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物語の始まり

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 西暦20××年4月某日。
 太平洋・名も無き島……。
 眼下に太陽光をきらきら反射させる青い海が広がり青々と茂る木々に綺麗な海……正に絶妙のハーモニーを奏でていた。
 その素晴らしき風景を一人の男性が腰をおろしてじっと見つめている。
「海を見ておいでですか? 毎日、毎日よくあきませんね、富嶽艦長」
 背後から声を掛けられた富嶽という男性が座った状態のまま後を振り向くと年は二十代でイケメン青年が立っている。
「ああ、海はいいぞ。俺達人間の醜い争いに動じず遙か昔から優雅に存在しているからね……」
 富嶽の言葉にイケメンな青年が微笑みながら喋る。
 女性なら一瞬で心を奪われる素敵な笑みであった。
「明日の1000時に試験出港が決定されましたので至急、艦に戻って乗員達に通達して下さい。それと朝霧会長様が艦長に何か言いたいみたいなのでお願いします、至急だとのこと」
 朝霧と聞いた富嶽はやれやれという表情をしながら頷く。
「ふう……あの方も相変わらずせっかちだな……。さて、東郷君、行こうか」
 富嶽はゆっくり立ち上がると小高い丘から降り始める。
 東郷も富嶽の後を追うように降りていく。
 空は青く、心が洗われるようなさざ波の音が二人の男の耳に侵入していった。



 二十分後、二人は島の地下ドックの中で最終チェックが行われている巡洋駆逐艦のCIC(中央戦闘指揮所)の中にいた。
「それで我々の出航を明日に早めて南シナ海に急行せよとの事ですね?」
 富嶽の言葉にTVモニターの中で喋っている朝霧会長が頷きながらありえないという表情をしながら次の言葉を喋る。
「昨日の事だが、C国で突如、クーデターが起きて管主席は暗殺されたとの事。現在、クーデター派の将校達が北京を掌握して旧体制の人物達を拘禁若しくは裁判なしで死刑執行をしているとの事でC国全体がパニックに陥っている」
 朝霧会長が一区切り喋った後に富嶽の言葉が後に続く。
「C国海軍の動向が不明なのでこの巡洋駆逐艦を以て情報収集に励むと共に万が一の時に備えると言う事でね?」
 富嶽の言葉に朝倉会長は笑いながら頷く。
 その表情は富嶽を心底、信じている表情であった。
「頼むぞ、富嶽艦長。我が祖国も又、目も回るほどの忙しさで大変だが宜しく頼んだよ」
 TVモニター通信が切れると富嶽は溜息をつきながらここ数ヶ月の出来事を思い出していた。



 三ヶ月前、C国にて大規模な地震が発生したのだがその震源場所がC国の最大のアキレス腱と言われる三峡ダムであった。
 その大地震の影響で三峡ダムが決壊して大規模で未曾有な水害が発生したのである。
 その水害は遙か下流の大都市をも復旧不可能なほど、破壊していったのである。

 この災害の影響でC国内の治安秩序が大崩壊すると同時に経済も混乱が起きて中央政府も統制がとれなくなると同時に中央政府に不満を持つ勢力が立ち上がって暴動を起こしたのであった。

 当初は人民解放軍で暴動鎮圧を試みたがそれに追いつかなく無ったのである。
 中央政府は、国内の不満を逸らせる為にかつて歴史上の為政者が実行したやってはいけない事をしてしまう。

 それは国外派兵で今回採用されたのは台湾侵攻であり、国内の災害復旧を二の次にして最大軍事力を以て侵攻したのである。
 破れかぶれの侵攻作戦であったが虚を突かれた台湾軍は、作戦を立てる暇もなく簡単にC国に上陸を許してしまい橋頭堡を築かれてしまう。

 勢いに乗ったC国軍は台湾総督府へ軍の駒を進めたが体制を整えた台湾軍がアメリカ合衆国の援軍を得て後方のC国海軍に最新鋭の兵器で反撃をする。

 C国海軍艦艇は数時間で殆どの艦船が大破されて軍艦としての機能が完全に失われてしまうが奇跡的に沈没した艦船は無かったが補給船や揚陸船を全て失ってしまう。

 補給を絶たれた陸上師団は一瞬で士気が落ちて各自バラバラの状態で降伏してしまう。

 台湾事変は僅か四日間で終結したが作戦失敗の情報が直ぐに全世界に拡散された為にC国に不満を持つ各自治区が独立の為に立ち上がる。

 その独立運動は乾いた草原を一瞬の内に炎で包み込むように広がっていくが人民解放軍の統制が崩壊した為に今までのような鎮圧行動が不可能になると共に地方と都市部の格差が広がって貧困に喘ぐ農民達が一緒に暴動を働くことになったのである。

 しかし、この暴動もリーダーがいない一揆のようなものであった為に中部戦区・東部戦区に駐留している機甲師団等の反撃で何とか鎮圧することが出来たがこの時点で各自治区まで侵攻する余力もなく三国志時代の魏呉蜀を合わせた広さの領土しか維持できない状態にまでなる。

 しかも西部戦区内の四川省を除いた地区が反旗を翻して独立宣言をする。
 尚も悪いことは続き、北部戦区の瀋陽を拠点とする”焔西崖大将”が独立宣言を発して『渤海国』の成立を宣言すると共に国境線を封鎖してC国の反撃に備えている。

 中央政府は激怒して中部・東部・南部戦区の全軍を以て鎮圧しようとしたが三峡ダム崩壊の影響は大きく復興の目処も立っていない状況であり士気は最悪まで落ちていたので軍事行動はほぼ不可能だった。

 この時にはインターネットの抑制も不可能になりC国内に大量の情報が流れ込んできて今まで知らされていなかった事が次々と国民に知れ渡っていった。

 通常ならこの大混乱の状況の最中、各国は何かの手段を講じていただろうが世界規模で大災害及び紛争が起ったためにC国の内情に関わる暇が無く自国の対応で精一杯であったのである。



 日本では遂に富士山が大噴火して日本全国が大混乱に陥いる。
 噴火の影響で関東の交通網は寸断されると共に物資の流通も滞る事になり日本政府は対応に四苦八苦しながらも動いていた。

 一部の者が暴動に走る場面があったが警察、自衛隊等の活躍があり致命的な被害はなかったが混乱に乗じて何か悪巧みをする団体等が現われないとの保証が無いために日本政府は諸外国でも大災害が発生してとても他国に眼を向ける暇も無いという判断をして首相命令で戒厳令を発する。

 勿論、野党を初めとする幾つかの団体は反対するが日が経つごとに激しくなる火山灰の被害や東海地震や南海トラフ地震の前兆が見られているとのことで昔みたいに派手に出来なくなっていたのである。

 やはり自分自身の命や財産が大事なみたいで国の事を真剣に考えていない資産家や大企業の経営者一族は、財産を持って海外に飛び出ていく。

 それと同時に左派と呼ばれる人物達や日本に寄生して楽な生活をエンジョイしていた人物達もこの国で良い目に合わなくなると分かった時点で次々と日本を脱出していき少なからずの混乱が発生したが特に深刻な状況にならなかったのである。
 反対に良い状況になっていくのであるがそれはまだ先の話である。
 海外による援助が期待できないと知った日本では一丸となってこの災害に立ち向かうことに一致してこの危機を乗り越えていくのである。



 アメリカでも国の存在を脅かす程の災害が発生する……。
 イエローストーン国立公園で発生した噴火である。

 現時点で破局大噴火まで繋がる活動はないが、それも時間の問題で衛星での観測によると超巨大マグマが地上に出現する日は刻々と近づいているとの事である。

 既に噴火による火山灰が沢山、降ってきてかなり予断を許さない状況が続いている為に、アメリカ合衆国は万が一に備えて全世界に駐留している米軍を最低限だけ残して本国近辺や真珠湾まで撤退させる事を決定する。

 そのタイミングでサンフランシスコ沖でM九・〇の大地震が発生して沿岸は巨大な津波で壊滅してしまい復旧作業のために軍の手を最大限に使用することになったのである。



 韓国では日本での富士山噴火に伴ってお祝いの言葉を発したりして相変わらずの行動であったがそんな事をする余裕というか暇も無くなったのである。
 それは北朝鮮による宣戦布告無き南進である。

 アメリカを初めとするC国やロシアも自国に降りかかっている大災害等の対処でいっぱいだったので難なく非難も無く行動できたのであった。

 突如、三十八度線を越えた北朝鮮軍は数時間後には首都ソウルに雪崩れ込み電撃的に各所を制圧していくが韓国軍の抵抗もあり、市街戦が展開されたのであるがそれも時間の問題で北朝鮮軍が確実に首都を制圧していく。

 北朝鮮軍は言われていた弱い軍では無く屈強な体格をした軍人で構成されており巷で言われていた痩せ細った軍人は一切、いなかったのである。
 それは北朝鮮による宣伝工作で武装も圧倒的な強力火力持ちの兵器で固めていて韓国軍と引けをとらない軍事力であった。
 この点に関しては世界中の機関が全く把握できていなかったのである。

 既に数年に渡って北朝鮮に忖度をしていた政権によって韓国軍も指揮系統が統一されていなかったので混乱が生じると共に兵器のメンテ等後方支援が出来なかった為に徐々に押されている状況である。

 ちなみに北朝鮮の南下の情報は日本とアメリカが探知していて韓国に警告を送ったが大統領はそれを無視したのであるがまさか武力を以て南進することはないと決めつけていたのである。

 韓国大統領は直ぐに北朝鮮最高指揮官に電話をして中止を求めたが鼻で笑われて切られてしまう。
 北朝鮮軍がソウルに入ったときに真っ先に青瓦台に向って最速に韓国大統領は囚われの身になってしまい簡潔裁判で死刑判決が出て取りあえずは拘束軟禁状態になる。

 在韓米軍も本国の命令で撤退準備に入っていたのでこのまま韓国全土が蹂躙される展開の恐れとなったのである。



 一番、被害が大きいのは欧州で深刻な大被害が生じており各自国の対応で精一杯だったのである。

 宇宙に浮ぶ無数の人工衛星が地球を周回しているがその中でも『テプラⅢ』と呼ばれる人工衛星が強力な太陽風によってコントロールを支配する回線が崩壊してしまう。

 コントロールを失った衛星はキラー衛星でNATOが開発した物で強力なレーザー兵器を搭載していたが回線が崩壊した時点で攻撃を受けたと見なして反撃モードに転ずることになり無差別に宇宙に浮んでいる人工衛星に攻撃をしかけてしまう。

 地上からは何も出来ず傍観するしかなかったが、破壊された人工衛星が次々に大気圏に落下し始めてきたのである。

 人工衛星は偶然というか神の導きというか破壊された人工衛星は九割以上が欧州各地に墜落していく最悪な状態になる。

 人工衛星にはウランを初めとする有害物質が含まれているものもあり土地は汚染されるがそれを除去する暇も無く次々と人工衛星の残骸が降り注いでくる。

 最終的に『テプラⅢ』はイギリス空軍の手によって破壊されるが完全に破壊されずそのまま地球の引力に引き込まれてしまい北海に墜落してしまうのである。

 衛星が海面に落下したと同時に巨大な津波が欧州沿岸に襲い掛かり大被害をもたらす。



 富嶽は世界中で発生している災害や紛争、そして祖国日本の事を思うと胸が痛むのであった。

「この災害や紛争で俺と同じ境遇……いや、それ以上に酷い運命を抱く子供が多くなる……な」
 彼の独り言は横に立っている東郷の言葉に掻き消される。

「艦長、時間です! 放送設備の準備が整っていますので」
 東郷は艦内放送用のマイクを富嶽に手渡す。
 富嶽は頷くとマイクのスイッチを入れて喋り始める。














 
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