太陽と月

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歪んだ愛情

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席に戻った亜美は先ほどまでよりも、スッキリとしたような、吹っ切れたような顔をしている。

『朔也さん、今まで大変でしたわね』

でも、もう大丈夫。

亜美は何の事を言っているのだろうか。元々よくわからない女だったが、益々わからない。

『朔也さんは私と幸せになることが運命だと思いますの』

余計な世話だ。しかし話がここまで進んでくると、やはり己の嫌な予感は予感ではなかった事に気付く。

『朔也さんの幸せのためでしたら、何でも致しますわ』

それが傅くと言うことなのだと言う。面倒なことは全て片付けるとも。

『朔也さんは、私のことだけ見てらして』

もちろん仕事もけれど。

仕事をするにあたって亜美の同意を取り付ける必要などあるはずがない。

しかし問題はそこではない。解らないことが多すぎると人間却って冷静になれるものだろうか。
己から紡がれる声音から全ての感情が抜け落ちているのがわかる。

『私は何も大変なことなどありませんが?』

朔也のそれと反比例するように亜美の明るい笑い声が響く。

『朔也さん  無理なさらないで』

全く血縁関係のない子供の面倒を見ていることを知っていると誇らしげに言い放つ。

もう、そんな面倒事からは解放されたのだと。

身体中の血液が凍りそうなほど冷えているのがわかる。

すぐに動かなければならない。
カウンターの向こうの大将に多めの現金を渡し、亜美を引きずるようにして店の外へ出る。
教育の行き届いた組員は、車外で待機しつつ周囲を伺っている。
朔也の姿を確認した瞬間、後部座席のドアを音もなく開けた。

『すぐにマンションに戻る。急げ』

自動車が走り出したところで、楠瀬の番号をタップするが何度コールしても電話は繋がらない。

咲恵にも鹿島にも電話は繋がらない。

そして

最後の砦であるはずの風間にも電話は繋がらなかった。

『くそっ』

そんな中で、ただ1人電話に出たのは他でもない吾妻だった。
吾妻が言葉を発する前に

『維新  俺のマンションだ』

それだけを伝えれば、すぐに向かうと返事が来る。スマホの向こう側ではシフトレバーがバックに入れられた音がする。

『朔也  何があった?』

まだ、何が起こっているかはわからない。だが、確実に何かが起こっている。
亜美と南野が関わっているであろうこと、誰も電話への応答がないことを伝えれば、互いの現在地を確認しあい、吾妻の方が早く到着できるであろうことがわかる。吾妻は朔也を待たずに部屋に入ることの了承を得て、一先ず通話は切れた。

引き摺って自動車に押し込んだ亜美は片方の靴がどこかで脱げてしまったのだろう。裸足の爪先には血が滲んでいるのが見える。

しかし、今はどうでもいい。

『お前、陽に何をした?』
感情も温度もない朔也の声が車内に響いた。
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