前で一周し、ひらひらと空へ飛んでいく。

 カシャ。

 私は思わず写真を撮っていた。

 もちろん蝶もだけど、彼の姿、指先、髪。
 あまりにも美しくて。
 私にこれ以上の語彙力がないのが残念だ。

 私は立ち上がり、彼のところへ歩いた。

「あの、蝶……きれいだね」

 自分が人にこんなふうに声をかけられるタイプだとは思っていなかった。だけど、私は驚くほど興奮していた。手が少し震えている。

 彼は私を一瞥すると、一瞬だけ見つめて、タッパーを急いで袋に入れ、何もなかったかのように立ち去った。無言で。

「え……?」

 ……?

「え、ちょっと待って。私、今話しかけたよね?話しかけたよね??」

 はああ~~~~!??

 無視!?どういうこと!?
 人が、こんな普段しないようなこと、頑張ってしたっていうのに!

 く、くそう……そのくせ心臓はバクバクしてるし……
 なにこれ悔し………

 腹立つ~~~~~~!!!!

 *

「伊予、なんかあった?機嫌悪いね」

「別に。何もない。いや、あったけど、なかったことにしたい」

「何それ。変なの」

 それからも相変わらず伊山くんの奇行は続いていた。私という人間を認識されているのかどうかも分からない。あんな至近距離で話しかけたのに、もしかして聞こえてなかったのかもしれない。こちらを見ていたようにも思ったけど、いろんな理由をでっちあげて自分に言い聞かせている。

 今日も、掃除のゴミ捨ての帰りに中庭を通ったら、伊山くんが地面にへばりついている。いつもなら“あーまた変なことしてる”でスルーするけど、つい観察してしまう。

 地面にはいつくばって、何かをじっと見ているようだ。

(どうせ私なんて見えてないんだろうけど……)

 また心臓がトキトキと鳴る。

「何してるの?」

「……」

 目線すらくれずに動きが止まった。また無視されるのかと思い、私は一歩引いた。

「ウスバカゲロウ」

「え?」

「ウスバカゲロウを観察してる」

「ウスバカゲロウ?」

「蟻地獄だよ」

 よいしょっと彼の隣にしゃがんでみる。いくつか穴がぽこぽこと空いていた。私も小学生のころ、蟻を落として遊んだな。子供って残酷。

「持ち帰って観察するか、考えてた」

 彼はそう言いながらも、視線は合わせてこない。

「そうなんだ。面白そうだね」

 そう言うと、バッとこちらを振り返った。いつもの不機嫌そうな顔が真っ赤に見える。目を見開き、口をぱくぱくさせている。

「昆虫、好きなのか」

「え。いや、全然」

 私の即答に、彼の顔が今度は真っ青になる。そして何故か私の方を見ながら走り去っていった。

「ウスバカゲロウ、いらないのかい」

 伊予は蟻地獄に視線を戻す。そしてまたパシャリと写真を撮る。

「私が興味あるのは、君の方なんだけど」

 そう呟いて、彼の走り去った方向を見る。

「いいな、あんなに好きなものがあって。羨ましい」

 *

 今日は、蛍の部活が終わってから一緒に塾の見学に行く予定だ。高二の夏は夏期講習で埋め尽くされそう。教室を覗くと、グループで勉強している女の子たちがいて、居心地が悪い。居場所を探して、いつもの森に来た。

 日はまだ高く、木々を照らしている。パシャリと太陽の光に染まる風景を撮った。

 すると背後から声がした。

「あんた、写真撮るの得意なの?」

 がしっと手首を掴まれて、振り返ると伊山くんが立っていた。

「え? べ、別に得意ってわけじゃ……」

「ちょっと来て」

 半ば強引に腕を引かれて、森の中を歩く。

「これ、写真に撮って」

 これ、と言われたものを見ると、葉の上に一匹のトンボがしがみつき、トンボとは思えない形で二匹が繋がっていた。

「トンボ……?」

「トンボの交尾。自分じゃうまく撮れないから」

「こっ、交尾!?」

(堂々と言うなよ……)と思いつつ、伊予は急いでスマホをトンボに近づける。交尾が終わってしまう前に撮らないといけない。

「ちなみに交尾しながら飛んだりするから。気をつけて」

「え、えええーーー!!」

 この状況とか、色々情報過多で「ええー」なんですけど。



(でも、この子達の邪魔にならないようにしなきゃ。)

 カシャ。

 角度を調整してピントを合わせる。そのうちトンボたちは羽を震わせ、飛行しだした。

「あっ。飛んだ」

 カシャ カシャ。

 何度か飛行中も撮る。そのうち別の葉の上にとまった。

「どうかな?」

 見せると、伊山くんが口角を上げ、嬉しそうに微笑んだ。

「いいじゃん」

(....そっちこそ。可愛いじゃん)

 彼はそのまま笑顔でトンボへ視線を戻す。

 カシャ。

「え」

「あ、ごめん。つい」

 伊山くんは、さっきとは打って変わって睨んできた。

「へへへ~。じゃ、これで!」

 この写真、絶対に死守させてもらう……!!!

 その日、私史上最高の走りで彼を撒くことに成功した。

 そしてその日から、私の“伊山くんを撮る日々”が始まったのだった。

 つづく
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