太陽と月

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歪んだ愛情

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運転手と護衛の組員がいるフロントシートのことなど、亜美には見えていないのだろう。
朔也と2人リアシートに乗り込んだ瞬間から濃密なボディタッチが始まった。

『亜美さん』

食事は何にするかと問えば、朔也に任せると言う。亜美との食事にあまり時間はかけたくない。早さがウリの牛丼屋、ファストフードのドライブスルー…数年前までは吾妻と2人、よく利用していた。食べることに全く執着のない2人には当たり前の店だったが、亜美を伴うのは、やはり

『マズいよな』

朔也は女性とデートで利用するような店は全く知らない。知る必要がなかったからだ。
何を基準に店を選べばよいのか、まったく解らないが、陽が箱根に滞在していた折、別荘に寿司屋を呼び握らせたことがあったそうだ。陽はとても喜んで寿司を頬張っていたと言うが、生憎朔也は同席できなかった。

今夜、帰りが少し遅くなってしまう詫びに寿司を土産にするのはどうだろうか。

『亜美さん、寿司屋にご案内しますよ』

純然たる寿司屋だ。亜美が一人前を平らげれば帰路につける。コース料理ほど時間がかからず陽に土産も持って帰れる。我ながら、なかなかのチョイスだ。

助手席の組員に馴染みの寿司屋の予約を任せれば、運転席の組員も、そこを目的地として走り始める。

それでも空気を読まない人間はいる。

『ねぇ朔也さん』

このままホテルに移動しないかと耳元で囁く亜美に鳥肌が立つ朔也だったが、用意していた一言
『嫁入り前なのだから』
で軽くあしらう。

寿司屋のカウンターで腰を下ろせば、ねっとりとしたボディタッチは更にエスカレートしていく。
それこそ、朔也の体を使って自慰を始めそうな勢いの亜美を窘め、寿司を勧める。

無粋だとは思うが、亜美にペースを合わせることなく黙々と食べ進める。
端から長居をするつもりはなかったため酒を飲む気にもならず時計ばかりを気にしてしまう。

『朔也さん』

なぜ時間ばかり気にするのか。今が、そんなにも退屈かと責められ問われ、思わず頷きそうになるのをグッと堪えたところで、スマートフォンのバイブが震え出す。

朔也のものではない。亜美のスマートフォンだが、興奮気味の亜美はそれにすら気付かない。

『亜美さん、電話では?』

ハッと我にかえった亜美はスマートフォンの入ったバッグを抱え、中座を詫びることもなく、手洗いへと駆け込んで行った。

鬼の居ぬ間にとばかりに、朔也もスマートフォンを取り出す。
楠瀬から、陽の様子を知らせるメッセージがあってもおかしくない時間だ。
だが、楠瀬からのメッセージはない。

特に時間を指定していたわけではないため今までも、そんなことは何度もあったはずなのに、今は何故か嫌な予感がするのだ。

そして朔也の嫌な予感は、ほとんど外れたことがなかった。
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