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33.趣味
しおりを挟む心の底から感嘆するほどの綺麗な景色の前で、その感動をことごとく帳消しにしながら、魔王という存在は愉し気に語った。
おそらくそれは、彼だからこそ知り得る『世界』のことを。
僕らが生きているこの世界は、遥か昔から生き物――とりわけ人間に害をなす毒に満ちていて、一度ヒトの文明はほぼ滅びたのだという。
そんな世界へ散歩がてらふらりとやって来た魔王は、必死に周囲の毒を吸い取り浄化しようとする不思議な木を見つけたそうだ。
幹も枝もか細く、葉の一枚すらない、今にも枯れ死にそうな若木を。
それを一目見て、魔王は『面白い』と思った。
偶然にも彼の関心を得た若木は、その庇護の下でどうにか成長していった。
地中と表層大地を覆うように、ただひたすら根を伸ばし続け、今では海をも越え世界を遍く包むほどに。
そんなただ一本の樹が、世界に満ちた毒を根から吸い込み、僅かとはいえ浄化し続けているらしい。
だが残念ながらその浄化能力は低く、幹周辺には世界中から集めた毒素が濃縮される結果となっているそうだ。
それでも塵も積もれば、というもので徐々に……本当に微々たる歩みではあるが、世界に存在する毒は昔よりは減少しているという。
「とはいえ、いつまで経っても不器用で手がかかる奴でな。この地で濃縮された毒が再度飛散せぬよう、余がいまだに手を貸しているというわけだ」
二人で光る花畑に腰を下ろした後も、滔々と語る魔王は満足げに笑いながら、可憐な白い花をひとつ手折る。
それを何の迷いもなく、僕の耳付近の髪へ差し込みながら、
「この花もその一環でな。最も神樹に近き場所で、濃縮された毒を貯蔵する役を担っておる。そのうち世に漂う毒が減れば、花の毒も浄化しだすだろうからな」
うむ似合うぞ、愛い愛い。
いつものようにそう呟きながら今度は青い花を摘み、白い花の隣へ差し込んでくる魔王の長く綺麗な指先。
それに好き勝手されながら、僕は心の底からの無表情でその話を聞いていた。
人の頭に嬉々として毒の塊を飾り付けるなんて、こいつやっぱり魔王以外の何者でもないわ、と思いながら。
そういう僕も、ドラゴンを一投で丸焦げにするような危険物を自分から肩に乗せたりしたけれど、あれは不可抗力なのだから違う。魔王とは、全然違うから。
でも辺り一面を包むこの花の香りは、嫌いじゃない。というより、もしかして……まさか…………。
「ザルツヴェストの領土とは、神樹から放たれる濃縮毒の害が及ぶ範囲であり、この地から人間を遠ざける理由もあって領土侵犯は許しておらぬ。勿論、人間との小競り合いは余の暇つぶしも兼ねているぞ?あ奴ら、すぐに余の話を伝承や伝説だのと眉唾もの扱いにするから――」
「シュレーズ……」
「ん?あるぞ、飲みたいか?よかろうよかろう。今日のユーリオはいつにも増して大活躍だったのだ。さぁ好きなだけ――」
「この花、シュレーズの原料…………だよね?」
パッと魔法でグラスと一升瓶に似たボトルを取り出した魔王は、その端正な口元をゆるりと吊り上げ、
「やはり余のユーリオは聡い。その聡明さも、人間の国で埋もれさせておくには惜しいと思ったのだ」
そう見当違いにも高評価してくれる言葉は、幼い頃の僕であれば素直に飛び跳ねて泣いて喜んだかもしれない。
今ですら、口にしかけたことの全てを飲み込んで俯いてしまうくらいには、嬉しくて気恥ずかしいのだから。
そんなことを言われたら、あんた本当に最初っから人に毒を盛りまくりだよね、いい加減にしろ、とか言えないし。
けれど、だとすると……ザルツヴェストに連れてこられた当初、『もしかして毒を盛られる?』と恐れ戦いてガクブルしていた僕は間違っていなかった、ってことだよね?
「……まぁいいや……。もうコレ、美味しすぎるもん」
魔王から受け取った小さな杯で唇を濡らしながら、思わず内心を零したのは、頭ではまた余計なことを考えていたからだ。
さらりと言っていたけれど、魔王ってもしかして宇宙人?とか、いったい実年齢ってどのくらいなの?とか、『魔王』と呼ばれているくせにやっていることはまるで――神様じゃないか、って。
世界から毒を取り除く樹を守り、育て、人間にとっては害となる地に自らの国を置き、遠ざける。
いわば世界と人間を守っているのと同義なのに、その人間からは『魔王』と忌み嫌われてなお、なぜこんなにも愉し気に笑っていられるのだろうか。
ぐるぐるとまた考え込みそうになった直前、いつもの声音で僕の名を呼ぶ男がいた。
「ユーリオ、質問はもうよいのか?見事ドラゴンを打倒した其方は、余のことを何でも問える機会を勝ち取ったのだ。心行くまで問うてもよいのだぞ?」
「え……」
更に僕の頭に花を追加しながら、ニヤリと笑う魔王。
彼の周りを飛び交う蛍火のせいで、やけにその様が神々しく見えるのが少し悔しいと思いながらも、思考は急速に回る。
僕は『ベルちゃん』という魔王の親友である黒龍に嫉妬して、彼のことを知りたいと確かに零した。
もしかしてこの課題……いや試練は、それと関係があったのだろうか。
魔王は僕に試練を課す代わりに、達成報酬としてどんな質問にも答えてくれる、と?
なぜ、そんな面倒なことを――……あぁ、そうか。
そこまでしなければ、『僕』は口に出せない、飲み込んでしまうからだ。
魔王のことが知りたいと言いながらも、結局今までろくに尋ねたこともない。それは、不用意な一言で嫌われることを恐れているから。
昔、どうして僕にだけ関心がないのか、と母に尋ねたことを今でも後悔している僕だからこそ。
だってまさか……末っ子が上の子たちと比べて異質すぎて、夫に不貞を疑われた結果、薄気味悪いだけでなく実子として受け付けなくなった――なんて実母から泣きながら懺悔されるなんて、さすがに僕も予想できなかったし。
でも今はそんな過去のことよりも、こんな僕が安心して口に出せる状況を作ってくれた魔王に、不覚にも胸を高鳴らせる方が忙しい。
報酬として得た権利を行使するのなら、きっとどんなことを尋ねても許されるはずなのだから。
それに早く質問しないと、いい加減僕の頭が花まみれになりそうだし。
「えっと、なら……あの、ね?」
僕は時折喉を濡らしながら、うんうんと朗らかに頷き続ける男へ、色々なことを問いかけた。
その答えを聞くにつれて――酒に似た飲み物を呷るペースが徐々に早くなったのは、僕のせいじゃない。
「ふふ、魔王と呼ばれるのは気に入っているぞ。生きとし生ける者、すべからく余に傅くべきであるが、人間全てにそこまで求めるほどの狭量ではないしな」
「たかだか数百年の期間ですら正確に情報伝達できぬ者共も、いっそ愛いやもしれぬ。己たちが忘れた頃に余の気晴らしになりにくるのだ。故に遊戯ついでに一国や二国ほど滅ぼす程度で、余も気を遣ってはいるぞ」
「完全支配はやってみたこともあるが、面倒なうえにつまらぬな。やはり定期的に遊び――いやいや、魔族と人間、互いに切磋琢磨殺し合うのがよかろう」
「神樹周辺のこの結界は毒への対処用ゆえ、ここで攻撃魔法でも使われたら世界が滅ぶであろうなぁ。ん?……そうか、ユーリオが嫌がるなら万が一の時は余も善処しよう。もっとも、ここへ至るまでの地の守りは万全だからな、そう案じる必要もないぞ。はっはっは!」
…………うん、そうだね。
結局、魔王はどこまでも魔王なわけだよね。むしろ、これぞ魔王?魔王には天性の魔王の資質があるんじゃないの?あぁ、だから魔王なのか。
ちょっとだけ、ほんの少しだけだけど…………心配して損したし!!
「魔王は魔王がまおーでまおーぅ……ふ、ふふっ……」
「うむうむ、ユーリオも愉しそうで何よりだ。で、そろそろ質問は終わりか?あぁいや、続けてもよいのだが、やはりそろそろ……呑むのだけはやめぬか?な?」
僕が胸に抱き込んでいる大きなボトルに、そーっと手を伸ばしてくる魔王。
その腕にこの大好物を渡してなるものかと、半身をひねって死守しながら呂律の怪しい声で拒絶する。
「だめ!好きなだけ呑んでいいって、まおーゆっらもん!あと、あとはねっ……なんでまおーが神樹を守ることにしたの?初恋のひとだったりするの!?」
ついでに、何だか脈絡のないことも尋ねてしまったのだけれど、瑠璃色の瞳をパチクリと瞬いた顔だけは壮絶にいい男は、ややあって本当に不思議そうに首を傾げた。
「いや、誓ってただの趣味なのだが…………おかしいか?」
「おかしくはないと思うけど、『魔王』の趣味がガーデニングなんて予想外だねっ!んふっ、んふふふ~」
ここ数日の緊張感が嘘だったかのように、ぽわぽわとした幸せ気分に満たされていたからか、空がいつの間にか茜色に染まっていたことも僕は気づかなかった。
ただ、こんな時間がずっと続けばいいなって、口にしようとして――それでもやっぱりまだ僕には言えなくて、心の中にしまい込んだことは確かに自覚していた。
いつだって嫌な未来への予防線を張ることだけが、僕にできる傷つかずに済む生き方だったから。
そう簡単には、がらっと変えられないよね。
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