売却魔導士のセカンドライフ

嘉野六鴉

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25.しょぼん

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 背中に貼り付けられた魔力媒体のおかげで、魔導士としての本領を発揮できる状態になった――はずの僕が、魔王の下で魔法訓練を開始してから一週間。

「ユーリオたーん!頑張れぇ――!!」
「これが終わったらシュレーズが待ってるって魔王様がー!!」
「そうだ!今なら五杯までは余が許す!さぁもうひと頑張りだ!!」

「っっうっしゃいわ――!!気が散るから!ちょっと黙ってて!!」

 広大な城内の中に何か所かある練兵場――とは名ばかりの広場のひとつで、今日も今日とて僕は肩で息をしながら平らな地面に膝をついていた。
 広場の端には白く大きな天幕が張られ、屋外には似合わないほどの重厚な椅子に腰かけた魔王と、彼の両脇や背後に集まった魔族たちで黒山の人だかりができていて、そこから鬱陶しいほどの声援が絶え間なく上がっている。

 そんな魔族たちの視線を一身に浴びながら、今もまだ特訓中である僕は休憩という名のシンキングタイムをしばし過ごしているところだった。

 この一週間、魔王を始めとする魔族の皆からこれほどまでの盛大な声援を送られ続けているものの、僕の攻撃魔法はさほど褒められたものではない。むしろ、自分でも乾いた笑いしか出ないほどの威力である。
 王国にいた時よりも確実に魔法が弱まっているのだが、「それはきっと体が変わったからだ」「慣れれば大丈夫!」「焦らなくていいよ~ユーリオたーん!」と方々から声を掛けられれば、なんだか意味不明に視界が滲みそうになった。

 違う、本当は理由もわかっている。
 たった一人で魔法の練習をしていた幼い頃も、家庭教師をつけてもらえるようになってからも、僕をこんな風に応援してくれる人なんて誰もいなかった。
 軍に入隊した後も、殿下の配下にしてもらえた時だって、これほどまでに他人からの注目を集めたこともない。

 いつだって僕は、誰にとっても『その他大勢のうちの一人』だったから。

 だから、こんな気持ちになるのだろうか。
 自分には不似合いだと、自覚しているくせに。

(絶対……絶対、次で成功させてやる――!)

 命の危険があるわけでもないのに、柄にもなく熱くなるなんて。
 そう思いながらも、呼吸が落ち着いた僕は顔を上げてキッと前方を睨んだ。

「っ皆、静まれ!ユーリオの集中を阻むでない」

 あんたが一番余計な一言を叫んでたでしょうが!誰だよ、僕を飲み物で釣ろうとしてたのは!?
 まさに鶴の一声で周囲の魔族たちへ静寂を齎す魔王へ、胸の内だけでそんな愚痴を零しながらもゆっくりと立ち上がり、しっかりと地に両足をつける。
 次に深く一度呼吸をしてから前方の標的へ向けて両腕を突き出し、重ねた掌に意識を集中する。

 そして、わりと、けっこうヤケクソで叫んだ。

「炎!ファイア!火炎!……っとにかく何か燃えるモノ!!」

 ……別にこの世界、魔法を使うのに呪文が必要というわけではない。というか、いらない。僕が知る限り魔導士だろうと魔族だろうと誰一人、そんなものを口にする姿なんて見たことがない。
 強いて言うならば、一見仕事のできるクールで知的な魔族の宰相……実はサボり癖が酷いだけで本当は見た目通り優秀な蛇魔族が、転移魔法を使う時に「転移」「転移しますよ」と声に出す程度だ。

 ではなぜ、恥を承知で僕がこんなことをしているかというと……だからもうヤケクソだからだ!
 せっかく希少な魔力媒体を魔王につけてもらったというのに、僕が使える攻撃魔法のしょぼいことしょぼいこと!

 訓練初日に出せたのは、マッチ棒の先に灯るような小さな炎の点だけ。
 ならばと次の日には風を吹かせてみようとしたものの、穏やかな陽気の下では仄かな涼しさすら生み出せない微風が吹いたか吹かないか。
 更に翌日、だったら大地を隆起させて石槍をと頑張ってみたものの、アリの巣かな?という石粒の集まりが地表に顔を出したくらいで……。
 それを二巡した挙げ句、今日こそはと朝から再び火炎系の攻撃魔法を試し撃ちしているというのに、既に空が黄昏色に染まりだしてもなお、いまだ標的は健在なのだ。

 聖イグナベルク王国軍に所属する魔導士の名誉のために重ねて主張しておくが、以前の僕ならばもう少しまともな攻撃魔法が使えていた。
 人を火だるまにできる程度の火球も、腕や足を切り離すには充分な風の刃も、鎧を纏っていようとも難なく串刺しにできる大地の槍も、対人一人相手なら……っ!

 なのに、今また僕の掌から放たれる炎の攻撃魔法は――火花、ろうそく、拳大の炎の塊だ。
 ポ、ポッ、ボンッとリズムよく音を立てて生まれた微妙な攻撃魔法は、ゆっくりと標的へ向かって飛んでいく。
 そう、五mほど先にある、僕ぐらいの大きさの紙に描かれたドラゴンらしき怪物の絵へ。

 やがてジュッと白い紙に火花が黒焦げを作り、次いでろうそくの先に揺らめく程度の炎がその焦げを僅かに広げ、最後にぶつかった拳大の炎でようやく紙のドラゴンは大半がボウッと燃え上がる。

(や、やっと燃えたっ……けど、やっぱりしょぼいッ!!!)

 どっと疲労が全身を包み込む感覚は、魔力を使い過ぎた時と似ているのだけれど、これもこの体で魔法を使うのに慣れていないから……きっとそのはずなんだと思いたい。
 でも、さすがにこんな悲しい威力の魔法では、魔族の皆もそろそろ愛想を尽かすだろうか。
 やっと燃え落ちていく標的からチラリと逸らした視線だけで天幕の方を窺うと、沈黙を保ったままの魔族たちが皆ポカンと口を開けているではないか。

(うっ……やっぱり、期待はずれだよね……魔王も僕の下手魔法に呆れ返ってる……)

 あんなに応援してもらったのに、と知らず唇を噛む中でポツリと聞こえてきたのは、この国で誰よりも聞きなれている人の声だった。

「……燃えた……ユーリオたんが……遂に……遂にドラゴンを燃やしたぞ!!者共!宴の準備を急げ!!」

「わぁぁぁあ!!おめでとー!!ユーリオたーん!!」
「おぉおおぉ――!!ユーリオたーーーん!!」
「あっこら!?抜け駆けすんな!!」

 ドッと湧き上がる歓声と、虎顔魔族を筆頭に次から次へと天幕から飛び出してくる魔族たちを呆気に取られて見つめているうちに、僕の体はあれよあれよという間に胴上げされていた。

(え……え、ええぇえぇ!?)

 なんなのさ、このお祝い様は。
 誰がどう見たって、しょぼすぎる攻撃魔法なのに!?

 ユーリオたーん!頑張ったぞー!!えらーい!!と幼子に対しても早々しないような大袈裟な褒めっぷりと、繰り返される胴上げにだんだん眩暈を覚え始めた頃、

「えぇい!いつまで余のユーリオを堪能しておる!もうよかろう!」

 そう鼻息荒く声を上げた魔王の魔法によって、その腕の中にふわりと抱き留められた。
 そこでようやく、ぐすっと鼻をすすった。

「っ!?ユ、ユーリオ?あー、怖かったな?こやつら喜びのあまり調子に乗りすぎであったな?よしよし、後から余がきつく仕置きしておくからな?」

 あちゃー、ごめんよぉユーリオたーん……。と申し訳なさそうな声音が一斉に上がるなか、僕は魔王の腹と胸の中間あたりに頭を押し付けて顔を隠しながら、首を横に振った。
 頭の中では、なんでこんなことで泣きそうになってるんだよとため息をつく自分もいるし、『ここで魔族からの好感度下げるとか意味わからない、笑ってありがとー!と言っておけば今後も安泰なのに~』と対人関係の正解を示す前世知識もいる。
 でも、込み上げてくる自分の情けなさを抑え込むのは無理だった。

「しょぼ、しょぼいのに……む、無理して、褒めなくていいよ……そっちの方が、こた、堪える……」

 えぇぇ!!?と再び上がった大袈裟な魔族たちの驚きの声は、慰めでもあるのだろう。
 でも、ここにいる誰もが僕よりも遥かに強力な攻撃魔法を扱えるのだから、余計に惨めな気持ちになってくる。

 口々に「いやいや、ユーリオたん頑張ったし!?」「そうだよ偉いよ」「全然しょぼくないぞ!」と声を上げる皆に、いよいよ目頭が熱くなってくる気配が抑えられない。

 その寸前で「静まれ」と再び周りを制したのは、魔王だった。
 そうして彼は、僕の伸ばし始めた髪を梳くように頭を撫でながらそっと囁いた。

「少し根を詰め過ぎたな。宴は明日にして、今宵はゆっくり休むといい。な?ユーリオ」

「……だからこの程度で宴とか言わないでってばぁ……うぅ……ひっく」

 ほんっとこの人、話が通じないんだから。
 そんないつも通りのずれた魔王の言葉にイラッとはしたものの、沈みかけた気分が少しだけ浮上したのは嘘ではない。

「あ――!!魔王様がユーリオたん泣かせたぞ!?」
「何やってんだよ魔王!」
「陛下サイッテー!!」
「ユーリオたーん、俺らとシュレーズ飲もう?ほらこっちにもあるよ~?」

 なお直後に周囲から一斉に上がったブーイングは、魔王の舌打ちと共に放たれた魔法によって魔族たちがことごとく練兵場の壁へ埋まったことで収まった。



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