売却魔導士のセカンドライフ

嘉野六鴉

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34.まさかの話

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 僕がザルツヴェストでセカンドライフを始めてから、あっという間に半年が経っていた。
 少しだけ伸びた髪を項で括れるようになったこと以外、僕の外見に大きな変化はない。

 華やかさの欠片もない暗紅色の髪も、くすんだ琥珀色の瞳もそのままだし、頭に角が生えることもなければ背中から羽が顔を出すこともない。相変わらず、刺青タトゥーシールのような翼は張り付いているけれど。

 だからあまり自覚がないとはいえ、人間にとっては毒塗れの生活を支障なく送れている以上、僕ももう本当にすっかり魔族なのだろう。

「愛いっ!見よ、この投げやりでありながらも逃避に専念しているかのようなユーリオの静かな瞳を!」
「はーい女王様、そのままでいいっス。そのままゆーっくり……その炎を投げるッス!」
「そこの毛玉を的にしてもいいのですよ。あぁ、お前たちもユーリオ君の的になりに行きますか」
「ユーリオたーん!こっち!こっち投げてもいいからな!?おいでおいで~!」
「こっちもよかとよ~!!ほぅら、おいちゃんの胸に飛び込んでおいでっ」

 そう、相も変わらず僕を「愛い」と可愛がる魔王を筆頭に、今日も今日とて賑やかな異形の集団こそが僕の同族であり、僕の居場所なんだ。
 それにもう今更だよね?魔王には最初から振り回されてきたけれど、その分、助けられてもきた。
 ならば今日だって、もう甘えてもいいよね?……うん、最近は口だけ達者な僕の前世知識と意見が一致することも多くなったし。
 ここは迷わず、甘えるべきだろう。魔王に。

 魔族たちの「大丈夫だよ」コールが鳴り響く中、僕はひとりポツンと佇む練兵場の中央から叫んだ。
 いつもと同じように、広場の隅にある立派な天幕からこちらを誰よりも愉しげに眺めている、伴侶へ。

「もう無理!これよろしくね、魔王!!」

 そう言い切った直後、頭上に掲げていた両腕の上にあった炎の火球を、魔王へ向けて力いっぱいぶん投げる。
 直径五mはありそうな炎球は周囲に熱気をまき散らしながら、鳥が飛ぶような速さで一直線に天幕へと向かった。

「はははははっ!どうだユーリオたんの指名は余であるぞ!」

「ッ笑うより先に、それ早くどうにかしてくれる!?」

 周囲に侍る魔族たちからもせっつくような視線を一身に浴びるなか、迫る火球を前に優越感と余裕に彩られた笑みを浮かべていた魔王はなぜか、はたと首を傾げて僕を見る。

「何を言う。受けてみねば攻撃魔法の威力測定ができ――」

「いいからさっさと消して!!」

「あ、うむ」

 もう一段階声を大きくしたことでやっと、僕の望みが正確に魔王へ伝わったようだ。
 魔族たちギャラリーが魔王の背後へ我先に身を隠そうと動きかけたのと同時に、彼らに直撃寸前であった僕の攻撃魔法はその場からフッと消滅する。
 後に残る僅かな熱気も瞬く間に消え去っていくなか、僕はそこでようやくほっと息をつけた。

 使い魔関連の魔法には光る物がある僕だけれど、攻撃魔法はいまだにまともに撃てない。
 こうして練兵場での訓練や、たまに城外の平地や森の浅い場所で実践のようなこともさせてもらっているけれど、いつもいつも納得のいく成果を上げることはできない。
 今のように威力もその時々で変わって安定しないし、コントロール不能なことも多いし……。

 魔王から課された魔法特訓は一応、あのドラゴン討伐で修了したことになっているのだから、本当はもうこんな練習を続ける必要はないのかもしれない。
 僕の前世知識だって「適材適所。諦めも肝心」と呟くし、それに同意したい気持ちも大きい。
 でも、魔王をはじめ魔族たちは――……。

 今日もまた微妙な攻撃魔法を披露してしまった僕がじっと見つめる先では、天幕の下で何やら顔を寄せ合って内緒話をしている集団。
 一人だけ玉座のような立派な椅子に腰かけている魔王を中心に、各々の頭が小さく頷きだす。
 そして一斉にこちらへと顔を向けると、一糸に乱れぬ動きで一人一人が手に持っている採点札を掲げる。

 その点数は、100、100、100、1億、100、100、100――……。

「……だから桁が一人おかしいし、どこまで甘ちゃん採点なのさぁ……もぉー」

 思わず牛になってしまいそうだけれど、どれだけ僕が失敗しようと変わることなく絶対評価を続けてくれる魔王とその配下――つまり僕の大切な仲間たちに、もう少しいいところを見せたいという望みを抱いてしまったんだもの。
 それに、

「うむうむ、今日の出来はどれも最高だな。方向制御不能、暴発、威力減退の次は暴発一歩手前にして方向制御は完璧……更に腕を上げておる。やはり余のユーリオは愛い」

 褒美に抱っこがあるぞ~と、座ったまま両腕を広げてアピールしてくる姿は見なかったことにするし、色々とツッコミ所過多な批評も全て聞き流すけれど、こうやって手放しで喜んでくれる魔王が、好きだ。

 いつか本当にお世辞抜きで褒めてもらえたら――いや、彼は今でも心の底から僕を称賛してくれているのだろうけれど、それを素直に受け止められるほど僕が上達できたら……胸を張って、その心地良い言葉に頷くことができたなら、その嬉しさは一体どれほどだろう。

 こんな肥大していく承認欲求を自覚しているからこそ、諦め悪く、無駄かもしれない努力をまだ続けているんだ。

「今日の鍛錬はこれで終わりにいたしましょ、女王様。次はお仕事、いえお勉強の時間ッス!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、天幕から飛び出してきたウーギ。
 そのもふっとした兎の手からいい香りのするタオルを受け取って、少しだけ汗ばんでいた顔を拭いながら、ぽろりと口から本心が零れていった。

「勉強というていで一番僕のことをこき使ってるのって、ウーギだよね」

「ぎっく――ん!?」

 ビシッと固まった灰色毛玉の足元が一瞬ぶれたように見えたけれど、今回は可愛らしい兎姿を維持するのにも成功したようだ。
 それにしても、まさかバレていないとでも思っていたのかな、この兎魔族。

 『妃教育』とやらの一環で、ザルツヴェストという国のゆるすぎるまつりごとになんだかんだで僕も少しずつ関わってきている。
 具体的には機密書類の整理とか、外交関係の大雑把な把握とか、魔族の役務ローテーション決めのくじ引き作成とか、新しいお祭り――『おいでませユーリオたん♡五十日記念祭』の阻止など、雑用から意味の分からないものまで、それは多岐に及ぶ。
 そのうちの大半がウーギが泣く泣くやっていた仕事だというのだから、僕という人手が増えて一番喜んでいるのは間違いなく彼だろう。

 昔と比べて格段に仕事をするようになったという宰相蛇も、気が向けば僕の作業分を手伝ってくれる魔王もいることから、このザルツヴェストの経営はかなり明朗会計化したはずだ。
 少なくとも、日々よくわからない問題ごとを片付けてきた僕だけは、そう信じていたい。
 それに、

「まぁ、僕も一応は楽しいから……また一緒に頑張ろうね、ウ」

「余がいるであろう。余と共に頑張るのだぞっ」

 固まったままの兎の頭、人間の子供サイズだからこそ僕の腰近くにあるその柔らかな毛並みに触れようとした寸前で、気が付けば目の前に突如として現れた白い壁にギュッと抱きしめられていた。
 咄嗟にその腕の中で抗議の声を上げそうになったものの、魔王の大きな体に密着するのは正直に言って――嫌じゃない。

 最初から今までブレることなく自分勝手に僕を振り回す魔王だけれど、そのおかげで僕も言いたいことを言えるようになったというか、重荷であった前世知識ともうまく噛み合い始めたような気がするというか……。

「うーん……でもこの唐突に始まるシンキングタイムだけは、もうちょっとどうにかしたいよね」

「はっはっは!また何やら不可思議な考え事か?愛い愛い」

 わしゃわしゃと豪快に頭を撫でてくる男のせいで、これは後で髪を括り直さないといけないかも、とまた別のことを考え始めた時だった。

「――陛下、急ぎ報告が」

 地を這う極僅かな音と共に、サリオンの真剣な声音がすぐ傍で上がった。
 そういえばこの宰相蛇、魔王がなかなか僕の魔法を消し去らないことに焦れたのか、いつの間にか姿が消えていたけれど、ようやく戻ってきたというところなのかな?

「何事だ?余は忙しいぞ」

 不満げに口にする魔王の腕から少しだけ力が緩んだこともあり、僕も自由になった首を巡らせてサリオンの言葉を身構えつつ待った。
 今度は一体何だろう。またどこかの国へ緊急旅行か、婚礼か葬式か、ペンギン魔族さんたちのストライキ――原因はオヤツのフルーツを切らしたことだったっけ――か、国境線でヒャッハーしてる魔族たちがやり過ぎて孤立化でもしたのか、僕のこじつけ記念日お祝いの提案か、年代物シュレーズ飲み比べ大会の再開催か……さぁ、どれッ!?

 ここまで予想候補を上げ連ねることができるようになった僕は、魔族に振り回されるだけの存在から一歩か二歩くらい、そろそろ進歩したのでは?
 そう頭の隅で僅かながら自画自賛しかけていたのに、中性的な美貌をしたサリオンは酷く真剣な顔つきで語った。

「イグナベルクで、政変です」

 え?と零した自分の声がなぜか遠くに聞こえるのは、久しぶりに耳にした古巣の名前のせいだろうか。

「――そうか。で、それが余に何の関係がある?」

「ほんっとうに、この魔王はさー!どうして本気できょとん、こてんと首を傾げてみせるのさ!?あんたが愛い愛い言ってる魔導士の祖国のことなんですけどッ!!なんで忘れ切ってるような顔してるのさ!?」

 しまった。心の声がそのまま口から出ちゃった。
 でも、声を上げた僕を魔王はとても愉しげに、嬉しそうに見下ろして、うんうんと頷いてくれる。……今はその仕草が非常にイラッとするんだけどね!

「勿論覚えているとも。しかし、ユーリオの気を惹く存在モノなど特になかろう?人間共の争いなど、酒の肴にするくらいが――」

「ユーリオ君の王子様が危険な状況ですが、捨て置いてもよろしいので?」

「ッ!?え、う、嘘?殿下が!?」

 緊張感のない魔王の言葉を遮り、やや早口で言い切ったサリオンはちらりとその銀の片眼鏡モノクル越しに僕を見つめ、そっと付け足した。

「このまま見捨てた場合、ユーリオ君に嫌われるのは陛下ですが」

「なぬっ!??」

 僕は思わず、魔王の蒼く灯る双眸をひたと見つめていた。



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