太陽と月

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『行ってきます』

陽は、いつもより少し豪華な朝食を済ませ、見送りの楠瀬と鹿島、そして咲恵に挨拶をする。
楠瀬と2人、散々練習していた挨拶だ。

咲恵には陽がガジュマルの家に通い始めたら朝の出勤は無理しないよう伝えたのだが今朝に関しては、やはり心配だったのだろう。今まで同様の出勤だ。

『気をつけて、いってらっしゃい』

皆に見送られ、朔也と2人自宅を後にする。
やはり時の流れが異様に早い。朔也の体内時計は3分ほどしか進んでいないが、ガジュマルの家に到着しているのだ。
それなりの時間が過ぎている。

出入口では松田が子供達の登校を見守りつつ声を掛けている。
こちらに気付いた松田が陽に声をかければ、今度は

『おはようございます』

と頭を下げる陽が愛らしい。因みにこれも、楠瀬と散々練習した挨拶だ。
家では毎日『おはよう』と言っても同時に頭を下げることがなかった。

初登校の日1日だけは保護者同伴でも構わないとは言われていたが、初めてガジュマルの家を訪れた、あの日に陽は朔也から離れ宮腰の手を借り木製の箱を作っていた。
その姿を見ていた南雲に初日から朔也のいない環境で過ごさせてみてはと提案されていた。

心配なことこの上ないが、陽は赤子ではない。
南雲とて陽を見て、可能だと確信したから提案したのだろう。

ここで朔也が否と言えば、ただの駄々っ子だ。

『それでは、よろしくお願い致します』

その場を動けない朔也と違い、陽は極めて軽い足取りで出入口の向こうへと吸い込まれて行った。

これまでは朔也がマンションのドアのあちらに出かけ陽はドアのこちらで待っていたのに。
形は違えど、今は朔也が「置いていかれた」ような気分になるのだ。
更に磨きがかかったポンコツ具合ではあるが、仕事には行かねばならない。

『陽くんは大切にお預かりしますね』

天海さんも、お気を付けていってらっしゃい。
 松田に促され、その場を離れざるを得ない。

『あ  あぁ  お願いします』

鉛のように重い足を、どうにか動かし自動車に戻れば、護衛の組員が後部座席のドアに手を掛け待機している。

決して口には出さないが、今日の予定を考えれば、朔也を急がせたいはずだ。
大方、吾妻から連絡が入っているのだろう。朔也がグズグズしていたら、無理やり自動車に押し込んで連れてこいとでも。

朔也自身もわかっている。周囲から向けられる目はバカップルを見るそれだ。

でも仕方ないじゃないか。

陽が朔也の目の届かない所で過ごすなど、これまで想像したことすらなかったのだから。

帰りの迎えは15:00~19:00の間であれば、いつでも構わないと言われた。

15:00に来る。何があっても来る。

後ろ髪を引かれる思いでガジュマルの家を離れる朔也だった。
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